第一章 第33話 凧
二人はお互いのことを、まだ何も知らない。
◇
「さーて、今日もバリバリ片付けちゃいますか!」
そのままPCに向かうと、
「何あれ……どうしちゃったの?」
暁の正面の席の
彼女たちは二人とも、ここ(株)銀河不動産N
事務仕事以外に、ここで発行しているフリーペーパー「シルバーレイン」の編集にも
ちなみにだが、事務職二人とも暁より年上である。
暁はこの会社では最年少であり、つまるところ
さらに明かしてしまうのなら……桜森は三十六歳で既婚者、南は二十九歳の未婚者である。
「
「そうだっけ? 気が付かなかったけど……」
「バリバリやるぞーみたいなこと口に出して言うのは、今日が初めてかもです」
「夏休みが近いから、とか?」
「さあ……」
当の暁に、二人の声は届いていないようだ。
支社長の
――今、社内にはこの四人しかいない。
静かな室内で、暁の鳴らす
☆
「さてと、それじゃあ『するが』に行ってきます!」
「はーい」
「いってらっしゃーい」
その奥に、勝手口と倉庫があるのだ。
……ごそごそと何かを
「やけに張り切ってるわね……」
「
「ん? いやあ、特に聞いてないけどね」
「そうですかあ……
「あの人は取材先から直接銀条会に行って、
――今日は、今週二回目の「こども
暁は例によって鼻歌混じりで、食材やら何やらが
「えーと、忘れ物はないかな……と」
浮かれてはいても、一応仕事と認識しているらしい。
箱の中身と、今日の「するが」の
――ちなみに、今日の夕飯メニューは牛丼と味噌汁に、食べ
最低でも八個は食べよう――と彼は決心する。
「よし! じゃあ出発う!」
☆
「こんにちはーピンポーン!」
呼び
……有り得ないほどの浮かれっぷりに、
「くすくす――どうぞー、朝霧さん」
応対に出た
もちろん彼女には、暁がこれほどウキウキしている原因などお見通しなのだが、彼自身はいつも通りのつもりでいるのだ。
女子中学生に笑われているなどとは、夢にも思っていない。
いつものように玄関から入り、暁と瞳が荷物を奥に運ぼうとしていたところに、
「あ、朝霧さん、こんにちは」
「あっ、かかっ、鏡さん! こんにちは!」
「お荷物、いつもご苦労様です」
「いえいえこれしき。あ、瞳ちゃん、僕が運んどくから
「はいはい、じゃあお願いしますね」
瞳は暁の言葉を聞くと、
「あらあらあら、まあまあまあ!」
「こんにちはー、朝霧さん」
「こんにちはー」
と、出迎えた。
ボランティアの
「こんにちはー、これ今日の食材やら何やらです」
暁は、大き目の段ボール箱二つをテーブルの上にどすりと置いた。
「いつも助かるわー、ありがとうね、朝霧さん」
「いやあ、今日は鶏の唐揚げもありますからね。自分、いつも以上に気合いが入っとります!」
びし、と暁が敬礼の真似をする。
(このノリ……相当浮かれポンチになってるわね……)
紫乃が内心で苦笑する。
彼女はこの普段は割と
紫乃に決して悪意はなく、
「さっ、何を手伝いましょうか? 何でも言ってください!」
「そうねえ……牛丼の方は先にお肉が届いてたから、もう仕込み済みなのよね……」
「唐揚げ用の粉とか卵の準備も、もう出来ました」
紫乃の独り言に、志桜里が元気よく答えた。
「お味噌汁は、私たちの方で作るから大丈夫よー」
吉岡と沢渡も声を掛ける。
「それじゃあ、朝霧さんと鏡さんは、広間の方で子どもたちの相手をしてやってもらえるかしら?」
廊下の向こうにある広間の方から、元気な声が響いてくる。
「今日はちょっと人数が多いみたいだから、うちの瞳だけじゃきつそ――」
「かしこまりであります!」
またしてもずびしと敬礼しながら、食い気味に答える暁。
横で志桜里がくすくす笑っている。
(大丈夫かしら、この子……また鏡さんの方もまんざらでもなさそうってのがね……)
紫乃の向こうで、吉岡と沢渡が肩を震わせているのに、暁は気付かない。
もちろん彼女たちは悲しいわけではなく、笑いを
「では我々は広間に行ってまいります」
「行ってきます」
暁と志桜里は肩を並べて廊下を歩いていく。
そんな二人の背中を、紫乃は微笑みながら見送る。
そして、同じくにやにやしている吉岡と沢渡に声を掛けた。
「さあ、私たちは唐揚げを作っちゃいましょう。二人とも、お願いしますね」
「はーい」
「はーい」
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