第一章 第34話 一転

 朝霧あさぎりあきらかがみ志桜里しおりは、宗教法人銀条ぎんじょう会主催の「こども茶寮さりょう~するが~」で出会った。


 週に二回ほど開催されているので、二人が顔を合わせるのは今日で四回目になる。


 最初はぎこちなかった彼らも、回を重ねるごとに少しずつ緊張も取れていき、多少は距離が縮まったらしい。


 今日も二人は銀条会を訪れ、広間にいる子どもたちの相手をしてやって欲しいと、白銀しろがね紫乃しのに頼まれる。


    ◇


「うわあ……これはなかなか」

「なかなかですね……」


 広間の様子を見て思わず、あきら志桜里しおりの口をつぶやきがいて出た。


 確かに学校が夏休みに入ってから、「こども茶寮~するが~」を利用する人数が少し増えてきていることに、暁は気付いていた。

 その理由は二人にはよく分からないが、特に根拠もなくまあ夏休みだからだろうぐらいに考えていたのだ。


 広い部屋の中は、勉強をしたり本を読んだり、仲間同士でふざけ合ったり、追いかけっこしたり、トランプやカードゲームで遊んだりする大勢おおぜいの子どもたちでごった返していた。

 その中を、暁たちより先に世話をしに来ていた白銀しろがねひとみが目を回しながら右往左往している。


「あ! 朝霧あさぎりだ!」

朝霧あさぎりー」


 とびらのところでぼっ立っている暁の姿を、目敏めざとく見つけた小学生が二人。


 まき六花りっか宮脇みやわき寧緒ねおである。


 暁本人も理由に全く心当たりがないのだが、彼はやけに子どもにモテる。

 特に女子小学生は、こぞって暁にちょっかいをかける。

 そしてその筆頭格が、六花と寧緒なのだ。


「朝霧ー、遊ぼー!」

「だめ。朝霧はあたしと勉強をするの」

「おいおい、引っ張るなって」


 早速彼女たちは、暁の腕をつかんで自分たちの陣地・・へと連れて行こうとする。


 他の子どもたちも暁と遊びたそうにしていたが、六花と寧緒が獲物えものらえたと見ると、早々そうそうあきらめてまずは二人にゆずることに決めたらしい。


「うおっ!」


 よたよたと引かれていく暁の足に、横から一人の幼稚園児が現れて無言でがしりと抱きつく。


雛菊ひなぎくちゃん、足をつかまれると歩けないよ……」


 子どもたちに翻弄ほんろうされている暁の背中を、志桜里しおりは驚きをもってながめていた。

 すっかり彼らの心をとらえている姿に、改めて感心しているのだ。


「志桜里姉ちゃん、勉強見てよ」

「僕も教えて欲しいです」


 そんな彼女にも、すぐに声がかかる。


 特に男子に限ったわけでもないが、志桜里もここに来て日が浅い割には、子どもたちからしたわれているふうである。


 そして、そんな様子を自身も小さな子たちの相手をしながら、にこにこと見守っているのが、白銀紫乃しのの夫であり、瞳の父親である銀条会静岡東部支部支部長――白銀伊織いおりだった。


    ☆


「いただきます」

「いっただっきまーすっ!」


 いつものように伊織いおりの号令?で食事が始まる。


 今夜は親子含めて五十人以上が集まっているので、出来立ての料理も相まって、広間の熱気がすごいことになっている。

 エアコンも動いてはいるが、若干じゃっかん力不足の感がいなめない。


「あちーっ」

「うめえっ」


 子どもたちがどんぶりを持って一心不乱に肉と米をかき込む。

 彼らに混じって、白銀しろがね家も暁たちボランティアも一緒に食事をとっている。


 ――あきらとしては、正直なところ志桜里しおりと近い場所がよかったのだが、寧緒ねおたちによって彼の席はとっくに決められていた。


 ボランティアとは言え仕事には違いないので、個人的な願望はとりあえず横に置き、子どもたちと談笑しながら食事を楽しむことにする。


朝霧あさぎりー、唐揚げ食べ過ぎだよ!」

「数えてるからあたしは知ってる。朝霧はもう七個目」

他人ひとのを数えなくていいから、あんたはちゃんと食べなさい」


 娘をたしなめている寧緒や六花りっかの母親たちも、仕事が終わって合流している。


 ――ここを利用するのは、親がシングルだったり、逆に共働きだったりという家庭が多い。


 食堂としての機能がメインだが、親が仕事から帰るまでの託児所のような雰囲気でもあるのだ。


 ――もぐもぐと咀嚼そしゃくした鶏の唐揚げを味噌汁で流し込みながら、暁は志桜里の方を見た。


 彼女は彼女で、さきほど勉強を見てやっていた子どもたちに囲まれながらはしを動かしている。


 背筋が伸びているからだろうか。


 実際にはごく普通に食べているだけなのに、暁の眼には彼女の所作しょさがこの上なく美しいものにうつって仕方がない。


(はあ~~……かわいいなあ……もぐもぐ)


 こちらは鼻の下を伸ばしている。

 それでも箸を止めないのが、暁らしいところではある。


伊織いおりおじさーん、もうつけていい?」

「ん? もうそんな時間か?」

「二十分ったもん」

「そうか。いいぞ」


 伊織に声を掛けた男子小学生たちが、テレビの前に殺到した。


 ここのルールで、いただきますをしてから二十分間は食事に集中することになっている。

 もちろん談笑しながら食べるのは構わないのだが、テレビはご法度はっとなのだ。


 既に半分以上の子どもたちが、どんぶりや皿を空っぽにしている。


「まだかー」

「まだやってないねー」


 どうやらお目当ての番組があるらしい。

 始まるまで少し時間があるようで、子どもたちはリモコンでチャンネルをどんどん変えていく。


『――それで、現在の今岡小学校の様子はどうなのでしょうか?』

「あ、うちの学校じゃん」


 すると……たまたま表示された番組で、耳に馴染なじんだ言葉が聞こえてきた。


 ――消失事件から約一ヶ月経つ今でも、こうして特集が組まれたり現状を報告したりする番組が、割と頻繁ひんぱんにオンエアされている。


 自分たちがよく知る景色がうつっているとあって、広間にいる者たちも興味津々しんしんで画面を注視している。


(……)


 一方、先ほどまであれほど高かった暁のテンションは、一気に急降下してしまった。


 ――父親の不在に慣れたつもりはない。


 それでも、自宅で同じような番組を目にすることがあっても、少しは冷静でいられるようになってきたのに――


(不意打ちで来ると、やっぱり結構こたえるな……)


 心の中で小さく溜息をいた彼は、何気なく志桜里の方を見た。


(……え?)


 何と彼女は、画面から目をらしてうつむいてしまっていた。

 髪が顔にかかって表情はよく分からないが、顔色があまりよくないように見える。


 ――そしてゆっくりと立ち上がると、志桜里はそのまま広間を出て行ってしまったのだ。

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