第一章 第36話 天方家旅行記1――白ひげ

 天方あまかた家は、一時的にエレディール人であるベーヴェルス母子おやこを、そうとは知らずに保護している。


 出会ってまだ半月、最初はお互いに言葉も何もかもちんぷんかんぷんだったが、努力の甲斐かいあって少しずつ意思疎通そつうが出来るようになってきた。


 一方、いろいろな事情をかんがみて母子を人目にさらすことははばかられた。

 それでも、家の中にいるだけでは息が詰まるだろうと、りくたちは母子おやこを大型ショッピングモールに連れ出したというのが前回の話。


 今回の話はそれから四日後――――


    ◇


「あたしツナマヨと明太子めんたいこ!」

「ええ? 明太子ってからいのよ?」

「だいじょーぶなの! だいじょーぶだから!」

「もう……」

「サンドラもリウスも、好きなものを選んでいいからね」

「はい、りく」

「ヤ……はい」


 時刻は午前七時半。


 彼らがいるのは、国道一号線沿いのとあるコンビニ。

 車中で食べるための朝ご飯の買い出し中だ。


 食べ物飲み物をひと通り買い終わり、一行いっこうは車に乗り込む。


「お父さん、早く早く! 出発ー!」

「はいはい、ふぁあ……」


 三列目のシートから、理世りせが父親に発破はっぱをかける。

 欠伸あくび混じりで答えるりく


「あなた、まだ眠いの?」

「うん……何かやたら楽しみでさ、なかなか眠れなかった」

「子どもみたいねえ……ガムむ?」

「お、もらおうかな」


 助手席のさくらは先ほど買ったチューインガムの包み紙を開けると、夫の口元に差し出す。


「サンキュー」


 それにぱくりと食いついてから、陸は愛車のアクセルをそろそろと開けた。


 ――これから天方家が向かうのは、山梨県の富士五湖方面。


 F急〇イランドである。


 N津から行くとなると、F市経由の西回りか、G市を通っていく東回りかの二択になるのだが、今回はF市を選択。

 朝霧高原をのぞみながら国道一三九号線を通り、本栖もとす湖側から山梨県に入るルートである。


「お母さーん、おにぎりちょうだい?」

「今けるわね」


 さくらがコンビニの袋を開けると、揚げ物のにおいが車内にただよい始めた。

 おにぎりやサンドイッチ、総菜そうざいパンや飲み物をてきぱきとくばっていく。


「ありがとう、さくら」


 サンドラがサンドイッチとコーヒーを受けとりながら言う。

 彼女は、この黒くて苦い飲み物がいたく気に入ったらしい。

 もっとも、好んで飲むのは砂糖とミルク入りの甘いカフェオレだが。


 理世にはおにぎり二つと一緒に、いちごミルクの飲み物を渡す。

 さくら的には、ごはんといちごミルクを合わせる感覚が理解できないのだが、当の本人にマリアージュという概念がいねんはない。

 そもそも給食ではご飯と牛乳を一緒に食べているので、違和感などないのだ。


 ――大きな交差点で、車は右折する。


 そこからは、F市とF宮市を東西に切り裂くように北上していく。


「すごい……」


 リウスは焼きそばパンをほお張りつつ、車窓しゃそうの外を食い入るように見つめている。

 ひっきりなしにすれ違う大小さまざまな自動車も、広い道路も、青い空も緑の山々も、まだまだ彼をきさせてはいない様子だ。


 一泊二日の旅行は、始まったばかりである。


    ☆


 道は市街地を抜け、道路の両脇には徐々じょじょに木々が迫るようになってきた。

 そして大きく西北西にカーブし、再び北に向かい始めると、徐々に視界が広がっていく。


「あーっ、ここ前に来たことある!」

「ま〇いの牧場ね」

「子どもの頃、魔界の牧場って何? ってずっと思ってたよ」

「オーナーが馬飼野まかいのさんらしいけど……割と珍しい苗字みょうじよね」


    ☆


「ああっ!」


 アルカサンドラが窓の外を見て叫んだ。


「さくら、なに、あれ……ホローナ動物?」

「え? ホローナ?」


 意味は分からないが、とりあえず運転手のりくしに道路の右側を見る。

 抜けるような夏空の中、遠くに日本で一番高い独立ほうである富士山が見える。

 手前には、緑の牧草地が一面に広がっている。


「あー! 牛だ! 牛さん!」

「あら、本当」


 その牧草地では、白黒模様の牛たちがのんびり草をんでいた。


「うぅしぃ?」


 サンドラが首をかしげる。

 少し考えてから、さくらは答えた。


「そう。あれは牛って言ってね、えーと、牛乳のもとなのよ。ラークぎゅうにゅう

「……おう、ラーク!」

ヤァそうよ!」

「理世、知ってるかー?」

「何がー?」

「あの牛さんたちな、の色は黒なんだってさ。白い方が模様らしいぞ」

「うそ、ホント?」

「そうなの? 何か逆っぽいけど」

「まあ僕も聞いた話なんだけどね」

「ヴォ、ヴォデュンダオあれは何!?」


 今度はエルヴァリウスが突然興奮して、反対側の窓の外を指さした。

 こちら側にも草原が広がり、少し向こうには毛無けなし山が鎮座ちんざしている。


 見ると、色鮮やかな紙片しへんのようなものが空高く舞っているのが見えた。


「パラシュート?」

「あれは――パラグライダーって言うのよ」

「ぱだぐらいら……?」


 リウスの言い間違いはともかく、何と説明したものかさくらは悩む。


「えーとね、あの人たちは……空を飛んで遊んでいるの」

「いーなー、あたしもやってみたいなー」


 サンドラが、何やらごしょごしょと息子に耳打ちしている。


フーラ遊び!? ……すごい」


 改めて窓にかぶりつくリウス。

 その様子をルームミラーしに見ながら、陸が言った。


「これから行く遊園地なら、同じくらいスリルがある乗り物が結構あるぞ」

「楽しみー!」

「わたしはちょっと……」


    ☆


「さて、もう本栖もとす湖も近いとこまで来たけど、一旦いったん休憩するよ」


 そう言って陸が車を入れたのは、「道の駅 朝霧高原」の駐車場だった。

 お盆期間ということもあって、駐車場はほぼ満杯まんぱい状態。

 何とかいているスペースを見つけて、陸は愛車をすべり込ませた。


 車のドアを開けた途端とたんに、真夏の熱気が彼らをあっという間に包む。


「暑ーい!」

「とりあえずトイレに行きましょう」

「えー、あたし別に」

「行けば出るから行っとくの」

「サンドラとリウスもよ。トイレ」

「といれ、いく。わかりました」

「といれ、はい」


    ☆


美味おいしいーっ」


 天方家の五人の手には、ソフトクリームが握られている。

 陸とさくらとアルカサンドラは、名物のあ〇ぎり牛乳ソフト。

 理世とエルヴァリウスは、こけもも味とバニラのミックスソフト。


「何これ……ミルクの味がすごいわ」

「すごい濃厚だね、こりゃ」

メタメーレすごく美味しい……」


 大人三人はさすがに綺麗きれいに食べているが、リウスと理世は口の周りにたっぷりつけながらほお張っている。


「溶けちゃう溶けちゃう!」

「お、おいしい、むぐむぐ……」


 小学三年生の理世はともかく、身長百八十オーバーで、日本で言えば高校生一年生の男子までが夢中でソフトクリームにパクついている姿は、よくも悪くもなかなかに目立つ。


「リウスったら、はしゃぎすぎじゃない?」

「何か、絵的にとうとい気がする……」


 陸は思わずスマホを取り出し、二人をフレームに収める。

 それにつられたのか、周囲にいた何人かの観光客までが理世たちにレンズを向け始めた。


「おっと、こりゃまずいかも」

「早く車に戻りましょ」

「ちょっと小腹がいたから、僕はFみや焼きそば買うけど、どうする?」

「食べる!」


 理世が白いヒゲをつけたまま叫ぶ。


「じゃ、一応人数分買っていくからさ、先に戻っててよ」

「わかったわ」

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