第一章 第24話 三家会議 その3

 護衛ごえい面々めんめん隣室りんしつで見守る中、いよいよ黒家こっけ白家はっけ赤家しゃっけによる臨時三家さんけ会議が始まった。


 黒瀬くろせ白人はくとがまず小学校消失事件の概要がいようを説明。


 その、行方不明者の中に三家の「えだ」につらなる人物が複数いたことに言及げんきゅう、その一人一人の出自しゅつじが簡単に明かされた。


    ◇


「ここからが本番なんですが、今回のこの事件、どう思われますか?」


 白人はくとが問い掛ける。


「どう思うとはずいぶん漠然とした問いだが、枝が多いってことについてかな?」

「枝の数についてでしたら、わたくしは特に違和感を覚えません」

「私も摩子さんと同じだねえ」


 玄一と摩子が答えていく。


「何しろ静岡県の東中とうちゅう部と神奈川県西部は、古くから我々の地元なんだからね。はるか昔に分かれた枝なんて、たくさんいると思うよ」


「まあ私も数が多めだとは思いますけど、そこはあまり気にしてませんよ。玄一さんの言う通りです」


「それでは、何を問題にしてますの?」

「現象そのものについてですよ」


 白人はスクリーンの画面を切り替えた。


 ここ最近では世界的にお馴染なじみの、今岡小学校の姿が映る。

 写真ではまだむき出しの状態だが、実際の校舎の断面は既にブルーシートでおおわれている。


「先ほども説明しましたが、『消失』と言うように校舎の一部分がまるまる消えているんですよね。崩落ほうらくしたあとも爆散したような形跡けいせきもなし」


「現場にいたとされる人たちの――まあ身体の一部とか、血液反応なんかもなかったらしいね」


「そうです。おまけにこちらも説明済みですが、草地くさちの件ですね。一見いっけん何て事のない植物のようですが、新種らしきものも含まれているのだとか」


「要するに、どういうことですの? たん的に言ってくださいな」


 腕を組んで自分をめ付ける摩子に、白人は笑顔を向ける。


「まあまあ、今日は私の独演会ってわけじゃないんですから、皆さんの考えも聞かせて欲しいんですよ」


「……白人さんはつまるところ、この事件とわたくしたち・・・・・・に関連性があると、そう言いたいわけですのね」


「平たく言えば、そんなところです」

「ふうむ……」


 あごひげを指でくりくりといじりながら、玄一が小さく息をく。


「関連性があると言うのなら、具体的にどう・・あると言うんだね」


「それに答える前に、玄一さんはどう思っているのかお聞かせいただけるとありがたいんですが」


「私かい? うーん」


 髭をいじる手を止める玄一。

 何か考え込んでいる様子の彼に、摩子が声を掛ける。


「玄一さん、そんなに深く考えなくてもよろしいのでは? ここにはわたくしたちしかおりませんし」


「まあね、別に遠慮しているわけじゃないんだけど、どうも性格的にね。不確実なことをあまり口にしたくないんだよ」


「その姿勢は素晴らしいと思いますわ。ですが、たとえ推論でもぶつけあっていくうちに何かが形作かたちづくられることもままあるとわたくしは思いますの」


「摩子さんがそこまで言うなら……ね」


 玄一は両ひじを卓の上に立て、口元で両手を組んだ。

 あのポーズである。


 名前が多少似ていることもあってか、心を決めて発言する時、彼はこの体勢をしばしばとる。


「まず今回の事件が我々と関係があるかどうかという点について、あくまで現時点での私見しけんことわってから言わせてもらうが、ありだと思う。そう、白人はくとさんが言うようにね。そもそもこの消失現象は通常起こり得るものという範疇はんちゅうを越えたものだと言うことは確かに疑いようもないように見える。だが……ちょっと待って欲しい。物理現象として考えれば――簡単なところで水あたりがいいかな――鍋に水を入れてねっすれば、まあ熱しなくても蒸発して水の量は減っていき、いずれは消え去るわけだ。しかしこれが一見いっけん消失したように見えるだけで、実際は水蒸気として空中に散っていった結果に過ぎないということは今日日きょうび、小学生でも理解している。それでもこの事実をまだわきまえない三歳児なんかから見れば、『水が勝手に消えた』という立派な超常現象だろう。つまりはそういうことじゃないのかね? 小難しく考えたり、やたらと理解を超えた怪奇現象にしたがったりするやからのせいで灯台もと暗しの状態になっているようだが、学校の一部やそこにいた人たちは消えたのではない。先の水の話のようにどこかに行って見えなくなってしまった――恐らくはどこぞへ『転移』したのではないかね。まあその行先は分からん。分かるわけがない。それに考えてみれば先ほど怪奇現象にしたがるやから云々うんぬんと言ったが、『転移』もその方法が全く分からない以上、超常現象とか怪奇現象というくくりに入れるべきかも知れない。そうだな、そこは訂正しておこう。それ系の現象だと言いたがる輩の人たち、すみませんでした。しかし白人さんはそのことにも当たりを付けているんじゃないかと私はにらんでいるんだが、どうかね。それに摩子まこさんの考えもまだうかがっていないと思うが? ぜひあなたの思うところもお聞かせ願いたい」


「……」

「……」

「……」

「……」


    ☆


「おい、クソ讃羅良さららねえさまさんよう」

「何よ、クソ拳心けんしん


 隣室で、会議の様子をモニター越しに見守る護衛たち。

 珍しく拳心の方から讃羅良に声を掛けた。


「白人さんたち、ぽけーっとして口開けてるぜ? 何が起こった?」

「あんた、知らないの?」


 護衛のくせに、と言わんばかりのあきれた様子で讃羅良が答える。


「あのポーズ、いつもの玄一おじさんじゃない」

「はあ?」

「玄一さんは、こうと決めて話し出すとああなるんだ」


 首をひねる拳心に白華しらはな虎徹こてつが助け舟を出す。


「本人も分かってやってるみたいだし……様式美みたいなもんだな」

「ようきしび……って何すか?」

「よ・う・し・き・び。お約束ってことよ、アホ拳心」

「んだとコラ?」

「やめんかアホ」


 父親の裏拳うらけんを軽くいなして拳心が言う。


「よく分かんねえけど、玄一さんの口元を見てみろよ。あんなAPC9エーピーシーナインみてえにしゃべられて理解できんのか? 声は聞こえねえけどよう、もし聞こえてたっておりゃあ全く分かんねえ自信があるわ」


「あんたが心配しなくても、ちゃんと音声認識AIエーアイが勝手に文字起こしして、議事録まで作ってくれるし。そもそも玄一さんをサブマシンガンに例えるなっつーの」


「はあ~、白人さんのところはやたらすげえなあ……」


 くすり、と季白すえしろ琴葉ことは微笑ほほえんだ。


 ――会議は、まだ続く。

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