第二章 第15話 巫女様

「先生、ありがとうございました」

「いや、まあ大したことがなくてよかったが、さっきも言ったように念のため、三日さんにちは休ませてあげなさい」

「分かりました」


 往診おうしんに来た医者が帰っていく。

 白銀しろがね家の三人と銀月ぎんげつ真夜まよ、そして天方あまかた理世りせが頭をげてそれを見送る。


 銀条ぎんじょう会に運び込まれたベーヴェルス母子おやこは、奥の客間きゃくまで寝かされている。

 後部座席に乗っていた二人は共に疲れ果て消耗しょうもうしきっていはいたが、真夜が繰り返し呼び掛けることで目を覚まし、肩を貸されながらも自力で車から移動した。


 白銀紫乃しのと真夜によって二人はれそぼった服を着替えさせられ、軽く全身を清拭せいしきされたあとひとみが用意した布団ふとんに寝かされた。

 そして、白銀家で懇意こんいにしている医師の診察を受けていたのだ。


 ――そのあいだ、理世は車をおりると母子おやこからえて離れ、案内された別室でじっと待っていた。


 彼女は、二人との最初の出会いを思い出していたのだ。

 あの時と同じように、母子おやこは今もまた十分な休息が必要な状態。

 目を覚ました二人を見たら、きっと抱きついて話をしたくなってしまう。

 今は、余計な負担を掛けたくなかった。


「さーて」


 紫乃しのが理世を見た。


「今度は理世ちゃんの番ね」

「え? あたし?」

「そうよ。一応タオルでいたけど、結構濡れてたでしょ? 風邪ひいちゃわないうちにお風呂に入っておいで」

「理世ちゃん、一緒に入ろうよ。私も濡れちゃったし、お風呂の使い方が分かんないかもしれないしさ?」


 と、ひとみが理世の前にしゃがんで言った。


「う、うん……」

「よ~し、それじゃあそのあいだに、うちが理世ちゃんのパパママに連絡するね。電話番号を教えて?」

「うん、分かった。えーとね……080の――――――――」

「――OK。それじゃ瞳ちゃん、あとはよろしくね~」

「は~い」


    ◇


「――はい、はい。そうです。はい――それじゃお待ちしてま~す」


 真夜まよは通話終了ボタンをタップした。


「お、そうそう。もう一ヶ所電話しとかなておかないと


 そうひとちてから通話履歴りれきを表示し、「真琴まこと」と書かれた部分に触れた。

 スリーコールほどで、相手が出る。


「あ、真琴~? うちやけど――――あ~もう、そないそんな嫌味いやみは今いらへんさかいないから、あとにして。――うん、それで、巫女みこはんどないしてんさんどうしてる?」


    ◇


 玄関の呼び鈴が鳴った。


「はーい――はい、いらっしゃいませ。中へどうぞ」


 瞳がインターフォンに向かって答えると、玄関の方からガラガラと引き戸がひらく音が聞こえてきた。


「お邪魔します……」

「失礼いたします」


 と言う声と一緒に、天方あまかたりくとさくらが入ってきた。

 それを出迎える白銀しろがね紫乃しのひとみ、そして――――理世りせ


 玄関に入るなり、天方さくらはまだ髪のかわききらない娘に駆け寄り、きまり悪そうにうつむく彼女を、無言のままその胸にぎゅうとかきいだいた。

 十秒ほどそのままの体勢を続けたあと、理世の両肩を持って身体から引きがすと、娘の両ほほを左右の指でぎゅっとつまんだ。


「い、いはい!」

「当たり前でしょ! まったくもう!」

「ご、ごえんあはい……」

「まったくもう……」


 そうつぶやいて、さくらはもう一度理世の身体を抱きしめる。

 ふううう――と、さくらの後ろで陸が大きく息をいた。


    ◇


 その頃、銀月ぎんげつ真夜まよは支部長である白銀しろがね伊織いおり私室ししつで、彼と向き合っていた。


「で、当代とうだい様。これから私たちはどうすればよろしいので?」

「悪いんやけど、あの二人を回復するまで休ませたってあげて欲しいの。ほら、さっきのお医者はんも言うとっってたし」

「そりゃ構いませんが、何者なんです? あの二人は」

「う~ん、まだはっきりと分からへんのやんなないんだよね。理世ちゃんからだけで、本人たちからは何も聞けてへんさかいないから、話」

「ふーむ……」


 伊織は腕を組んでうなった。

 彼しかいないので、真夜は普通に京ことばだ。


「それで、京都ほんぶから巫女みこ様を呼ばれた、と?」

「そないなとこやなだね理度りど(支部長)にはお世話かけてまうちゃうけど」

「いえいえ、当代様のお役に立てるのなら、大したことではありません。それに、巫女様にお目にかかれるのも久しぶりですしね」

「もちろん、パパたちも来んでるよ?」

「そりゃそうでしょう」


 くううぅぅ。


「……おなかいた。うち、朝ごはんも抜いてんねんるの……」

「そろそろお昼の時間ですから、当代様もご一緒にどうぞ」

おおきにありがとう! お呼ばれする! ――っと、その前に」


 真夜は思い出したように言った。


「ご飯出来るまで、二人の様子を見てくる」


    ◇


 客間きゃくまには、天方あまかた家の三人と銀月ぎんげつ真夜まよが集まっていた。

 白銀しろがね紫乃しのひとみは、厨房ちゅうぼうで昼食の用意をしている。


 彼らは、かたわらで眠る母子おやこに寄りっていた。

 二人の表情は、あの雨に打たれていた時に比べて、ずいぶんとやわらいでいる。

 枕元まくらもとには、母子おやこのリュックサックが並んでいる。

 見おぼえのあるキーホルダーがぶら下がっているのを見つけて、さくらと理世りせは何かをこらえるようにくちびるを引き結んだ。


 彼らは二人を起こそうとはせず、ただただ見守っていた。


 すると――


 エルヴァリウスのまぶたが、ゆっくりといた。

 四人の想いに、呼応こおうするように。


 リウスはしばらく天井を見つめ、少しまゆをひそめながら目だけをきょろきょろ動かして周囲を見る。

 そして、かたわらに見慣れた幼い顔を見つけると、小さくつぶやいた。


「――――……りせ?」


 その瞬間、天方あまかた理世りせはじかれたようにリウスに飛びついた。


「リウス!」

「ぐふっ!」


 突然の衝撃しょうげきに、思わず変な声が出るエルヴァリウス。

 理世はそんなことにお構いなく、布団の上からリウスの胸に顔をうずめる。

 彼がき込みながら動けずにいると、陸とさくらが顔をのぞかせた。


「りく……さくら……――――う……」


 すでに懐かしい顔を見て、リウスの顔がくしゃりとゆがむ。

 眼のはしから涙が静かに流れ落ちて、まくららした。

 そんな彼を見守る陸とさくらの眼にも、光るものがあった。


 そして……何かが伝播でんぱしたように、隣りのアルカサンドラもゆっくりと目覚めざめる。

 それに気付いた理世が、先ほどエルヴァリウスにしたことをサンドラに繰り返したのは言うまでもなかった。


    ◇


 そのあと天方あまかた家は白銀家の昼食に銀月ぎんげつ真夜まよと共に呼ばれ、いつも「こども茶寮さりょう~するが~」が開かれる広間で一緒に卓をかこんだ。


 食事を楽しみながら、一連いちれんの出来事についての情報が共有された。

 陸は警察で事情聴取を受け、金輪際こんりんざい母子おやこに関わることと、他言たごんすることを固く禁じられた経緯けいいを話した。

 もちろん、白銀家に迷惑をかけてしまうことを憂慮ゆうりょしてのことである。


 しかし、真夜に何か考えがあるらしく、それについては心配ないと言うことで、ベーヴェルス母子おやこはひとまず白銀家で預かることが決まった。

 陸とさくらは白銀家に深い感謝を示し、何か出来ることはないかとたずねるが、白銀伊織いおりは、


「銀条会の教義にのっとったまでのことです。おまかせください」

 と、言うだけだった。


 それでもなお、さくらが言いつのると、紫乃しのが「こども茶寮~するが~」の話をし、来られる時だけで構わないので手伝ってくれるとありがたいと言った。

 さくらはそれを快諾かいだくし、これからは彼女もボランティアとして子ども食堂の手伝いをすることに決まった。


 ただ一人、また母子おやこと一緒に暮らせるようになると思っていた理世だけは、銀条会で二人を預かることに不満をらした。

 しかし、天方家ではまた母子おやこに危険が及ぶこと、二人がいる間は銀条会に遊びに行っても構わないと両家りょうけから許可をもらったことで、彼女もようやく納得した。


 銀月真夜は、そんな理世の嬉しそうな顔を複雑な表情で見ていた。


    ◇


 そして、天方あまかた家はもう一度ベーヴェルス母子おやこを見舞い、帰っていった。


 ――そして、その日の夕方。


「うー、緊張するー」

「落ち着きなよ、ひとみちゃん」


 さっきから玄関付近を、小熊こぐまのようにうろうろぐるぐる歩き回っている白銀しろがね瞳に、苦笑にがわら銀月ぎんげつ真夜まよ


「そんなの無理ですよー。だって私、巫女みこ様にお会いするの初めてなんですよ?」

「別に怪物とかじゃないんだからさ~」

「当たり前ですよ」


 先ほど真夜のスマホに、銀条会の巫女みこ一行いっこうがもうすぐ到着すると連絡が入った。

 本人たちは先んじて新幹線で来たらしい。

 車はあとから到着するとのこと。

 真夜が得たその情報を、瞳は父親を経由けいゆして聞いていた。


 なお、伊織いおり紫乃しのは迎える準備でせわしくしている。


 ――ピンポーン!


「はわっ!」

「お、来たかな~」

「な、何でそんなに落ち着いてるんですか? 真夜さんは。あ、もしかして不動産屋さんだから銀条会うちとか巫女様のこと、よく知らないとか?」

「ん~?」


 奥のインターフォンで応対する紫乃の声が聞こえてくる。

 ちょっと考えてから、真夜は(ま、ええか)とさらりと続けた。


「だって、身内みたいなもんやし~」

「…………は?」


 そこで玄関の引き戸がガララといた。


「こんにちは」


 挨拶とともにまず、一人の男性が入って来る。

 それに続いて、あとからぞろぞろと三人ほど扉をくぐってきた。


「い、いい、いらっしゃいませ!」


 瞳が立位りつい体前屈たいぜんくつのようなお辞儀じぎで迎える。

 真夜が何か話しかけようとした時、二番目に入ってきた小柄こがらな女性が手を挙げてそれをさえぎった。


挨拶あいさつはあとで。まずはその二人に会わせてください」


    ◇


 紫乃しのひとみの案内で、白銀しろがね家を訪れた四人はくだんの女性を先頭に、客間に移動した。

 人の気配を感じて、身体を起こすアルカサンドラとエルヴァリウス。


 その女性は、二人を見てにっこりと笑い、銀月ぎんげつ真夜まよ以外の者に一旦いったん席を外すように伝える。

 そして客間が四人だけになると、再び笑顔を見せてこう言った。


「――サリエーテこんにちはタ・マルカノヴォヴーム汝ら地下都市の民よ

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