第二章 第28話 オラクル

 魔法を使える世の中――。


 そんなものがやってくると、この男は信じているというのか。

 犬養いぬかい宗久むねひさは、目の前の男の顔をまじまじと見た。


 九条くじょう豹牙ひょうが

 本人によれば、じき四十しじゅうへ手が届こうと言う年齢だと言う。


 世の中には、怪しげな都市伝説や空想科学を実在のものと信じたり、その研究に血道ちみちを上げたりする人間が存在するらしい。

 法を犯したり他人ひとに迷惑をかけたりしない範囲内であれば、それも個人の自由ではあるし、そのことについてとやかく言うつもりはない。

 好きにすればいい、と宗久は思っている。


 しかし、そのたぐいの話をあの・・少司尊が、よりにもよってこの・・自分に持ってくるだろうか……いや、有り得ない。

 彼も自分も、そういうものの対極にいる存在なはずだ。


 それなのに――横にいる少司しょうじたかしも、白鳥しらとりうららと名乗った女性も、ここまで口をはさむ様子は特にない。

 豹牙の表情にしても、どことなく軽薄な雰囲気はあっても決してふざけているようには見えない。


「犬養さんが今考えていること、大体分かりますよ」


 宗久のあからさまな表情を見ても豹牙は特に気を悪くした風でもなく、微笑したまま続けて言った。


「当然の反応だと思いますしね。まあ僕みたいないい年の大人が真面目な顔で言うようなことじゃないです」

「それなら遠慮なく指摘させていただきますが」


 宗久は問い掛ける。


「魔法を使える世の中とおっしゃいましたけれど、先ほどそちらの白鳥さんが私に披露してくださったのも魔法なんですよね」

「ええ」

「それなら既に『魔法を使える世の中』になっているのではないですか?」

「――さすが犬養さん。少司さんからうかがっていましたが、ご慧眼けいがんをお持ちのようですね」


 首を横に振り、軽く肩をすくめる宗久。


「この程度で慧眼とおっしゃられてもね」

「いえ、実際僕の言葉が少し足りなかったみたいですから。付け加えるのなら――――『誰もが』魔法を使える世ってところでしょうか」

「誰もが」


 追加された言葉をオウム返しに宗久はつぶやく。

 越えるべき妄想のハードルがさらに上がった。

 一体どんな何かが起これば、豹牙が言うような世の中が到来するというのだろう。

 

「僕の遠いご先祖様が研究所を立ち上げたきっかけ――それは、ある一人の女性が現れたことだったそうです」


 宗久の心中を察してのことか、豹牙は話の核心に切り込み始める。


「『巫女みこなるあやしきをんなうちいで、主上しゅじょう拝謁はいえつを求めき』って文言もんごんから始まるんですがね」

「巫女、ですか」


 何となく、宗久は記憶の片隅を刺激された気がした。


「ええ、巫女さんと言うからには神託でも受けてたんでしょうかね。とにかく彼女いわく」


 ・昨日、二度目の「すれ違い」が起きた。

 ・五百年後には、三度目の「すれ違い」が起きるだろう。

 ・さらにその十年後に「最後」の「すれ違い」が起きるだろう。


「――だそうです。この事実を必ず後世こうせいに伝えて欲しいと」

「九条さん、その先ほどから何度も出てきている『すれ違い』と言うのは何なんでしょうか」

「実際には巫女さんは『き違へり』と表現していたようですが、申し訳ないことにこれについてもはっきりとしたことは分かっていません」


 豹牙は残念そうに顔をゆがめた。


「ただですね、その巫女さんの『時の指定』が妙に正確なんですよね。まあ五百年後というのは何となく幅がありそうなんですが、十年後となると結構ピンポイントだと思いませんか?」

「まあ……確かに」

「『すれ違い』に関しては僕たちの間でも諸説考えられています。しかし――今度こそつい最近・・・・、その説の中の一つに強烈な説得力を与える出来事が起きました」

「出来事……ですか?」

「ご存知なはずですよ。何しろ犬養さんの管轄区域で起きたんですからね」


 自分の管轄区域で起きた、出来事?

 そんなものは正直、数えきれないほどあるわけだが……ん?


「――――もしかして、『今岡いまおか小学校消失事件』のこと、ですか?」

「ご明察です。被害者の皆さんには申し訳ないことですが、この事件が起きたことで『すれ違い』について僕たちは一定の結論に達することが出来ました」


 詠従えいじゅう

 魔法。

 巫女。

 今岡小消失事件。


 到底組み合わさりそうもない欠片ピースたちが、宗久の脳内で少しずつり合わされていく。


「すれ違う、と言うからには最低でも二つのものがあるということです。一つは僕たちの住まうこの世界。そしてもう一つが――」

「――異世界、ということでしょうか」

「その通りです」


 豹牙はうなずいた。

 打てば響くような宗久の反応に、満足しているかの表情だ。


「二つの世界がすれ違うことによって消失事件が起きた――僕たちはこう結論づけました」

「ふむ……」


 実際あの事件は、ほぼ迷宮入りの状態だ。

 学校が崩壊した原因も、二十三名もの人間が何の痕跡こんせきも残さず消えてしまった理由も、今もって判然としていない。

 偶然、地下に何らかの構造物が発見され、すわ事件解決に向けて大きく前進するかと思いきや、結局は何の手がかりもなし。

 部屋だと推測されている部分には何らかのロックがかかっているようで、無理にけようにも場所が場所なために大きな重機を持ち込むことも出来ない。

 ましてや住宅地の地下で爆破など、絶対に許可が下りないだろう。


 そして、何らかの情報を持っていると目された外国人母子おやこも、すんでのところで彼の手をすり抜けていった。

 もしあの厄介な案件が少しでも解決に向けて動くのなら、宗久にとっても願ったりかなったりというところなのだが……。


「これが『巫女の託宣たくせん』と呼ばれているものです」

「巫女の――託宣……」


 今日はバカみたいに、相手の言うことを繰り返してばかりだな――宗久は心の中で自嘲気味につぶやいた。


 彼の生来せいらい性分しょうぶんからか、職業がらつちかわれた意識からなのか、これまで伝えらえた突拍子もない情報を宗久は丸ごと受け入れることが出来ていない。

 そもそも少司は、自分を引き込んで一体何をさせようというのか。

 何を期待されて自分はこの場に座しているのか、まるで読めないまま。


 ――まったくもって、気に食わない。


 とにかくもっと情報を引き出し、整理して、この場において少しでも自分なりの方向性を見出みいだす必要がある。

 嵐にただかれる木の葉のように、非力なままでいるわけにはいかない。


「しかし、仮にその話が本当だとして――この世界と異世界とやらが何度か接触しているのだとしても、それだけでは『誰もが魔法を使える世』が来ることにはならないと思われるのですがね」

おっしゃる通りです、犬養さん」


 豹牙はにやりと笑った。


「先ほどは意図的に隠しましたが、その巫女さんは最後にもう一つ、言葉を残していたんです。それはですね――」

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