第二章 第23話 糸柳智生
「まず、先ほどの男は
「糸柳……さんですか」
「はい。あの男が最初に私の前に現れたのは、わたしが
「と言うことは、結構前のことなんですね」
「はい」
すると、ちょっと待っててくださいと言って、
店主であり、八乙女
「黒瀬さんの奥さんも、
「ええ……そうなんです」
「まったくなあ……一体何がどうなってあんな……」
「……」
そこに莉緒が何かの
席に座ると、彼女はそれを
「これ、見てください」
「これは……
そこには、男の名前と職場、電話番号が
「『
「そうらしいです。それで」
莉緒は小さく
「わたしと涼介さん、結婚式は
「あ、そうなんですか?」
「はい。実際、犬養家には認めてもらったというより、ただ黙認されただけでしたし……その代わりに涼介さんのお
莉緒がそう言うと、征志郎と
「ははあ……」
「でも、わたしはそれだけで十分でした。涼介さんのご両親に祝福していただいて、わたしは本当に幸せだったんです」
和馬は、何とも言えない違和感を覚えていた。
目の前の莉緒の表情と、今置かれている現状がどうしても
「うーん……どうしても気になっちゃうんで先に聞いちゃいますが、それならどうして先輩と離婚したんですか?」
「え……」
「夫婦の
「! ……」
和馬は、泣き笑いのような涼介の表情を思い出して、少し腹が立ってきた。
「今ここでオレがあなたを責めるのはお
「……ごめんなさい」
小さく
声が
「いや、別にオレに謝られても――」
「黒瀬さん、そこからは俺から話そう」
それまで黙って聞いていた
「涼介と莉緖さんが結婚してからしばらくして、
「おかしなこと、ですか?」
「はっきり言っちまえば、嫌がらせの
「何ですか、それ。ひどいですね」
「ああ、おまけに何だか知らねえがガラの
征志郎は、大きな
「一応、警察に届けたりとかして出来る限りの対策は講じたつもりだったが、客足はだんだん遠のいちまったんだよ」
「……そんなこと、先輩、
「そりゃそうだ。あいつには
「……」
征志郎が
大体のところは、和馬にも何となく
「まあ、そんなことが
「そいつって……えーと、糸柳という男が?」
「ああ」
「
「……莉緒さんを?」
「そうだ。そいつは店ん中を見回して、確か『
征志郎が言うのに、
・自分はある人の使いでここに来た。
・自分とその人には
・そのためには少しばかり協力してもらう必要がある。
「協力……って、一体何だったんですか?」
嫌な予感を
征志郎は莉緒をちらりと見て、ぼそりと言った。
「莉緒さんにな――――――
「はあ!?」
思わず和馬は立ち上がって言った。
「何でそんな……それってあれじゃないですか! マッチポンプって言うか」
「ああ。まあそうだろうな」
「もしかして――――莉緒さん、それで……」
莉緒は
代わりに、征志郎が説明を続ける。
「で、そいつは、そうは言ってもいろいろあるだろうから、半年待つって言いやがった。半年
「……」
「実際、それから嫌がらせの
莉緒は黙ったままだ。
「で、やつは約束通り半年後に来やがった。もちろん、また莉緒さんを呼びつけてな。で、莉緒さんが俺らに言われた通り、ぴしゃりと
「そしたら……また」
「ああ」
征志郎は
「ご
「でもそれって……犯罪じゃないですか? よく分かんないけど、
ゆっくりと
そこで、莉緒が重たい口を
「ダメ、なんです……」
「え?」
「何度も警察に相談しましたし、被害届も出そうとしました。でも証拠がないと言って受理してもらえないんです」
「証拠って……それを調べるのが警察の仕事じゃないんですか?」
「一応パトロールしてくれるとは言われましたけど、そんなの見たことがありませんでしたし……結局このままじゃ本当に
「何で……どうして警察はそんなに腰が重いんですか?」
「それは……多分……」
「……多分?」
警察こそ、市民の安全を守る存在のはず。
和馬には、莉緒の話が理解できなかった。
言いにくそうにしている莉緒だったが、意を決して続けた。
「
「あに?」
和馬はおうむ返しのように言った。
「
「そうです。
「何のためにお
「でも、でも何でその莉緒さんのお
「
「ええっ?」
「推測でしかありませんが、でも確かなんです」
「ど、どうして」
「
「っ!」
和馬は思わず息を
「そんな……そんなの
「まったくだ。はっきり言って異常だよ」
歯を食いしばるようにしている莉緒の代わりに、征志郎が引き取った。
「そんなわけでな、俺としてはもう店をたたむつもりでいたんだが、先に莉緒さんが動いちまったんだ。で、うちに来て『涼介さんとはお別れしました』ってな」
「そんな――――じゃ、そのことを先輩は……」
「
和馬は
そんな和馬に、莉緒は優しい口調で語りかける。
「涼介さんと離婚してから、わたしは山梨に向かい、誰にも
「……」
「そして今年になって、あの学校消失事件が起こったんです」
「……」
「わたしはすぐにお
「それであの時……」
「はい」
突然和馬は立ち上がり、莉緒に向かってがばりと頭を下げた。
「莉緒さん、すいませんでした!」
「え?」
「オレ、そんな事情があったなんて知らなくて……それなのにさっき、あなたが話すのが気分よくないだなんて偉そうなことを――」
「――わたしが涼介さんを傷つけたのは、事実ですから……」
「それは莉緒さんが
「黒瀬さん、落ち着いてください」
莉緒が
「糸柳は、わたしの離婚後に、嫌がらせがぴたっとまた
目を伏せる莉緒。
「わたしが説明会に出席したことで、またマークされたんでしょう。そんなわたしをお
「俺たちがいいって言ってんだ。莉緒さんが
「そうよ、莉緒さん」
ここに来て、今まで聞くばかりだった
「わたしたちね、あなたがここにいてくれて本当に嬉しいの。ほら、うちは男兄弟だけだったでしょ? よく聞くけど、娘が出来るってこんな気持ちなのねって」
「それにな、俺たちのせいで莉緒さんに
「ありがとうございます」
莉緒が二人に頭を下げる。
そして、和馬に向き直って言った。
「黒瀬さん、あなたまで巻き込んでしまいました。本当にごめんなさい」
「え、いや……あれはオレが勝手にキレただけで……」
「わたし、黒瀬さんのあの時の気持ち、痛いほど分かるんです」
「う……」
「今日は話を聞いていただいてありがとうございました。
和馬は、何とか莉緒たちの力になってやりたいと思った。
しかし――彼は
今の彼には、彼らを救うために具体的にどうしてやればいいのか、自分に何が出来るのか、明確な答えを見つけることはできなかった。
◇
和馬はその
(何かあった時のために、か……)
それはきっとただの
彼自身、そのことは嫌と言うほど分かっていた。
(オレは無力だなあ――真白さん)
――寂しく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます