第二章 第20話 八龍
妻が行方不明になってからも、表面上はいつもと変わらない生活を送っていた。
消失事件に関することで目新しい
夏季休暇が終わり、秋の気配をはっきり感じ始めた頃に、怪しい外国人が現場周辺に出没していたという
もちろん、彼はそれが自分に関係のあることだとも思っていなかった。
舞台は、ベーヴェルス
◇
「ふ――――……終わった終わった」
彼はある小学校の玄関を出ると、大きく伸びをした。
今日は午後から出張。
授業参観をし、全体での研修会を
残暑はもうずいぶん遠くに去った。
台風やら
和馬は、臨時駐車場となっているグラウンドに向かい、自分の車に乗り込んだ。
交通誘導してくれる出張先の教諭に軽く頭を下げながら、校門を出る。
「さて、ちょっと早いけど、どこで夕飯を食うか……」
――外食にも
彼は元々、ラーメンの食べ歩きなどしていた。
自ら運営する食べ歩き系ブログ「ラーメン
しかし、それもすっかり結婚前の状態に戻ってしまっている。
(そう言えば……久しぶりに行ってみるかな)
和馬は、最近少し足が遠のいていたある場所を思い出して、車を走らせた。
☆
彼が先のラーメンブログとは別に、有志数人と一緒に運営している「汁マニアファミリー」の定例会で使っている店だ。
そして、先輩の――
和馬自身は、定例会がなくてもたまに
しかし例の消失事件以来、何となく
駐車場がそれほど広くないので、集まる時にはみんなで乗り合わせるのが常だったが、今日は和馬一人である。
「まあ仕方ないよな。今日は勘弁してもらおう」
そう
「いらっしゃいませー!」
元気のいい女性店員の声が、すぐに奥から飛んでくる。
ざっと店内を見渡すと、ソロの客がテーブル席に二人ほど。
カウンターの中の親父さんはこっちを見ると、少しだけ目を
それからにっこり笑って、「いらっしゃい」と言った。
(何だか……気のせいかもしれないけど、少し
元々細い感じの人だったけど、
(まあ、無理もないよな)
「いらっしゃいませ、お
先ほどの元気な声の
そして、和馬を見て驚いている。
「ん? ……あっ!」
女性店員の顔を見て、和馬も声を上げた。
見知った顔だったからだ。
「え? あれ?
「黒瀬さん……」
☆
エプロンを着て立っていたのは、
かつては
つい最近も――とは言え二ヶ月以上前だが――
「
莉緒はお
「えと、う……あー、んーと」
混乱している和馬は、
そんな彼を見て、莉緒は小さく
「すみません、また混乱させちゃいましたね」
「いえ、そんなことは……」
「だって黒瀬さん、『何で別れた女房が、別れた旦那の実家にいるんだ?』って思ってますよね?」
「う……まあ」
素直に認める和馬。
莉緒は店員の顔に戻ると、メニューを差し出して続けた。
「とりあえず――何にしますか?」
☆
和馬は渡されたメニューにざっと目を通すと、「ショウガ焼肉定食」を注文した。
と言っても、彼は普段メニューなど見ない。
ここに来たら、食べるのは「いつものこれ」なのだ。
今日は久しぶりなので、一応確かめたまで。
(うん……前と特に変わったとこはないな)
ここの「ショウガ焼肉定食」は特に奇をてらったものではない、普通の豚の
生姜焼きと言うと、一般的には豚ロースの薄切りを使う場合と、
豚ロースがたっぷり六枚、特製ショウガだれに
ただし――和馬バージョンはちょっとだけ違う。
和馬に出す場合には、マヨネーズをキャベツではなく、肉の方に載せるのだ。
彼は汁マニアファミリーのメンバーに
「はい、お待ちどおさま!」
しばらくすると、見慣れたセットが目の前に出てきた。
ご飯に味噌汁、ショウガ焼きとお
ショウガ焼きの皿には、千切りキャベツの
もちろん肝心のマヨネーズは――ちゃんと肉の上に直接置かれていた!
久しぶりに来ても、ちゃんと自分バージョンで出してもらえたことに和馬は感動する。
「うほっ……久しぶりだあ、これ。いっただっきまーす!」
両手を合わせて
そこで、彼はある事をふと思い出した。
ある時、学年部(同じ学年の先生たち)で食事に行ったことがあるのだが、行った先でちょっとした論争が起こったのだ。
それは「
そんなん、好きずきに
実際、焼肉定食を注文し、その場でいわゆる「ご飯にワンバウンド」させながら食べていた和馬は、我慢がならずに反論を始めてしまった。
彼がその女性教員の言い分で一番訳が分からなかったのが、「白いご飯が
その、味のついたご飯こそがまた
学年主任がまあまあと
(ま、我ながらムキになっちまったけどな)
もちろん、いい
「ぬー! 相変わらず美味い!」
そう言って変わらぬ姿でご飯をかっこむ姿を、親父さん――
そうして、和馬が六枚ある肉の
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