第一章 第30話 日本の文化

 アイオスタウンF南の広い駐車場に、シーケンシャルウィンカーを左方向に流しながら、一台の白い車がすべり込んできた。


 古代ギリシアの長編叙事詩じょじしにその名の由来を持つそれは、お盆休みの夏の陽光ようこうをH型のエンブレムにギラつかせながら停車した。


あつーい!」


 三列目のシートからいち早く脱出し、最初に降車こうしゃしたのは天方あまかた理世りせ


 彼女に続いて、二人の男女が恐る恐る車を降りてくる。

 アルカサンドラ・ベーヴェルスとエルヴァリウス・ベーヴェルスの母子おやこである。


「あつい」

「あつ……い?」


 二人は駐車場を渡る熱風に眉根まゆねを寄せつつ、他にもたくさんの乗用車がとまる景色をきょろきょろとながめている。


「ホント、暑いわねー」


 さくらがひたいのところで手をかざしながら降りてきた。


「じゃあ、まずは腹ごしらえからだな」


 車を降りた一行いっこうに、最後に降車したりくが言った。


    ☆


「おーいしー!」


 焼とろサーモン握りを頬張ほおばりながら、理世りせが声を上げる。


「さあ、サンドラ、リウス、どれから食べる?」


 まぐろ、サーモン、あぶり塩ほたて、えび、いか天、出汁だしたまご等、普通のにぎりのものから、合鴨あいがもぎゅうカルビ、ローストビーフ、チーズハンバーグ等の変わりだね、コーン、サラダ、山かけまぐろ、大葉おおばたらこ等の軍艦巻きまで、テーブルの上に所せましと並べられた皿を指して、さくらが二人にたずねた。


 回転ずしあるあるの、なかなかに混沌こんとんとしたラインナップだ。


 しかし、当の二人は目の前の皿の数と、その上に乗っている見たことのない料理、そして彼らの横をぐるぐると、いろいろなものが自動的に回っている様子に目を白黒させるばかりだ。


「よーし、じゃあ僕が見本を見せるとするか。いいかい二人とも、これはこうやって食べるんだ」


 と言って、りくはまぐろを一貫いっかん手に取ると、あらかじめ皿に出しておいた醤油をちょいちょいとつけ、一気に頬張った。


「うまあ~」


 と、くずれた陸の顔を見て、まずサンドラが動いた。


 テーブルの皿の上であちこちに視線を泳がせたあとおもむろに手にしたのは理世が食べていたサーモンだった。


 ネタが落ちないようにつかむと、お手本通り醤油をつけた。

 口元に持っていったまましばらく凝視ぎょうししたあと、ぱくりと一口。


 もぐもぐと咀嚼そしゃくして一言。


おいしいメーレ!」


 そこからはもう何も説明する必要はなかった。


 五人はそれぞれ好きなネタを好きに取って、満足するまで口に運び続けたのだった。


 ――ちなみにベーヴェルス母子おやこは、さかなというものを見たことがない。


 そもそも海や湖というものからして知らないのだ。


 だから、陸たちが最初に思った「西洋人は生魚なまざかなが苦手かも知れない」という心配は杞憂きゆうで済んだ。


 初めから食べさせなければ、と考える向きもいるかも知れないが、天方家としては自宅ではなかなか食べられない日本の美味しいものを、二人に味わってもらいたかったのだ。


 最悪、彼らが魚を食べられなくても、回転寿司ならほかのメニューでフォローできるという計算もあった。


 そして、最終的に一番高く皿を積み上げたのは――エルヴァリウスであった。


    ☆


「じゃああなた、リウスのことお願いね」

「了解。待ち合わせは……一時間後に二階のゲームセンターってことで」

「またあとでね、リウス。お母さん、サンドラ、行こ?」


 そう言って理世りせはさくらとアルカサンドラにはさまれて、両手をつなぎながらどんどん歩いて行ってしまう。


「それじゃリウス、僕らも行こう――えーと、シュールアレ……?」

ヤァはい!」


 ――お腹を十分に満たした一行いっこうは、次にアルカサンドラとエルヴァリウスの服などをそろえることにした。


 さくらとしては、エルヴァリウスの分も自分で見繕みつくろいたかったところだが、まあいろいろ考えて男女でばらけることにしたのだ。


 そしてこのあと、男性陣の買い物は三十分足らずで終了し、逆に女性陣は待ち合わせに三十分遅れてくるという、これまたあるあるの展開を辿たどることになった。


 ゲームセンターでリウスが全く退屈する様子がなかったのが、陸にとって救いだった。


    ☆


「ここが、あの有名なプリ○ラというやつか……」


 りくが感心したようにつぶやいた。


 そう、彼にとっていわゆる「初プリ」なのである。

 一般的には「プリントシール機」と呼ばれているらしい。


「早くお父さん、中に入ってってば」


 慣れた様子で手招てまねきする理世りせを見て、一体うちの娘はいつどこで誰とプリ○ラなどを撮っていたのだろうかといぶかしんだ。


 後ろからさくらに押されて筐体きょうたい?の中に入ると、そこは(陸目線では)何とも不思議な空間だった。


 全体的に白い。

 背景が黄緑色なのは、クロマキー合成をするためだろうか。

 床には足の位置を指定するラインがある。


「何だか……バリウム検査の部屋みたいなんだけど」

「悪いけど、その感想には共感できないわね」

「お母さん、バリュームって何?」

あとで教えてあげるわね。さ、サンドラもリウスもこっち来て」


 アルカサンドラたちは、もう既にいろいろなことに驚き圧倒されっぱなしなのだが、今度はこの訳の分からないせまい空間で一体何をされるのかと、戦々せんせん恐々きょうきょうとしている。


 そうこうする内に、目の前のモニタにいろんな選択画面が表示され始めた。

 それらを手慣れた感じでさくさくと選んでいくさくらと理世。


「う~む……」


 陸には何が何だか全く分からない。

 写真を撮ったと思ったら、今度は二人してそのプレビュー画面に文字や絵を描き始めた。

 母子おやこもきょとんとしている。


「はい終わり。さ、外に出るわよ」


 そして少し待つと、出来上がったプリントシールがぱさりと吐き出された。


「いいねいいね、これ!」

「いいやつが撮れたわね」

「ふーむ、こうやって出来るのか……」

うちに帰ったら、みんなで分けようね!」


 出てきたシールを見て、アルカサンドラとエルヴァリウスは目を丸くしていた。


「ねえねえお父さん、あたし今度はクレーンゲームやりたい!」

「えー」

「いいでしょ? ねえ、いいでしょ?」

「仕方ないなあ……」

「やった! あたし、あそこのぬいぐるみのやつやりたい! 行こ、サンドラ、リウス!」


 そう言って、二人の手をつかんでさっさと移動する娘の背中を、苦笑しながら見送る天方夫妻。


「まあしかし……連れてきてよかったな」

「そうね……」

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