第二章 第17話 叫び

 銀月ぎんげつ真夜まよ巫女みここと琉智名るちなが別室で二人だけで話している間、広間では残りの六人がなごやかに談笑だんしょうしていた。


そやさかいだからね、うちは真夜さまの侍女じじょになりたいねん。それなのに……」

「侍女って、どんなことするんですか?」


 銀泉寺ぎんせんじ日花里ひかりの言葉に、白銀しろがねひとみが興味津々しんしんたずねる。


 日花里は、現在K市内の私立高校に通う三年生。

 真っ黒な髪はレイヤーショート。

 身長は瞳よりも少し高い、160cm弱くらいか。


 くっきりぱっちりとした両目と意志の強そうな口元から、クールビューティという表現がぴったりの外見なのだが、口をひらくとくずれてまあしゃべるしゃべる。

 六つ年上の姉と見た目はそっくりなのに、性格は正反対とよく言われていて、本人も自覚しているらしい。


 日花里はとなりに座る銀荒城ぎならきしゅうをちらりと見て言う。


しゅうにいはん、瞳ちゃんに教えたってやてあげてよ

「私がか?」

「そ。だって秀兄、左京さきょうさまの侍従じじゅうやんでしょ?」

「さ、左京さま……侍女……侍従……」


 何だか別世界の住人と話をしているような気分になる瞳。


 銀荒城ぎならき秀。

 アウトラインを刈り上げた七三ショートスタイル。

 身長183cmで見た目はほそいが、いわゆる細マッチョである。

 オウルの眼鏡をかけていて、非常にするど怜悧れいりな印象。

 髪型は少し違うが、いわゆる「氷○先生」と説明するとある界隈かいわい方々かたがたにはイメージしやすいかも知れない。


「侍従と侍女と言うのは、あるじに常に付き従って、主の護衛をしながら、主のさまざまな要望にこたえるのが仕事だ」

あるじ……」

「私の場合は、隣りにいらっしゃる銀月左京様がそうだ」


 と言って、しゅうは横をちらりと見る。


 銀月ぎんげつ左京さきょうは、彫りが深い壮年の男だ。

 サイドを刈り上げ、トップを後ろに流したヘアスタイルに細い垂れ目が印象的。

 そして、銀月真夜の実父じっぷである。


「瞳さん、だったかな。うちの愚女ぐじょと仲良くしてくれているようで、ありがとう」

「ぐ、ぐじょ……って?」

「『うちの娘』をへりくだった言い方よ。あなたもうちの『愚女』ね」

「そ、そうなんだ……いえあのう、私こそなんか、銀月家のと、当代とうだい様に生意気な口いちゃってて……その、すみません」


 紫乃しのの説明で意味をさとるものの、お前も愚女と言われて少し混乱する瞳。

 そんな瞳に左京は鷹揚おうように笑って言う。


「そんなことは気にしなくていいさ。あれ・・もその方が嬉しいだろうしね。まあ奔放ほんぽうな娘だが根は優しい子だから」

「真夜さまは立派なかたです! 全国を飛び回って銀条会のお仕事をされてますし、会社の方だって!」

「会社って、あのう……銀河ぎんが不動産のことですか?」


 日花里ひかりの言葉を聞いて、ああそう言えば真夜は確か不動産屋さんだったと瞳は思い出して言った。

 首をかしげる日花里。


「銀河不動産……? ――ああ、そっちはオーナーで、別に児童養護ようご施設とか乳児にゅうじ院を経営してはるいらっしゃるの!」

「え……? 銀河不動産の、オ、オーナーって――」


 瞳は隣りに座る父親の顔を見る。

 伊織いおりはやれやれという表情。

 しゅうまゆをひそめてたしなめる。


「日花里、君はちょっとしゃべりすぎだ」

「あれえ、これって言たらあかんかだめだった? まあええやんいいじゃんええやんいいじゃん!」


 と言って、笑いながら日花里が秀の背中をバンバン叩く。

 秀は渋い表情のまま微動びどうだにしない。


なぁなぁねえねえ、瞳ちゃん」

「は、はい」

「真夜さまのとこ、メイドはんさんぎょうさんたくさんんでるよ?」

「!」


 瞳は突然押し寄せた情報の津波に目を白黒させながらも、


(日花里さんって、何だか――ちっちゃい真夜さんみたい……)


 とひそかに思った。


    ◇


 それからしばらくして、銀月ぎんげつ真夜まよ琉智名るちなが戻ってくると、白銀しろがね紫乃しのひとみは夕飯の支度したくをするために厨房ちゅうぼうに移動した。

 銀泉寺ぎんせんじ日花里ひかりはまだまだはなし足りないらしく、うちも手伝うと言って瞳を追いかけていく。


 広間に残された五人は、ベーヴェルス母子おやこを銀月家で引き取るための具体的な手続きについて話し合った。


 食事が出来上がると、紫乃と瞳は母子おやこの元に身体に優しい料理を運ぶ。

 広間ではそれ以外の六人が、これまたなごやかに食事を取った。


 その、真夜と巫女がベーヴェルス母子のところに行き、彼らのこれからのことについてゆっくりと伝えた。


 ・こことは遠く離れた京都と言う場所にある、銀月家という家に向かうこと。

 ・出発は三日後、車に乗って移動すること。

 ・今後は銀月家に住むようになること。

 ・何も心配はらないこと。


 ベーヴェルス母子おやこは最初、多少なりともいぶかしんだ。


 何故なぜ自分たちの言葉を話す人間がいるのか――別の世界に転移したと確信している彼らにとって、それは安心よりも疑念をしょうじさせることだった。

 しかし、巫女が丁寧ていねいに説明を繰り返すことで、ようやく二人は納得し、京都へ行って銀月家で世話になることを受け入れた。


 では、と立ち去ろうとする真夜と琉智名を、アルカサンドラが呼び止めた。


天方あまかた家のみんなとはどうなるのですか?」

「もちろん、簡単に会うことは出来なくなります。こことは直線距離タンシアヌソルリアラディヴ三百セシグキロメートルケルメルスほど離れていますから」

「そんな……」

「何か問題アラゾアがあるのですか?」


 身の安全が完璧に保障されたと言うのに、サンドラとリウスの表情は固い。

 しばらく唇をみしめたあと、琉智名の問いにサンドラは答えた。


「私と息子ファロスは、あの人たちに返しきれないほど大きなアルファール恩義グレヴナがあるのです。あの人たちは――私たちの命の恩人グレヴィスノラルドなのです!」


 サンドラはいつのまにか静かにルハラを流していた。

 ヴォコこそ押さえていたが、彼女はさけんでいた。


「何も返せないまま、あの人たちと遠く離れることはできません……」

「……」


 エルヴァリウスも、うつむいてうなずいている。

 巫女はヴァレアを結んだまま、何か考えている様子だ。

 エレディール共通語エレディエルディスでのやりとりに、真夜も口をはさまない。


「分かりました」


 しばらくして、口を開いたのは巫女だった。

 サンドラとリウスがアローラを上げる。


「アルカサンドラ」

「……はいヤァ

身体の調子はどうですかヴァーオタユニ?」

「え?」


 聞かれたことの意味ベクニスが一瞬分からず、サンドラはアルノーを濡らしたままぽかんとしてしまう。

 巫女は彼女に微笑ほほえんで言った。


「あなたの体調テルビア先方せんぽう都合シルコンスタが許すのなら、明日モロス、天方家の皆さんをここに呼びましょう。そして、心ゆくまで話し、身の振り方ヴァオ・ア・アルトールを決めるとよいでしょう」

「……いいのですか?」

ええヤァ。あなたたちの気持ちフェクタムはよく分かりますし、尊いものアルトヴァローラです。ただし、先ほど話したように天方家といれば彼らに負担オウナスもかかるし、確実に危険リオスカまねき寄せます。それを踏まえて決めることです」

「……はい」

「明日呼ぶかどうか、二人でよく相談するといいでしょう――」

「話します。呼んでください。お願いしますルテーム


 サンドラは即断した。

 巫女はにっこりとして答えた。


「分かりました。真夜に呼んでもらいましょう。明日、話す時はわたくしが仲立ちを務めますので、言葉のことは心配しなくていいですよ」

「本当に……ありがとうございますメタマロース――そう言えば」

「はい?」


 クリクスかしげる琉智名。


「私たちはあなたのことを何とお呼びすればいいのですか? そう言えばお名前ゼーナうかがっていませんでしたが……」


 巫女は言った。


「わたくしのことは、こちらの言葉ヴェルディス巫女みこと呼んでください」

「みこ……」

エレディール共通語エレディエルディスで、巫女ヴィルグリィナと言う意味です」

神に仕える女性ヴィルグリィナ……分かりましたセビュート

「では」


 ――そして、今度こそ真夜と琉智名は客間をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る