第二章 第22話 ヒッチハイク

 黒瀬くろせ和馬かずまたちは、一つのテーブルを四人でかこんで座っていた。


 店の外には「営業終了」のふだ

 扉のガラスの色は、だいだいからこんへと変わりつつあった。


 四人の前には、お茶が出されている。

 しかし、誰も口をつけようとはしていない。

 まだ、何となく重たい沈黙がおりたままだった。


「あのう……ホントにすみませんでした」


 このあまり居心地のよくない静けさの原因が自分にあると思っている和馬は、まずはそう言って頭を下げた。


 大立ち回りと言うには、あまりに一方的な蹂躙じゅうりん劇を先ほど演じた和馬。

 この町中華「八龍はちりゅう」の店主、八乙女やおとめ征志郎せいしろう――涼介りょうすけの父親――をはじめ、三人が口を重くしているのは静かに怒っているからだと感じているのだ。


 ――だが、


「黒瀬さん、本当にすまない」


 と深々とこうべを垂れたのは、征志郎その人だった。

 それに合わせるかのように、彼の妻、みどり――涼介の母親――と、犬養いぬかい莉緒りおまでもがテーブルに頭をこすりつけたのだ。


 状況がまるで理解できない。

 和馬はあわてた。


「え? ――あの、話を聞いてくれとは言われましたけど、皆さんオレのことを怒ってるんじゃないですか?」

「怒るなんて……とんでもないです」


 莉緒が言った。


「本当は、あなたを巻き込みたくなかった。でも多分――さっきのことで……」

「うーん、まあ確かにオレ、やっちまいましたからねえ」

「……最初から、お話しますね」


 そこから、莉緒が中心になって話が始まった――


    ☆


「――うーむ……」


 和馬は腕を組み、思わずうなってしまった。

 何しろ思ってたより、相当に個人的な話だったのだ。

 で、思ってたのよりも、大分だいぶヤバそうな話だった。


 莉緒が話し始めたのは、まず自分のい立ちからだった。

 本当に、最初から・・・・だったのだ。


 彼女いわく、

 中学卒業までは特筆とくひつすべきこともない、普通の生活を送っていた。

 高校一年の夏、旅行先で一家が交通事故にう。

 ただ一人生き残った彼女は、父親の実兄じっけいに引き取られる。

 それが、現在の犬養いぬかい家だった。

 そしてその家に、犬養宗久むねひさはいた。


「かつての伯父おじ――つまり義父ちちは私にはほとんど無関心、そして義母はは伯母おばである頃からわたしにきつく当たっていました。理由は分かりません」


 特に悲しそうなふうでもなく、莉緒は言う。

 伯父一家いっかに引き取られた理由が、政略結婚のための手駒てごまを増やすためだと義母に明かされたことに触れた時も、彼女は淡々たんたんとしていた。


 しかし、宗久の名を口にする時には、何とも言えないにがい表情を隠しもしなかった。


「二歳年上だった従兄いとこ――わたしが引き取られてからは義兄あにになった宗久は……詳細ははぶきますが、最初からわたしに執着しました。わたしを異常に管理したがったのです」


 莉緒がえて言及げんきゅうしなかったところを、和馬は勝手にさっした。

 黙ってうなずいて、先をうながす。


「そんな毎日に嫌気いやけがさしていたわたしは、それでも大学にかよっているあいだは我慢しました」


 そして彼女いわく、

 大学卒業と同時に行方ゆくえを告げずに家出をした。

 山梨県の某所ぼうしょでアルバイトをしながら隠れ住んだ。

 バイト先の先輩にだまされて車に乗せられ、山中さんちゅうに連れ込まれた。

 すきを見て車から飛び降り、何とか山をりたあと、場所も分からず持ち物も車に置いてきたことでお金もなく、仕方なくヒッチハイクの真似事まねごとをした。


「その時にわたしをひろってくれたのが、ちょうど山梨の学校へ出張に来ていた涼介さんだったんです……」

「ははあ……」


 はからずも涼介と莉緖のめを聞くことになった和馬。

 話自体は結構重たいのだが、あの八乙女先輩が、そんなドラマチックな出会いをねえ……と、ちょっと感心していた。


 さらに彼女いわく、

 紆余うよ曲折きょくせつあって、涼介と一緒に住むようになったこと。

 結婚を意識するようになり、涼介の意志もあって犬養いぬかい家に挨拶あいさつに出向いたこと。

 当然ひと悶着もんちゃくふた悶着もあったが、ようやく結婚にけたこと。


「なるほど……」


 犬養宗久むねひさの時にはあれほど嫌そうな顔をしていたのが、今はどういうわけか少しにこにこしながら話をする莉緒りお

 何となくすじがずれていっているような気がした和馬は、えてたずねてみた。


「それで、何だか話をかすようで申し訳ないんですけど――さっきの男と今の話が、一体どうつながるんです?」


 はっとしたように真顔に戻る莉緒。


「……ちょっと遠回りし過ぎたみたいですね。背景なんかも理解していただきたくて――長くなってすみません……」

「いやいや、それは別にいいんですよ。さっきも言いましたけど、別に今日はこのあと何もなくて、ただ帰って寝るだけなんですから」


 和馬は首を横に振って言う。


「それに、明日は土曜日ですしね」

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