第二章 第08話 妄執

「おい、気を付けて行けよ」

「ああ」

みな手筈てはず通りだ。一人ずつ、慎重に降りていけ」

「はっ」


 機動隊レンジャー服に似た特殊装備に身をつつんだ男たちが、一人また一人と、地面の下に姿を消してゆく。


 ――彼らは特別に編成された調査隊の第一陣である。


 先日、消失事件の現場である今岡小に現れた、半径十五メートルほどの小さな草原そうげん――通称「くさぱら」――に、怪しげな穴が新たに発見された。

 ある視察団の一行いっこうを警備していた警察官の一人が、そうと知らず足で踏み抜き、そのまま落下していったことで偶然に見つかったものである。


 落ちて行った警察官――来島くるしまと言う――は、そのすみやかに編成された救助隊によって万能ばんのうストレッチャーで無事助け出され、病院に搬送はんそうされていった。

 彼は全身を打撲だぼくし、切り傷り傷の他に、左足を骨折してしまっていたが、命に別状はなかったことが不幸中の幸いである。


 なお、彼の救助活動は急ぎつつも、細心の注意を払っておこなわれた。

 突然現れた草っぱら・・・・と言うだけで怪しいのに、そこに穴がいていたと言うのだ。

 しかも、当初の現場検証で一帯いったいは入念に調べられたはずなのに、そのようなものの存在は認められなかった。


「それでは行ってくる。後は頼んだ」

「はっ」


 最後に残った調査隊のリーダーとおぼしき男が、近くにいた警察官に声を掛けてから穴にもぐり込んでいく。


 ――現場の警戒状況は、数日前とは明らかにレベルが違っていた。


 穴の周囲は、側面はもとより空撮くうさつを警戒してか、屋根のある簡易テントのようなもので囲われ、外からは一切いっさい中の様子をうかがえなくなっている。

 簡易テントには「今岡小調査本部」とでかでかと書かれた看板が設置され、対外的には校舎全体に対する調査の新たな拠点きょてんとして周知しゅうちさせるつもりらしい。

 また、学校周辺の警備も大幅に増員され、敷地内にネズミ一匹立ち入れないほどの厳重な体制が敷かれている。

 当然、その変化は近所の人々、そして現場を継続的に観測していた一部のForTuberフォーチューバーたちはいぶかしみ、一体何が始まったのかと物議をかもすことになった。


 しかし当局は徹底した情報統制とうせいを行い、その穴の存在は特別厳重に秘匿ひとくされたのだった。


    ◇


「おい……ここは一体、何だ?」

「何かの施設か? 廊下のようだが……」


 穴を降りた調査隊の一行いっこうは、目の前に広がる光景に呆然ぼうぜんとした。

 こんなものが、公立小学校の地下にあるはずがないのだ。


 ――天井付近に規則的に並んだ、ぼんやりと青く光る照明が辺りを照らしている。


 光量が十分とは言えない、まるで海の底のように薄暗い中を、調査隊のヘッドライトが周囲の様子を丸くあらわにする。


「何でしょうね、このあかりは。照明にしては暗いようですが」

「こんなところに電気を通しているのか? 一体誰が……」


 なお、先日ここに落ちた来島くるしま巡査じゅんさを救助した際、ガス検知器を使用して呼吸に支障ししょうがないことは確認済みである。

 隊員たちはゆっくりと歩きながら、周囲を確認し始める。

 壁をこんこんと叩いた隊員がつぶやく。


かたいですね……材質は何でしょう」

「コンクリートじゃないのか?」

「いえ……堅いですけれど、もう少し軽い感じがしますね」


 少し歩くと、すぐに通路は九十度右に折れている。

 そのまま進むが、十メートルと行かないうちに土の壁が行く手をはばんでいた。


須藤すどう隊長」

「どうした」

「ここの壁に……扉らしきスリットのようなものが」


 ヘッドライトで隊員の指し示す場所を照らすと、ドアの形をかたどるような黒いラインが壁に走っていた。

 ただし、取っ手らしきものは一切ついていない。

 その代わり、黒いラインの横のちょうど手がくる高さのところに、小さなパネル状のものが設置せっちされている。


開閉かいへい装置……だろうか」

れてみますか?」

「そうだな……」


 そう言うと須藤隊長と呼ばれた男は、腰のホルスターから特殊警棒のようなものを取り出すと、持ち手のレバーをにぎった。


 一瞬にして、それは半メートルほどに伸びる。


 その先端せんたんくだんのパネルに向けて、そろそろと触れる――――が、何も起こらない。

 しばらく感触を確かめてから、次にケプラー手袋のまま触れてみる。


 ――反応は、なし。


 意を決した須藤は手袋を外し、素手すであらわにした。


「須藤隊長……」

「大丈夫だ」


 一言ひとこそう答えると、彼はその手でパネルにそっと触れた。

 それから軽くたたいたり表面をでたり押してみたりしたが――――結局のところ何も起こらず、ドアとおぼしき場所がひらくこともなかった。

 ……彼ら調査隊が、そのパネルが使用者の魔素ギオに反応するものであることなど、知らなくてもそれは仕方のないことだった。


「何か……カードのようなものが必要なのかも知れないな」

「破壊してみますか?」

「いや」


 須藤は首を横に振った。


「まずは報告だ。他に何かないか、もう少し調べよう」


 ――それからしばらくのあいだ、調査隊は通路の隅々すみずみまで調べ上げたが、それ以上の成果を得ることは出来ず、一時間後、彼らは穴を出た。


    ◇


「むう……」


 職場の自席で、犬養いぬかい宗久むねひさは腕を組んでうなった。

 先ほど今岡小の調査隊から、取り敢えずの報告を電話で受けたところだ。


 その内容は、可能性として想定していたうちの一つのものではあったが、それでも改めて驚かずにはいられないものだった。


なぞの地下施設……かないとびら……)


 県警本部の外事がいじ課長として彼が真っ先に心配したのは、もちろんどこかの外国勢力によるスパイ活動に付随ふずいするものではないか、と言うことである。


 しかし……その施設らしきものは、報告を聞く限りではかなりなのだ。

 かぎ括弧かっこのような形の通路が目測もくそくで二十メートル程度。

 しかも両端りょうたん土壁つちかべふさがれているとのこと。

 土砂どしゃもれたのか、元々そういうものなのか、今の段階では判然はんぜんとしない。


さらに……扉は開閉かいへい方法が不明らしい)


 横にタッチパネルのようなものがあったようだが、反応はないと聞く。


 ――今回派遣はけんされた調査隊は、犬養が直々じきじきに指示して結成したものである。


 そして、より詳細で確実な情報をは求めているのだ。


(いずれにしても、一度私自身で直接確かめる必要があるだろう)


 それに……犬養のかんでは、は今回の件について何かをつかんでいるふしがある。

 あらかじめ何かを知っていた――そんな気がするのだ。


(それにしても、だ)


 犬養宗久は、デスクに両肘りょうひじをついて手を組む。


(何だと言うのだ……あの場所は)


 彼の脳裏のうりに、のほほんとした一人の男の顔が思い浮かんだ。


 ――したたるような憎しみとともに。


莉緖りおの奴、あの男・・・と離婚したのは上出来だった。おまけに今回の消失事件で、やつ・・はどこに消えたか知らんが、とにかくいなくなったのは朗報でもある)

(……莉緒め、どこに姿をくらましたかと思っていたら、ひょっこり説明会に現れるとはな……私を甘く見ているのか、油断したのか)


(逃がさんぞ――――――莉緒)

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