第二章 第14話 お姉ちゃん

 天方あまかた家をひっそりと出たベーヴェルス母子おやこは、あちこちを転々としながら昼を過ごし、を明かしていた。

 しかし、行くてのない彼らは、さくらから与えられていたわずかな現金も尽き、次第に追い詰められていく。

 アルカサンドラの体調も思わしくなく、息子のエルヴァリウスは多少の危険は覚悟の上で、母親を「びょいん」に連れて行くことを決意する。


 一方、天方あまかたりくは不法在留ざいりゅうの可能性がある外国人母子おやこかくまった疑いで、警察から任意の事情聴取を受けていた。

 幸い、今回は厳重注意で済ませられたが、ベーヴェルス母子おやこに関わることを固く禁じられてしまった。

 そのことを娘の理世りせに告げると、彼女にはしては珍しく非常に反発し、食事もとらずに自室にこもってしまった。

 両親の気持ちを心の底では理解しつつも、手をこまねいていることに我慢のならなくなった彼女は翌日台風が近づく中、独りで母子おやこを探しに出てしまう。


 更に、県警本部の犬養いぬかい宗久むねひさ警視が直々じきじきに立ち上げた捜査チームが、母子おやこを追う。

 一時は拘束こうそく寸前の状況にまで至ったが、アルカサンドラが朦朧もうろうとしながらも魔法ギームを操り、からくも追跡をのがれることが出来た。


 しかし、全速力で逃亡した二人はほどなく力尽き、路上に倒れ込んでしまった。

 そこを偶然車で通りかかった銀月ぎんげつ真夜まよが、危うくきそうになる。

 いろいろ考えた挙句あげく、二人を一時保護することに決めた真夜。

 その真夜の車に乗っている母子おやこを、たまさかに理世が発見したのだった――――


    ◇


「もしかしてキミ、――こないだの子ぉ?」


 運転席から出てきた女性に思わぬ声を掛けられて、理世りせは彼女の顔をよく見た。


「――あっ……あの時の、お姉さん……?」


 目の前の女性が、自分が先日かどわかされそうになった際、助けてくれた人であることに理世は気が付いた。


「そうよ~、確か……理世ちゃん、だっけ?」

「はい、そうです。あの、あの時は――」


 そう言いかけて、呑気のんき挨拶あいさつわしているような場合じゃないことを思い出す理世。


「違う違う!」

「え?」

「お姉さん、後ろの人!」

「後ろ?」

「車の後ろに乗ってる人たち!」

「え……ああ、あの二人?」

「そう!」

「あの二人が、どうかした?」

「乗せて!」

「え、え?」

「いいからあたしも乗せて!」


 そう叫ぶと、理世は女性の答えも待たずに助手席のドアをけようとした。


「! かない!」

「そら、ロックかかってるさかいから――かかってるから……」

「開けて!」

「ええ!?」

「開けて! 乗せて!」


 理世は泣き出した。

 その女性――銀月ぎんげつ真夜まよは困り果てた。

 そんなやり取りのあいだにも、雨風あめかぜは激しく吹きつけてくる。


(しゃあないなあ……)


    ☆


 理世りせ真夜まよの車に乗り込むと、すぐさま後部座席の二人に話しかけようとした。

 しかし、ぐったりとして動かない様子を見て、乗り込んできた真夜にたずねる。


「ねえねえお姉さん、どうしちゃったの!?」

「その二人が?」

「そう!」

「とりあえずさ、その雨がっぱぎなよ」


 そう言われて初めて、理世は自分が助手席を盛大にらしてしまっていることに気付いた。


「あ……そのよ、よごしちゃってご、ごめんなさい」

「それはいいからさ、脱いだらお話、聞かせて?」

「うん……あ、は、はい」


    ☆


「――なるほど~、そう言うことね」

「は、はい」


 目的地に向かう道すがら、真夜まよは事のあらましを理世りせから聞いた。

 理世はベーヴェルス母子おやことの出会いから始まって、家での様子、一緒にいろいろ出掛けたこと、五味村ごみむら文江ふみえから受けた嫌がらせのこと、母子おやこが出て行ったこと、それから探し回ったこと、両親が警察に呼び出されたことまで、事細ことこまかに話したのだ。


 そのあいだも、ちらちらと後部座席の二人を気にしながら。


(ふ~む……)


 真夜も、近くの小学校で起きた謎の消失事件については知っていた。

 ただ、理世の話にはいくつか考察すべき点がある。

 今はまだ、それについて口には出さずにいたが。


「あのう……」

「ん? 何?」

「おまわりさんに、もう探しちゃダメって言われてるんです。だから、あの……言わないでください……」


 とりあえずサンドラとリウスが見つかって、風雨ふううをしのげる車内に入って、理世は大分だいぶ落ち着いてきた。

 冷静になってくると、さっきまでの取り乱した自分が年上の、しかも自分を以前助けてくれた相手に向かってずいぶん失礼なことをしたんじゃないかと、不安になっていた。

 今は言葉づかいも敬語になり、肩をすぼめてうつむいている。


 そんな助手席の女児じょじを見て、真夜まよつとめて優しい声音こわねで答えた。

 あと、標準語を意識しながら。


「心配せんで――しなくていいよ。約束する」

「本当! あ……本当ですか? お姉さん」

「もう、そんな堅苦しくしなくていいから。そう言えば名乗ってなかったね」


 苦笑しながら続ける真夜。


「うちは銀月ぎんげつ真夜まよ。そうね~……『真夜ちゃん』って呼んでいいよ」

「ええ……ちょっとそれは……呼びにくい、です……」

「そう? それなら――『真夜ねえちゃん』なんてどう?」

「うーん……『真夜お姉ちゃん』なら……」

「何かあんまり変わらない気がするけど……それでいっか」


 そう答えながら、真夜はゆっくりとステアリングを切った。

 車一台がやっと通れるほどの路地ろじに入る。


「あのう、真夜、お姉ちゃん」

「ん?」

「今、どこに向かってるの――ですか?」

「普通にしゃべってええよ――いいよ。理世ちゃんのパパやママにしゃべる感じで」

「――分か……った。これでいい? ――あっ!」


 理世は何か大切なことを思い出したらしい。


「どしたの?」

「えーっと……お父さんとお母さんに、黙って探しに出ちゃったから……」

「お、それはきっと心配してるね~」

「ど……どうしよう……」

「じゃあ、うちから連絡してあげるよ。今ね、銀条ぎんじょう会って言うところに向かってるからさ。知ってる? 銀条会」

「うん、知ってる。大晦日おおみそか甘酒あまざけ飲みに行った。あとハロウィンの時も」

「おお、来てたんだね~。で、そこに着いたらまずうしろの二人をお医者さんにてもらおう。もう連絡してあるからさ。そしたら、うちからケータイに電話してあげるよ」

「ほんと!?」

「もちろん!」


 真夜は胸を張って請け負った。


「あたし、お父さんのもお母さんのも覚えてるから! スマホの番号!」

「お、偉いんだね~」

「うん!」


 赤い500チンクェチェントCがほそい路地を抜けると、銀条会の前の道に出た、

 近道を通ったのだ。

 真夜は手慣れた様子で、そのまま車を敷地内に乗り入れた。


 ――玄関の前に、白銀しろがね紫乃しのひとみが傘をさして立っているのが見えた。

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