第一章 第38話 天方家旅行記3――制覇

 F急ハ〇ランドに到着し、アトラクションを楽しむ天方あまかた家の五人。

 最初に回る空中ブランコ、次に円盤座席型バイキング系大型ブランコに乗る。


 そして、いよいよ目玉のひとつであるF〇JIYAMAに搭乗とうじょうすることになった。


    ◇


「ちょっと……これどこまで上がるのよ……」


 どんどん上がっていく高度に、ぼそりとさくらがつぶやいた。

 コースターは青空の一点に向かってぐんぐんとのぼっていく。

 かたわらを「60m」と書かれた標識が通り過ぎる。


 残念ながら最前席は取れなかったものの、二列目から座ることが出来た天方あまかた家。

 その二列目に理世りせとアルカサンドラ、三列目にさくらとエルヴァリウス。

 そして四列目には――関西方面から来たらしい女子大生グループの一人と一緒に天方あまかたりくが座っていた。


 ……彼はにやけていたりはしない。


 席に座る時、前列のさくらに「あらあ、よかったわねえ」と先制攻撃を食らっていたからだ。

 陸と女子大生は思わず顔を見合わせ、「何かすいません」と彼は申し訳なさそうにあやまられてしまった。

 車体は更にのぼり続け、ようやく水平になったところには「79m」という標識があった。


「約八十メートルって……高層ビルで言うと二十階以上あるんじゃないの?」

「お母さーん、下すごいよ!」


 前席に座る理世がはしゃいで言うように、素晴らしい眺望ちょうぼうだった。


 ――ほぼ正面には富士山の北麓ほくろくが東西に裾野をゆったりと棚引たなびかせており、眼下がんかにはF急ハイ〇ンドの全景と周辺の地形が広がっている。

 園内には、他のジェットコースター系のアトラクションが、みずちがのたうつように見えている。


 そして――ゆっくりと進んでいたコースタがが急に右にカーブしたと思った途端とたん、物すごい勢いでコースターは降下こうかし始めた。

 降下――などという生温なまぬるいものではなく、さくらには「落下」「墜落ついらく」としか思えない速度と角度であった。


 周囲が悲鳴に包まれる。

 さくらは横目でエルヴァリウスを見た。


 彼は――――無表情だった。


 リウスがどういう状態なのかさくらがつかみかねていると、コースターは軌道きどうを駆けあがり、左に旋回せんかいしながら水平に走る。


 ――どう? オレ、こんな感じなんだけど、だいじょぶ?――


 と、何故なぜかFUJI〇AMAにあおられているようにさくらが感じた八秒後、二回目の落下感覚が彼女を襲った。


「ふぎぃぃぃっ!」

「きゃーーーーー!」

「ぐわああああ!」


 絶叫ぜっきょうの百貨店である。

 いろんな種類の叫びが入り混じる中、三度目、四度目のアップダウンが続く。

 五回目あたりからさくらはもう数などどうでもよくなって、あとは右へ左へ身体をじられるがままになった。


    ☆


「いやあ……すごかったねえ」

「あたし、最初のとこで落っこちちゃうかと思った!」


 髪をぼさぼさにしながら、りく理世りせ嬉々ききとしてFUJI〇AMAの感想を言い合う横で、さくらとアルカサンドラとエルヴァリウスは呆然ぼうぜんとしていた。

 物理的に地に足が着かないという感覚を、さくらは初めて経験している。

 ベーヴェルスおやこ子は、何と言うか――幽鬼ゆうきのように覚束おぼつかない足取りで、陸たちのあとをふらふらと歩いている。


「それじゃあ、次は何に行く? ド・〇ドンパ? 高〇車? え〇じゃないか?」

「ちょ、ちょっと待って!」


 このままなし崩し的に連れていかれてはたまらないと、さくらはあわてて恐ろしい呪文のような言葉を並べ立てる理世をめる。


「す、少し回復する時間をちょうだい。あ、そうだ。先にお昼ご飯を食べちゃいましょうよ。混む前に」

「えー」


 あからさまに不満を表明する理世。

 彼女の中では、いわゆる「四大コースター」制覇せいはは確定事項なのだ。


「だってほら、サンドラたちもこんな状態じゃないの。乗るのはいいけど連続は無理。勘弁して。お願い」

「えー」

「まあ、お母さんも乗るのはいいって言ってるからさ、明日の午前中もあるんだしほかのもいろいろ楽しもう、理世」

「うーん……そうだね、分かった」


 陸の説得に、案外すんなりと同意する理世。

 実際、コースター系以外にも楽しそうなアトラクションはたくさんあるのだ。


 ――結局この後、さくらの言う通りに早目の昼食をとってからは、屋内外のさまざまな乗り物をはさみながら、無事?に四大コースターの制覇がったのである。


    ☆


「ふう……やっと落ち着いたわね」


 そして今、天方あまかた一行いっこうはホテルの一室にいる。


 ――ここはF急ハイラン〇に併設へいせつされたオフィシャルホテル。


 さくらたちがくつろいでいるここ・・は、そのグランドエグゼクティブフロアにあるファミリースイートなのだ。

 ベッドルームには寝具が四つしつらえてあり、さらにソファベッドを併用へいようすれば六人まで宿泊できる部屋である。

 ハイシーズンということもあってお値段もなかなかなのだが、まずこの旅行はゴールデンウィーク以前から計画してあったものである。


 ――今年度六年生に進級した息子――天方あまかた聖斗せいとは、児童会会長に選出された。


 陸が「何かご褒美ほうびをあげよう」と言ったところ、「遊園地でたくさん遊びたい」と要求されたことを受けて、陸が計画したのだ。

 そして、どうせ行くならいっそのこと泊まる場所も張り込んでやろうと、このラグジュアリーな部屋を予約したというわけだ。


「そろそろ夕飯食べに行かないかー?」

「行くー!」


 部屋に入って荷物を片付けてから、ベッドに寝ころんだり窓から富士山をながめたりと、めいめいで好きに過ごしていた彼らは、陸の提案でレストランへ向かった。


    ☆


「わー、素敵ねー」

「きれいー!」


 レストランに到着した一行いっこうは、遊園地側がのぞめる席を希望して、無事にスタッフに案内された。

 遊園地は閉園した後も、こうして宿泊客たちがながめを楽しめるように、各所かくしょが美しくライトアップされているのだ。


「さ、ディナーブッフェだから、早速取りに行こう」


 と、陸に言われて、席に座ったままきょとんとして顔を見合わせているアルカサンドラとエルヴァリウス。

 せっかく座ったのに、また立てとは一体どういうことだと言わんばかりの、二人の首のかしげ方だ。


「あのね、ここでは自分が好きなものを好きなように選んで食べていいのよ」

「あたしが教えてあげる。行こ? サンドラ、リウス」

「とりあえず一緒に行こう」


 理世りせに手を引かれて、母子おやこはようやく席を立った。


 ――それから、さくらたちの見よう見まねをすることで、ようやく母子おやこもブッフェの仕組みを理解できたようだ。

 好きなものを好きなだけ、というシステムが信じられないようで、サンドラは何度も「だいじょうぶ? だいじょうぶ?」とさくらに確かめていた。


 フロアの一角いっかくで何やら茶色いものが、噴水ふんすいのように上からとろとろと流れながら甘いにおいをはなっている。


「何これ! ねえお母さん、これ何?」

「それはチョコレートファウンテンって言って、ほら、そこにあるマシュマロとかバナナに、上から流れてくるチョコをつけて食べるやつよ」

「やりたい!」

「後にしたら? デザートなんだから」

「むぅ……」


 陸はエルヴァリウスを誘って、ライブキッチンの前に来ている。


「リウス、こっちでステーキを焼いてもらおう」

「すてーき……」

「そうさ。ほら、目の前で料理してくれるんだよ」

「おう……」


 アルカサンドラは順応じゅんのう力の高さを発揮して、ピザコーナーの前でピザが焼きあがるのをじっと待っている。

 彼女は一度、天方家で宅配ピザを食べたことがあるのだが、それ以来この料理のとりこになってしまったのだ。


「サンドラ、一人でどんどん出来て……すごいね」

「ホントねえ」


 ――こうして、好きな食べ物をたらふく胃袋に詰め込みながら、彼らの一泊旅行の夜はけていくのだった。

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