第一章 第28話 鏡志桜里
(株)
いつものように食材やお菓子などを
そして、
◇
「すみません、こんな変な顔で」
赤い顔と目ではにかみながら「
「……」
「……」
「……」
「あの……」
「…………はっ!」
志桜里が少し困ったように首を
慌てて
「あっ、あの、すいません! あっ、
そして
志桜里は
彼女がにこりと
(何やってんだあ、僕は!?)
志桜里の
そして、自分が作り出したこの光景に、この場で一番混乱していた。
「あらあらあら、まあまあまあ!」
二人の様子を見て、紫乃が目を輝かせる。
「あ、あの……手、もういいですか?」
「……はっ!!」
たっぷり十秒は握り続けた
「すっ、すいません!」
「いえ……」
「ぼっ、僕、いつもみたいに広間に行きます! みんなの様子見てます!」
「あらそう? それじゃお願いしようかしら」
「……」
そう言うと暁は、玄関を入って左の大広間に走って行った。
☆
夕食前の大広間には、大勢の子どもと大人が集まり、それぞれ好きなことをして過ごしている。
小学校低学年と
部屋の
彼の
――大人たちも、勉強を教えたり一緒に遊んだりして、和気あいあいとした空気を作り出している。
そんな中、
(一体マジで何やってんだ? 僕は……)
先ほどの状況を思い出し、もしここが自室のベッドの上だったら、
(いくら自己紹介とは言え、しょ、初対面の女の子に、あんな……いきなり握手を求めるなんて……)
彼のキャラではない。
自分が一番、よく分かっている。
だから、自分の
「ねーねー、
「違う。朝霧はあたしの勉強を見るの」
暁の両側から、女子小学生二人が
後ろからは、別の幼稚園児が背中にがばっと抱きついてくる。
(何か知らんけど、子どもには割とモテるのになあ……)
とりあえずさっきのことは
☆
「
「え、え?」
「あの人ね、不動産屋さんなのよ」
「不動産屋さんですか……。私と同じようにボランティアで来てる
「んーん、朝霧さんは会社の仕事として来てるの」
「え……不動産屋さんの、仕事でですか?」
「そうねえ、まあ普通はそこ、
くすりと笑う紫乃。
しゃべっている間も手は動き続け、テーブルの上には何十ものハンバーグの形をした肉の
「紫乃さーん、カレーの準備、出来ましたよー」
「はーい。ありがとう、
「じゃがいも、出来たらこっちに
「は、はい……えと、
初日でも、他のボランティアの女性たちとの
「あそこの不動産屋さんはね、
「へえ、そうなんですね」
「毎月の寄付もそうだし、今日みたいに食材とかをたくさん持って来てくれるし……こども
「なるほど……」
志桜里としては、
しかし、紫乃はこの件に関してはそれ以上の説明をする気はないらしい。
「それはそうと、どう? 朝霧さん」
「え……? どう、とは?」
「ちょっとなよっとした感じだけど、
「はあ……」
「鏡さんは、今お付き合いしている人とかいるのかしら?」
志桜里はしまった、と思った。
こういう話でぐいぐい攻めてくる人だとは……。
「いえ、そういう人はいません」
「あら、そうなの」
「はい」
志桜里は何となく
実際、彼女は男性と交際した経験がまだない。
十九歳という年齢を、特に意識もしていない。
別にそういうことを
だから、まだ付き合ったことがないというのは単にタイミングと
(朝霧、さん……)
志桜里は、先ほど暁に
父親である
あの時――暁に手を握られた瞬間、確かに心拍数が少しだけ上がった気がする。
それが突然右手を差し出されて驚いたためなのか、他の理由のせいなのか、今の志桜里には分からなかった。
「鏡さん、じゃがいも終わった?」
「……あっ、はい。
――とりあえず仕事に集中しなくちゃ。
志桜里もまた、よく分からない何かは、
☆
「お疲れさまでしたー」
「お疲れ様ー」
「皆さん、ありがとうございましたー。またよろしくお願いしますねー」
「はーい」
食事が終わり、子どもたちは親に連れられて既に帰った。
後片付けも終わって、
時刻はもう、午後九時を回っている。
結局姿を見せずじまいの
「お疲れさまでした、
「あ、お疲れさまでした、
「ボランティア初日、どうでした?」
「いろいろ覚えることがあって、新鮮でした」
初対面の時こそ緊張していた暁だが、何度か言葉を交わしたことで、多少は自然に話しかけられるようになっていた。
「鏡さんは、どうやって自宅へ帰るんですか?」
「ボランティアの日は、母が迎えに来てくれることになってるんです」
「そうでしたか。じゃ、僕はこれで失礼します」
「はい、お疲れさまでした」
暁は車に乗り込んだ。
ファン、と軽くクラクションを鳴らして発車させる。
志桜里は何となく、遠ざかるテールランプをぼんやりと見送っていた。
☆
自分たちが、父親を事件で失っているという同じ
そして――父親たちの関係性も。
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