第一章 第26話 三家会議 その5

 三家さんけ会議も佳境かきょうに入った。


 白鳥しらとり摩子まこ赤穂あかほ玄一げんいちから言葉を引き出しながら、黒瀬くろせ白人はくとが消失事件に関する推論を展開していく。


 人為じんい的に事件を起こした何者かが存在し、それは何かを狙っていたのではないかと彼は考えているらしい。


    ◇


「それで何を狙っていたのか、という話になります。普通に考えれば、消えたものが狙った対象なんでしょうね」


「二つありますわね。学校と――――ひと


「しかし学校を狙ったと言うなら、どうも狙い方が中途半端と言うか、雑じゃないかねえ。西側の道路のほうまでごっそりなくなってるようだし」


「玄一さんの言う通り、校舎の西側だけ狙う意図いとが不明ですね。何か特別な施設なり機材なりがあったのかも知れませんが」


「学校にあるようなものなら、別に今岡小学校じゃなくてよさそうなものですわね」


「となると」


 白人はくとはまたしても、資料のページをめくり始めた。


「――ここか。えーと、学校ではないとすると、人と言うことになります。資料の六ページを見てください。ここから説明会とやらで公表された内容を含めて、現時点で判明していることをまとめてあるのですが……」


「――ははあ、なるほど。ここかね」


「この部分ですわ。『消失範囲は職員室・・・付近を中心とした半径約十五メートルの球状空間にあったもの』」


「お二人はさすがですね。その通りですよ。つまりこの事件は――」


・地球上にはいない何者かが

・当時職員室にいた誰かを狙って


「起こしたもの、というわけです」

「……」

「……」

「おや、どうしました? お二人とも」


 摩子まこ玄一げんいちも目をぱちくりしている。


 白帆しらほうららの表情は相変わらず読めないが、二人のまゆわずかに寄ったようにも見えた。


「いや、まあシンプルに結論を出せばそういうことになるんだろうがねえ……」

「地球上にはいない何者かって……どなたなのかしら」

「やー、まあそうですよねー」


 あはは、と呑気のんきに笑う白人。


「それでその何者かと、当時職員室にいた二十三人の内のどなたかがお知り合いということかしら?」


「まあ正直言うと、その辺については完全にお手上げです。ストーリーならいくらでも創作出来てしまいますが、多少でも根拠がなければただの妄想ですしね」


「ってことはあれかね、消去法で考えた末に出てきた結論ではあるが、白人さん自身もあり得ない話だと思っていると?」


「そうですね……半信半疑ってとこでしょうか」


 白人は素直に認めた。


「でも、叩き台にはなる。それに……全く根拠がない戯言ざれごとってわけでもないんですよ」


「ほう……そうなのかね」

「ええ」

「お聞かせいただいても?」

「もちろん」


 摩子と玄一、麗の眼差まなざしを受け止めて、白人は微笑ほほえんだ。


「一つ目の根拠はさっき、帰納きのう的に導き出した結論がそうです。荒唐無稽こうとうむけいに聞こえるかも知れませんが、一応事実から積み上げた推論ですからね」


「なるほど」


「二つ目ですが……まだ議論していないおかしな点があるの、分かります?」


「……どれのことかしら。正直おかしなことばかりで絞り切れませんわ」


「私は、今回の事件は『消失』事件ではないと思ってるんです」


「……それはさっき例えた水の話の続きかね?」


「そこからさらに一歩進めた考えなんですが……資料の六ページの、消失範囲を説明した文言もんごんがありましたよね」


「わたくしが読み上げた部分ですわね」


「そうですね。でもよく考えてみてください」


 白人は右手を口元に当て、片肘かたひじをついた。

 玄一のポーズを意識しているのだろうか。


「消失したのなら、地面がえぐれているはずですよね?」

「……!」

「あ……」


「職員室の仮に床面ゆかめんを中心とするなら、そこから下に十五メートル消えれば大穴があいているはずなのに、あるのは正体不明の草っぱら」

「……」

「……」


「これは要するに、半径十五メートルの球状空間がどこかとそっくり『入れ替わった』ということだと、私は考えました」


「それじゃあ、突然現れた草原くさはらは……」

地球上ではない・・・・・・・、どこかの一部……ということかしら」

「そうなりますね。えていた草におかしな点があるということも納得がいく話です」

「なるほど……」


 あごひげをいじり始める玄一。


「でも、正直なところそれほど突飛な考えじゃないと思いますよ。ネット上ではおんなじような考察をしてる人、ぞろぞろいますから」


「だとしたら、地球以外に草原が広がっているような場所が存在する、と?」


 摩子がつぶやく。

 その横で、どういうわけかうららうつむきながら目を見開いている。


「摩子さん、そこについては我々に伝わるものがあるじゃないかね」

「……『の地・・』のことでしょうか?」


「そうだよ。ま、私も信じ切っているわけじゃあない。正直言うが、八割は信じていないんだ」


「! いくら玄一さんでも、今の言葉は聞き捨てなりませんわ!」

「玄一さん、わたくしも娘に同意です」


 突然、麗が色をして玄一にかみついた。


「たとえ三家だけの席――いいえ、三家だからこそ、越えてはいけない一線をわきまえて頂きたいと思いますわ。今のご発言は、黒家こっけ白家はっけ、そして赤家しゃっけの存在を根底から否定するものであることにお気づきでしょうか?」


 うららの思いがけぬ強い言葉に、玄一はあわてて両手を振った。


「いやいやすみません。私が信じ切れていないのは『彼の地』の存在であって、大昔にどんな経緯けいいがあれ、黒家と白家が継承しているもの・・に疑う余地はない。確かにちと軽率な物言いだった。お詫びしよう。これ、この通り」


 そう言って玄一は、卓にひたいがつくほどに頭を下げた。


「まあまあ、お二方ふたかたとも」


 怒りめやらぬ様子の摩子と麗に、白人が声を掛ける。


「玄一さんは『信じていない』とは言ってませんからね。それに、そう言い切れない二割の理由というのは、私たち三家の存在・・・・・なんですよね?」


「そうだよ、白人さん。どれほど空想じみた話だと思っても、現にあなた方・・・・がいるんだ。それに、今回の事件もどうやら受け入れざるを得ない理由の一つになりそうだしね」


「……謝罪を受け入れますわ」


 摩子がそう言うと麗も静かに頭を下げ、再びもくした。


「それじゃ、話の続きといきますか。そんなわけで、私は今回の事件で行方不明になったかたたちは、学校の一部もろともどこか違う場所に転移したのだと推測しています。そしてその仮説によって『の地』の存在がより明らかになったとも考えています」


「とりあえず仮説としては承知いたしましたわ」

「まずはそんなところでいいんじゃないかね」


 白家はっけ赤家しゃっけの代表も、ひとまずはその仮説を前提に話をすることを了承したらしい。


「と言うことで、今日の議題の二つ目です」

「三家の、今後の方針についてでしたかしら」


「そうです。『の地』があるとするのなら――――私たちはそこに行かなくてはなりませんから」


「異議ありですわ」


 すかさず摩子が答える。

 白人は、ほら来たとばかりに肩をすくめる。


「確かに遠い遠いご先祖様は、私たちがそうすることを望まれていたようですわ。ですがそれから幾星霜いくせいそうを越えてきているとお思いですの?」


「私だって、無条件でおもむくべきと考えているわけじゃありませんよ。何しろ、白家のかたがおっしゃるように時代が違う・・・・・。必要性を感じないという気持ちも分からないわけではないです」


「でしたら、この議題は二度と俎上そじょうのぼせないでいただきたいですわね。恐らく、意見の統一を見ることはありませんでしょうから」


「相変わらず……かたくななんですね」

「そちらこそ、ですわ」

「はあ~~」


 玄一が頭をかかえた。


「この話をすると、どうして毎度こうなってしまうのかねえ……」

「まあ……麗さんの父君の頃からの確執かくしつですからね」


 苦笑する白人。


 黒家と白家が方針・・の違いでみぞを深めたのは、白人の言う通り摩子の祖父が白鳥家当主だった時からなのだ。


 もっとずっと過去に同様のことがなかったわけではないが、とにかくそれ以来、黒瀬家と白鳥家はあまり仲がよろしくないことになっている。


「摩子さん」

「何ですの?」

「覚えていますか? 『巫女みこ託宣たくせん』を」

「……ええ」


「だから私はあせっているんです。託宣の内容が今回の事件で現実味を帯びてきたわけですから」


「問題ありませんわ。仮にその時・・・明日あす来たとしても、わたくしたち白家は同じ主張を繰り返します。一体どれだけのものを積み重ねてきたとお考えなの? それらを捨て去ろうなど、はっきり申し上げて正気を疑いますわね」


「以前も説明しましたけど、危険なんですよ。私とあなた・・・・・は」

「まあまあまあまあ」


 再び仲裁ちゅうさいに入る玄一。


「問題の先送りみたいでちょっと気が引けるが、白人さんも今日の今ここでこの話の決着をつけようって気じゃないだろう?」


「まあ……そうですね」


「確かに重要な問題だし、いずれは結論を出さなきゃならないことだが、今日のところはこのくらいにしといたらどうかねえ」


「うーん……」


「それに巫女の託宣の話となると、あれだろ? 銀月ぎんげつさんとこの……えーと、名前は何だったか」


銀月ぎんげつ真夜まよさんですよ。『一統いっとう』の」


「そうそう、その京都の娘さんも出てくるわけで余計にややこしくなる。あとね――そろそろ私は腹が減ったよ」


「……分かりました」


 ちらりと壁の時計を見て、白人は小さくいきいた。

 会議の始まりには午前十時を指していた時計も、既に正午を二十分ほど過ぎている。


「肝心の方針まで決められなかったのは心残りですが、確かにそろそろお腹がいてきましたね。隣でもきっと腹の虫をうるさくしている人がいそうです。ここまでとしますか」


 そう言って、白人はマスクを外した。


「それでは食堂へご案内しましょう」


    ☆


「ふううう……やっと終わったみてえだぜ」


「あんたのお腹の虫、飼い主と一緒でまるでしつけがなってないわね」


 あきれ顔で肩をすくめる讃羅良さらら


 ぐぐぅ~~。


「おっと、失礼。わははは」

「さすが、クソ拳心けんしんのお父様」

「ひどいな、讃羅良ちゃん」


 くぅぅぅ……。


 可愛かわいらしい音の発生源に皆の目が集まる。

 そこには、季白すえしろ美月みつきが顔を赤くしてうつむいていた。


「仕方ないわよ、美月」


 姉の季白琴葉ことはなぐさめる。


稽古けいこで胃袋は鍛えられないんだから」


 ――ようやく会議は、終わった。


 そして……檜山ひやま光展みつのぶ大海人おみとは、結局一度も口を開かなかった。

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