第二章 第16話 琉智名

「もー!」

「ごめんて、ひとみちゃん」

「大体、前からあやしいと思ってたんですよ。お父さん、真夜まよさんに敬語使ってるし、何か『とーだいさま』とか呼んでるし」

「あちゃ~、聞こえちゃってたか~」


 真夜がおどけて言う。


「それじゃあもう、これからは私も『とーだいさま』ってお呼びしないといけませんね、とーだいさま・・・・・・!」

「そんないけず――いじわる言わないでさ~、今までみたいにじつのお姉ちゃんだと思って接してよ~」

「別に元々お姉ちゃんなんて思ってませんけど」

「うわ、辛辣しんらつぅ!」

「そもそも、とーだいさまには本物の妹様がいらっしゃるじゃないですか。銀条会の会長の・・・・・・・!」

「ま、ま~ね」

「私、さっきそれ聞いてちびっちゃう・・・・・・くらいびっくりしたんですから」

「……瞳ちゃん、ちょっとお下品だよ?」

「そのくらいびっくりしたんです!」

「そんなところでまだやってるの? あなたたち」


 新しいお茶を厨房ちゅうぼうから運んできた白銀しろがね紫乃しのが、あきれた顔で声を掛ける。

 瞳と言えば、先ほど真夜がトイレに立ったタイミングで一緒に中座ちゅうざして、個室から出てきた真夜を腕を組んで待ち構えていたのだ。


 今、広間では一同いちどうが集まってのんびりと歓談かんだんしている。

 一同とは具体的に、以下八名である。


    ☆


 白銀しろがね

  ・白銀しろがね伊織いおり(40) 銀条会静岡東部支部理度りど(支部長)

  ・白銀紫乃しの(37) 伊織の妻。

  ・白銀ひとみ(14)  白銀家長女。今岡中学校二年生。


  ※白銀家は銀月家の分家である。

   なお、全ての理度りど(支部長)が銀月家分家というわけではない。

   むしごく一部に過ぎない。


 銀月ぎんげつ

  ・銀月ぎんげつ左京さきょう(47) 銀月家前当主の夫。真夜の実父じっぷ渉外しょうがい担当。

  ・銀月真夜まよ(27) 銀月家現当主。当代とうだい様。


  ※銀月家は「一統いっとう」と呼ばれる家である。

   黒家こっけとうと合わせて「三家さんけ二室にしつ一統」とも。


 銀泉寺ぎんせんじ家(虹流こうりゅう

  ・銀泉寺ぎんせんじ日花里ひかり(18) 銀泉寺家次女。私立洛南らくなん菊花きっか高校三年生。


  ※銀泉寺家は銀月家の分家である。

   銀月家の者をあるじあおぎ、一人一人に専属の侍従じじゅう侍女じじょとしてつとめる。

   本来なら真夜にも付くはずだが、本人の希望めいれいで空席になっている。

   なお、銀泉寺家は虹流こうりゅうほかに「霓流げいりゅう」「天流てんりゅう」が存在する。


 銀荒城ぎならき

  ・銀荒城ぎならきしゅう(27) 銀荒城家長男。銀月左京の侍従じじゅう


  ※銀荒城家は銀泉寺家の分家である。

   銀月家の敷地全般の警護や諜報ちょうほう活動に従事する。

   秀は例外的に、銀月左京専属の侍従となっている。


 ???

  ・謎の小柄こがらな女性(??) 巫女みこ様。銀条会の象徴的存在シンボル


    ☆


「さ、もっかい中に入ろ? ほら、まだみんなしゃべってるし~」

「うー……わかりました」

「あ、そうそう。このこと、あきらくんには内緒ないしょだよ?」

「そうなんですか? わかりましたけど……」


 瞳は抗議こうぎするのを一旦いったんやめて、広間に入ろうとした。

 すると、中から出てこようとしていたくだんの小柄な女性とはち合わせる。

 あわてて頭を下げる瞳。


「あ……っと、す、すみません!」

「構いませんよ。それより、真夜」

「はい~」

「少し話があります。別室へ行きましょう」

「おっと、呼ばれてまっちゃいました」

「それなら私がご案内します。瞳、このお茶を皆様に出して差し上げて」


 と、紫乃しのがお盆を瞳に差し出した。


「あ、はい」

「それじゃあ瞳ちゃん、またあとでね~」


 そう言って真夜は手をひらひらと振りながら、紫乃と女性についていった。

 そんな真夜を、瞳は何とも言えない表情で見送った。


    ◇


 そして別室にて。

 そこは、洋風のこじんまりした応接室だった。

 案内した紫乃しのは二人分のお茶を置き、すで退出たいしゅつしている。


「電話で大まかなことは聞きましたが、もう少しくわしい話を聞かせてください」

「あの母子おやこのこと?」

「もちろん」


 真夜はお茶を一口すすって言った。


「どっちか言うと、詳しい話を聞きたいのはうちのほうなんやけどな」

「あの二人は、例の消失事件とやらが起きた現場にいた穴――地下からやってきたということですが」

理世りせちゃんの話によったられば、そうらしいね。って言うか、直接聞いたらええやいいじゃん。本人たちに」

「もちろん、そのつもりです。もう少し回復したら」


 小柄な女性も、お茶を小さくすする。


「そう言えばさっき二人に何て言うたんったの? えらいずいぶん驚いとっていたみたいやけど」

「あれは……『こんにちは、なんじ地下都市ヴームの民よ』と」

「? ヴームって何な?」

「ヴームは――そうですね、こっちで言うのなら梅田駅とか新宿駅の地下がいみたいなものでしょうか」

「何それ」

「まあ駅ではなくて、人が住んでいる場所ですが」

「ふ~ん」


 難しい顔をしてうなる真夜。


けったいへんな場所があるんやなあ、そのエレディール・・・・・・ってとこは」

大本おおもとは地下資源開発から始まった施設ですね。昔は西部地方の相当な範囲はんいに渡って広がっていたのですが、ある出来事でそのほとんどが失われたはずです。あの母子おやこがいたのは、外郭がいかくの無事だった区画なのでしょう」

「ある出来事?」

「以前話しましたよね。『すれ違いエルカレンガ』ですよ」

「……あ~、そう言えばそんな話も」

「最初の『すれ違い』で、そこにおこっていた国――第一次古王国マルギリア――のほとんど、そして次の『すれ違い』で古代西部帝国後期グゼルニアが消失したと、説明したはずですが……」

「あ、あははは、歴史はちょっと苦手で……」


 そう言って頭をく真夜を、女性は優しく見つめる。


「まあ、今の事情とはほとんど関係なくなっていますからね。それに、現在その場所は禁足地きんそくちとして立ち入りを禁じられています」

「あ、それは覚えてんでるよ! 確か……それを進言したのがイ、イ――」

聖会イルヘレーラですよ。それに直接当時の王家ル・ロアにではなく、まず最初にイルエス家に進言したのです」

「――何か、結局巫女みこはんがいろいろしゃべってるやんなよね

「……そうですね」


 くすくすと笑い合う二人。


「それで電話でも言てたけど、連れてくの? あの二人」


 女性はうなずいた。


の国の民と分かった以上、日本ここに居場所はないでしょう。つらい目にっているようですし、一般家庭の天方あまかた家の手には余るはずです」

「理世ちゃん、泣くろうなあ……」

「迷惑でなければ、何度でもご招待しましょう。何しろ同胞の恩人・・・・・たちですから」

「そうやなだね。で、いつ頃帰んねんるの?」

「二人がある程度回復したら、ですね。三日さんにちくらいでしょうか」

「了解で~す――あ、あとひとつ」

「何でしょう」


 思い出したように真夜がたずねる。


「あの小学校消失事件で消えた人たちって、生きてるんやんなだよね?」

「わたくしの推測通り、単なる転移交換メル・ヴァルならば可能性は高いと思います。現場に草地が現れていたのなら、恐らく草原のような場所に転移メルタースしたのでしょう」

「そっか。そうやとは思うとっってたけど、巫女はんから聞くとほっとするわ」

「何か、懸念けねん事項が?」

「あ~……職場の後輩のパパも巻き込まれたらしいさかいからね。それにほら、天方家のご子息しそくも」

「そう……でも、迂闊うかつなことを伝えてはだめですよ?」

「分かってるって。おおきにありがとう琉智名るちなさま」

「……真夜。その名を知るのは銀月家当主のみです。分かっていますね?」

「そっちも分かってるさかいから、心配せんといてやしないでよ~」


 そう言って、真夜は立ち上がった。


「おはなし終わりなら、そろそろ戻ろ。もうすぐ夕飯やし」

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