第二章 第25話 もう一つの覚悟
「
受話器が叩きつけられる音と共に部屋全体に響きわたる
何しろ、そんな彼ら以上に冷静――いや、
静まり返るS県警察本部
周りの雰囲気を知ってか知らでか、犬養
そして、
◇◇◇
そして数時間後、宗久は都内のとある
いわゆる「料亭政治」というものが批判されるようになって久しい。
かつてのように企業や公務員、政治家たちの接待や密談の場としてはほとんど使われなくなったために、料亭そのものの数は
犬養宗久が一人、じっと座って待っているのは、そんな中でも生き永らえている
かれこれ
からりと障子が
「やあ、待たせてすまないね」
「いえ」
よく響くバリトンとともに部屋に入ってきたのは、ダークスーツに身を
髪にはわずかに白いものが混じっている。
男に向かって、宗久は正座したまま軽く頭を下げ、短く答えた。
「来て
「確かめたいこと、ですか」
宗久は
彼の向かいの席に座った男――
宗久のかつての上司であり、現在は警視庁警備部部長。
階級は
いつもなら本題に入る前に、必ず長々しい前置きから始まる彼にしては珍しい単刀直入ぶりなのだ。
宗久の顔のわずかな
「そうだ。臆病なほど用心しろ。そして、よく考えて答えるんだ」
「……はい」
警戒ぶりを
「――今、君はある扉の前に立っている」
「……は?」
思わず変な声を
庄司は構わず続けた。
「扉の奥にあるのは、一本の道だ。それは
「……」
「そんな扉の前に、君は立っていると思いたまえ」
「はい」
聞きたいことは山ほどある。
しかし宗久は、辛抱強くひとこと答えるだけで
「君にあるのは二つの選択肢。すなわち扉を
「……」
「ちなみにだが奥に踏み込まず、そのまま帰ったとしてもペナルティはない。
少司の「正味の話」ほど信じられないものはない。
そのことを宗久は嫌と言うほど知っていた。
「まあこう言っても、君は信じられないだろうな」
そんな宗久の胸の
「しかしこれは本当のことだ。ただし万が一、扉の中に入ったのにも関らず君が引き返そうとしたら……私は君を間違いなく――――消す」
消す。
これまで少司がこんな直接的な表現をすることがあっただろうかと、宗久は記憶をたどる。
「……殺す、ということでしょうか」
「その解釈は君に
「……」
「ただ、ここのところ君にはいろいろと無理なことを押し付けてきたからな」
「無理なこと、とは?」
「
宗久は黙るしかなかった。
その通りだからである。
「だから――いつものように命令すればいいのだろうが、今回はまあ温情というか、選択肢を与えてみたんだ。実際、
(温情……か)
何をおためごかしを――と、宗久は心の中で毒づいた。
こんな少ない情報で選べと言われたところで、まともな選択など出来るわけがないではないか。
それに、ただひとつだけ確かなことがある。
この人が「消す」と言うのなら――きっと、必ず自分は消されることになるということだ。
その可能性を明示したというだけでも、この人にしては確かに温情と言えるのかも知れない。
「――――扉を、
宗久は、そう答えるしかなかった。
「……本当にいいんだな?」
「はい」
少司は目を細くして宗久を見た。
そして、彼の覚悟のほどを確かめられたと判断すると、少しだけ
「そうか。それはよかった。まあ君ならそう言ってくれると思っていたよ。それにだね、このことは君に無理を
「答え……」
「そうだ。ようやく本題に入ることが出来る。まずはだな、君に引き合わせたい人がいるんだよ」
そう言うと、少司は手を三回ほど叩いた。
すると、再び障子が開き――――二人の男女が部屋に入ってきたのだった。
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