第一章 第31話 遭遇

 天方あまかたりくがお盆休みに入り、さくらと理世りせ、ベーヴェルス母子おやこたちは、五人で隣市りんしの大型ショッピングモール――アイオスタウンF南にやってきた。


 最初に回転寿司で腹ごしらえをしたあと、アルカサンドラとエルヴァリウスの服をそろえ、プリントシール機でプリ○ラを撮り、クレーンゲームでぬいぐるみを二つほどゲットした。


 ゲームセンターを出てからは、書店に寄って日本語を覚えるための本を数冊買い、家の冷蔵庫に入れる食材を買うためにスーパーマーケットをめぐった。


 そして、散々歩いて疲れた身体を休めに、この二階にあるフードコートにやってきたのだ。


    ◇


「おいしー!」


 片手でワッフルコーンを握り、もう片方でほっぺたを押さえながら、理世りせが「おいしい顔」をしている。


 ――一行いっこうが向かったのは、常時三十一種類のフレイバーを用意していると言われるアイスクリーム屋。


 理世が食べているのは、ワッフルコーンの中にレギュラーサイズの丸いアイスがどんどんと乗っかっているものだ。


 味はストロベリーチーズケーキとチョコミント。


 母親のさくらはトリプ○ポップという、ちょっと小さめのサイズのフレイバーを三種類選べるというもので、彼女はチョコレートとモカコーヒーと大納言小豆あずきという組み合わせをチョイスした。


 父親のりくの手にはカプチーノのアイスクリームドリンクと、チョコアイスとクッキーアイスが入ったクレープが。


 ……割と甘さで胸が悪くなる組み合わせである。


「おいしい! おいしい!」


 とスプーンをせわしくカップと口のあいだで行き来させているのが、アルカサンドラ――サンドラ。


 メーレおいしい、ではなく日本語でおいしいと繰り返しているのだ。


 ……彼女が食べているのは、ナッツアイスの周りを生クリームホイップとカラースプレーチョコが飾っているサンデーである。


 息子のエルヴァリウス――リウスはアイスクリーム頭痛が起きそうな勢いで、母親と同じサンデーを無言で頬張ほおばっている。


 ちなみに、今食べているのは二つ目である。


 彼らが日本語を流暢りゅうちょうに話せたのなら、どんな感想が聞けたことだろう。


 一心不乱にアイスと戦う二人を見て、さくらは思った。


    ☆


 ――そして今、彼ら五人は帰途きといている。


 太陽はじきに地平線の下へ消えようとしており、黄昏たそがれ色に染められた西の空を背に、天方あまかた家の車は東を目指して走っている。


 国道一号線の両脇に広がる緑色の田園とあかりのともり始めた住宅、その奥にそびえる愛鷹あしたか連峰のながめは、陸たちにとってはごく見慣れたごく普通の風景である。


 しかし、往路おうろでもそうだったのだが、サンドラとリウスの母子おやこ二人は、ずっと食い入るように窓の外を見つめているのだ。


 助手席のさくらは「そんなに珍しい景色なの?」と問い掛けたかったが、何と言えばいいのか見当がつかなかった。


 はしゃぎ疲れた理世りせは、三列目のシートで小さく寝息を立てている。


「ねえあなた、今日の晩ごはんはどうする?」

「そうだなあ……正直それほど減ってないんだよなあ」

「一応、たこ焼きを人数分買ってあるけど……」

「お、いいねえ。あとおにぎりが一つか二つあれば、僕はいいかな」

「わたしはおうどんの方がいいから……どっちか選んでもらおう」


 さくらは後ろを振り向いて言った。


「サンドラ、リウス」

「ヤ……はい?」

「今日の晩ごはん、おにぎりとおうどん、どっちがいい?」

「おにぎり……おうどん……」


 リウスがさくらの言葉を反芻はんすうする。


「わたし、たべる、おうどん」

「ぼく……おにぎり」


 迷いなく答えたサンドラに続いて、リウスもおずおずと希望を述べる。


(この二人、多分ものすごく頭がいい)


 何度も感じていることではあるが、改めてさくらはそう思った。


 意図いとしてそのための時間を作っていることもあるとしても、母子おやこの日本語学習能力には目をみはるものがある。


 少なくとも天方家の三人は、理解度において現時点ではサンドラたちには到底及ばない。


「あたし、どっちも食べる!」


 突然、車両の後部こうぶから声が飛んできた。

 いつのまにか理世は目を覚ましていたらしい。


 ……娘の言葉に、さくらの心はあたたかな感慨かんがいでふんわりと満たされた。


(あんなに食欲がなかったのに……)


 理世だけではなく、さくらも陸も、心労で食欲が減退するという経験を初めてしたばかりだった。


 特に兄をしたっていた理世いもうと憔悴しょうすいぶりには、自分の悲しみを一旦いったん棚上げしてしまうほどに胸が痛んだ。


 ――もちろん、その原因となる聖斗むすこの不在という事実に今も変化はない。


 それでもたとえ一時いっときの、仮初かりそめのことであったとしても、娘に笑顔が戻ったことについて、さくらは母子ふたりに心から感謝している。


 ――いつもの交差点に差し掛かり、車は左折。


 しばらく進めば、もう自宅は目の前だ。


 駐車場に車がするりと収まったところで、五人は降車した。


「あらあ、お帰りですか? 天方さん」

(ひぅっ!)


 どきりとしたさくらたちが声のする方を見ると、そこには一人の中年女性が立っていた。

 手には買い物袋と懐中電灯を持っている。


「え、ええ、ちょっとお買い物に」

「まあ。じゃあ親戚のお二人もご一緒に?」

「ええ、そうですね……」


(早く中に入って!)


 さくらの目配めくばせに気付いた陸が、理世と母子おやこの背を押して玄関に向かう。


「それにしても、綺麗きれいな顔立ちよねえ、ご親戚しんせきかた

「あ、ありがとうございます。五味村ごみむらさんもお買い物の帰りですか?」

「ええ」


 と、五味村は買い物袋をかかげて言う。


 彼女は、天方家から三十メートルほど離れた家に住んでいる。

 夫婦二人で暮らしているということくらいしか、さくらは知らない。


「夕飯の材料をね」

「そうですか。わたしも食事の支度したくがありますので、失礼しますね」

「ええ、それじゃ」


 軽く頭を下げると、さくらはくるりときびすを返して玄関のドアを開けた。

 背中に何となく視線を感じる。


 さくらは家の中に入った後、玄関モニターをつけて――


(ひっ!)


 再び、悲鳴が口をついて出そうになった。


 モニターには、買い物袋をぶら下げたままじっとこちらを見つめる五味村の姿がうつっていたのだ。


 ――それから二分ほどして、ようやく外の人影がなくなったことを確認して、さくらは大きくため息をついたのだった。

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