第一章 第37話 天方家旅行記2――洗礼

 富士五湖方面への一泊旅行に出発した天方あまかた家の五人。


 F市から北上して朝霧高原を突っ切り、もうあと少しで山梨県というところにある道の駅「朝霧高原」で休憩。


 小腹こばらを満たすために買った名物のF宮焼きそばを手に、一行いっこうは出発した。


    ◇


 頭上を「山梨県」と書かれた道路標識が通り過ぎてしばらくすると、道の両側に木々が迫り、林の中を走るような雰囲気になる。


「そっちの木の向こうに、本栖もとす湖があるんだけどなあ」

「さすがにここからだと見えないわね」


    ☆


「あっ、見えた!」

「ホントにちょっとだけ、見えたわね」


 こちらは精進しょうじ湖の話である。

 交差点を通り過ぎる、ほんの一瞬だけ木と木の間に湖水がうつるのだ。


「リウス、見た?」

「みる……ヴォ、なに?」

「湖だよ」

「みぃずーみ……?」


 理世りせの説明に、海も湖も知らないエルヴァリウスは全く要領を得ない。

 しかし、そのことをアルカサンドラたちは天方家に説明出来ていなかった。


「リウスたちは、もしかして内陸の国に住んでいたのかしらね」


「こないだ回転寿司に行った時にも、生魚なまざかなに全く抵抗を示さなかったからね。海沿いに住んでいて食べつけていたのか、もしくは魚の存在を知らないようなところだったのか」


「それにしたって、川ぐらいありそうな気もするけど」」

「そうだね」

「その辺も、早く話が出来るといいのにね」

「うん……」


 りくとさくらの会話を、サンドラは何となく申し訳なさそうな表情で聞いていた。


    ☆


 右手に本日二つ目の道の駅、「なるさわ」を見ながらしばらく進むと、片側一車線だった道路が二車線になる。

 さらに進んでいくと道路の両側にあった木々は遠ざかり、代わりにレストランやショッピングセンターがのきつらねるようになる。

 そして再び道の両側を林がおおい始めた頃、その隙間すきまに鋼鉄のへびがのたくったような謎の物体が見えてきた。


「見えたー!」


 左折し、駐車場に向かう道路を進むと、先ほど垣間かいま見えていた不思議なものの全貌ぜんぼうが現れる。

 ここ数日でいろいろ珍しいものをの当たりにしてきたベーヴェルス母子おやこだが、巨大なむちを振るった残像のような構造物を前にして、言葉もなくぽかんとしている。

 そして、その軌道きどう上を人が乗る何かが高速で通り過ぎるのを見て、二人の顔はみるみるうちにあおざめていった。


 こうして天方家の五人は、F急ハ〇ランドに到着したのだった。


    ◇


「絶叫マシーンからがいい!」

「いやでもほら、サンドラたちにいきなりそれはキツいんじゃないか?」

「わたしもあんまり気が進まないんだけど……」


 きょとんとするベーヴェルス母子おやこをほったらかして、先ほどから天方あまかた家の三人がぎゃーぎゃーと騒いでいる。

 最初に乗るアトラクションを何にするかでめているらしい。


「だって混んでるんだもん。乗りたいやつから乗らないと……」

「そうだけど、明日もあるだろ?」

「最初だけはおとなしめなのにしときましょう。ね、理世りせ

「ぶぅ……分かった」


 りせは、遊園地初体験の二人のことをちゃんと考えたようだ。

 話の内容はよく分からなかったが、アルカサンドラはすっとしゃがみ、少しだけふくれっつら理世りせの頭をでた。


「んーふふ」


 仲の良い親戚しんせき叔母おばに見せるような、あどけない笑顔を向ける理世。

 すぐに機嫌は治ったらしい。


「それじゃあ早く行こ? 空中ブランコなら初めてでもだいじょうぶ!」


    ☆


「おーほほ!」

「これはなかなかね……」


 りくのぞく四人が今乗っているのは「ウェー〇スウィンガー」という、メリーゴーラウンドのように回転する空中ブランコだ。

 動き出す前にはただのブランコだが、回り始めると傘が開いていくように遠心力で外側に広がり始める。

 最初はおっかなびっくりだったアルカサンドラとエルヴァリウスも、生まれて初めての爽快そうかい感ににやけっぱなしである。


「お母さーん!」

「なーにー!」

「何でもなーい!」


 りくは心に決めていた。


 ――今回の旅行は、基本的にカメラマンにてっしようと。


 もちろん、どうしてもためしたいアトラクションには乗るつもりだが、それよりも家族の楽しむ様子を静止画や動画で記録したいという気持ちの方がはるかに強いのだ。

 普段であれば、その役割はどちらかと言うとさくらがになっていたのだが、一体どういう風の吹き回しなのか、陸本人は分かっているのかいないのか。


「お父さーん!」


 ぐるぐると、何度も近付いては遠ざかる娘たちが楽しそうに手を振るのを、陸も手を振り返しながらレンズを向け続けた。

 そして、何を思い出したのか、ふいに涙があふれそうになるのを、彼は「暑いなー暑い」と汗をくふりをしてごまかすのだった。


    ☆


「これ、ジェットコースターよりこわそうなんだけど……」


 目の前でぶーんぶーんぐるんぐるんと動くアトラクションを見て、さくらがおののく。

 他の遊園地だと、割と海賊系の名前が付けられていることが多い乗り物。

 普通だと大きな船形ふながた筐体きょうたい?が、左右へ振り子運動をするだけなのだが、ここのト〇デミーナは違う。


 ――座席が円盤えんばん型になっているのだ。


 そして、振り子運動に加えて座席自身もぐるぐる回転するという、さくらがあとずさりする気持ちもよく分かるというもの。

 ところがさくら以外の三人は、うきうきしながら列に並んでいる。

 いきなり絶叫系の洗礼をびせられなかったことがこうそうしたようで、母子おやこはアトラクションを『スリルはあるけれど気持ちがいいもの』と認識しているらしい。

 ちなみに今回も記録係をつとめたりくについてだが、既にバンジージャンプすら経験済みなので、遊園地の乗り物程度ではビクともしない、と本人は言っているようだ。


    ☆


「はあ~……まだ何かお腹の辺りがむずむずするわ……」

「すーっとして面白かった!」

「たのしい」

「たのしい」


 トンデ〇ーナは、おおむね好評だったようだ。

 四人がワーキャー騒ぐ姿を、りくはしっかり動画に収めている。


「さて、次のアトラクショ――」

「F〇JIYAMA!」

「ええ……」

「もう二つも乗ったじゃん」


 まだトンデミ〇ナのダメージから回復しきっていないさくらは顔をしかめるが、最初だけはと自分が言ったので、強く反対できない。


「よし。ま、そろそろいいか」

「うん!」

「今度はお父さんも乗るからなー」

「ホント!? じゃあ早く行こ行こ!」


 理世りせに手を引かれていく夫を、さくらもしぶしぶ追って歩き始める。


「そう言えば座席って二人ずつだと思うんだけど、どうしようか」

「お父さんは一人でいいから、四人で決めるといいよ」

「そうなの? ……じゃあ、どうする? お母さん」

「そうねえ……」


 さくらが人差し指をあごに当てる。


「じゃあ……わたしはリウスと乗ろうかしら」

「む」

「分かった! ならあたしはサンドラと乗る!」


 陸が何となく不満そうな顔でさくらを振り返る。

 にっこりと微笑ほほえみ返すさくら。


「やーねえお父さん。息子みたいなもんでしょ?」

「いや僕は別に……」

「お父さん……やきもち?」

「そんなことはない」


 むっすりと答える陸。


 当のエルヴァリウスは何のことやらと、ぽかんとしている。

 アルカサンドラは何故なぜか、けらけらと笑っている。


「じゃあその次のアトラクションには一緒に乗りましょ? お父さん」

「え?」

「いいじゃんいいじゃん!」

「と言うことで、早く行きましょ」

「う、うん」


 駆けだす理世につられて足を速める陸。


 ――その顔は、だらしなくゆるんでいた。

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