第二章 第27話 詠従
「少しは落ち着いたかね、
からかうように
その相手である犬養
「は、はい……少し――驚いただけです」
座布団はもちろん、今は宗久と一緒にきちんと畳の上に戻っている。
少司は宗久の反応を見て、満足そうに
「いきなり君の度肝を抜くような真似をして申し訳なかったがね、このくらいやらんと今からする話を受け入れてもらえんだろうからな。何しろリア――」
「リアリストたれ、とおっしゃってきたのはあなたですからね、少司さん」
「む」
しかし、一瞬黙りかけた少司はすぐににやりと口角を上げた。
「そう、そうでなければだ、犬養君。
「……」
この
かつての上司である上に、自分の父親の昔の部下でもあるこの男に追いつき追い越すにはもう少し時間と舞台が必要だ。
「さて、彼をあまり
「分かりました。では僕から話してもいいですかね、
「構いませんわ。どうぞお先に」
九条
「先ほど少司さんから紹介していただきましたが、僕はこの『
「詠従……初めて聞く言葉ですがどんなものを研究されているのか、お伺いしても?」
名刺を手にしながら、宗久が問いかける。
豹牙は
「もちろんです。それが今日の話の大事なところでもありますからね。まずはこの『詠従』とは何かというところからですが――」
「……」
「――実は僕もよく分からないんですよ」
「……は?」
そう言って
「分からない……とはどういう意味でしょうか」
「ああいやいや、そんな怖い顔をしないでください。実際、正確なところは本当に分からないんです。ただ、恐らく地名なんじゃないかと僕たちは考えています」
「地名、ですか?」
「ええ」
豹牙は卓上のお茶を一口すすり、続けた。
「そもそも、『詠従研究所』という名称になったのも割とつい最近で」
「つい最近、ですか」
「ええ、明治になってからだそうですよ」
明治時代の出来事をつい最近と表現する――その感覚に宗久は違和感を覚えた。
「明治が最近とは……九条さん、失礼ですが年はおいくつで?」
「あ、こんな
そう言って豹牙は麗をちらりと見た。
その視線に気付いているのかどうか、麗は涼しい顔を宗久に向けたままだ。
ちなみに、偶然にも豹牙と麗は同い年であり、宗久は三十三歳である。
四十にして
宗久にはどうにも、目の前のこの男の物腰が四十に手が届こうという人間のものに思えなかった。
妙な軽さを感じる。
「それまでは『詠従
「豹牙さん、お話が
「おっとこれは失礼。犬養さん、うちの研究所の設立はですね……
「永正?」
「西暦で言えば、1500年代のごく初めのところです。正確に何年だったのかは分からないのですが、恐らく
「! ……と言うと、五百年以上前の話ということですか」
「そうなりますね。まあつい最近と言うのはちょっと言い過ぎでしたけれど、歴史がやたらに長いんで。
五百年もの間、一体何を研究してきたというのだろうか。
宗久には、まだこの話がどう展開するのか、全く想像がつかないでいる。
「重ねてお聞きしますが、結局どんなことを研究されているんでしょうか」
宗久は
「そうですね……
「い、異世界?」
魔法の次は異世界ときたか。
確かに先ほど魔法の洗礼を浴びたことで、異世界などという
少司の
「その異世界の名、もしくはそこにあるどこかの地名が『
「なるほど……で、その異世界とやらの何を?」
「日本にも日本国際問題研究所――いわゆる
「とおっしゃると?」
「異世界との外交についてです。どんな風に付き合っていくべきかってことですね」
外交。
この男の口ぶりだと、異世界が当然あるものと考えているように思える。
確かに魔法と言う不可思議な力はこの身で体験したが、異世界の存在となるとレベルが違い過ぎる――そう、宗久には感じられた。
「そしてもうひとつ」
「魔法を使える世になったら、どうするべきかと言うことです」
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