第一章 第23話 三家会議 その2

 黒家こっけ宗家そうけである黒瀬くろせ白人はくとの主催で、臨時の三家さんけ会議が開かれる。


 白家はっけ宗家の白鳥しらとり家、赤家しゃっけ宗家の赤穂あかほ家と、それぞれの家の護衛たちが、真夏の黒瀬家に集合した。


    ◇


 三家さんけとは、黒家こっけ白家はっけ赤家しゃっけ総称そうしょうである。


 さらに赤穂家の分家である神家じんけ青家せいけを「二室にしつ」と呼び、五家を合わせて「三家さんけ二室にしつ」と称している。


 ただし、今回の臨時会議は三家だけが対象である。


 二室の一つであるじん家――その宗家の水神みずかみ家も本日ほんじつ来てはいるが、彼らは会議メンバーではなく、護衛として呼ばれているので話し合いには参加しない。


 もう一つの二室――せい家宗家の青蓮坂しょうれんざか家にも、会議の開催は知らせてあるが、招集してはいない。


 ――さて、八月某日。


 臨時三家さんけ会議に集まった三家の五人――黒瀬白人はくと、黒瀬白帆しらほ、白鳥摩子まこ、白鳥うらら、赤穂玄一げんいち――は、会議専用の部屋である「詠従えいじゅう」に移動した。


 なお、黒瀬白帆は白人の実母じつぼであり、黒瀬家の前当主である。


 護衛たちは、詠従えいじゅうの間に続く「とら」に移動、待機している。


「おう、相変わらずバカでけえモニターだな」

「いつもながら、見やすくて助かるわ」

「あぁ? 親父の老眼だと、かえって見づらいんじゃねーの?」


 水神きんにく親子の言うように、虎の間には大きなモニターが設置されており、詠従えいじゅうの間の様子がリアルタイムにうつし出されている。


 画面は四分割されており、三家それぞれを正面からとらえた小さ目な三枚のうえ三分の一に横並びで、ぐっと引いて全体を映した画がした三分の二に表示されているのだ。


 ――ただし、音声にはミュートがかかっている。


「ま、何の話をしているかは、大体想像がつきますがね」

虎徹こてつさんはもう現場は見ましたかい?」

「いえ、報告は受けてますが、実際には」


 水神みずかみ大拳たいけん白華しらはな虎徹こてつの会話からも分かるように、護衛の面々めんめんも会議の大まかな内容は把握はあくしているのである。


 ちなみに、白家の三家――白鳥しらとり家、白華しらはな家、季白すえしろ家――の本拠地はN市ではなく、神奈川県西部のO市である。


 黒瀬家に呼びつけられるたびに、 天下のけんとも言われる箱根はこね山を越えるのが嫌でたまらないらしく、今日も後部こうぶ座席で白鳥うららはぶつくさ文句を言っていた――のを、白華しらはな虎徹こてつは横で聞いていた。


 とにかく車酔いがひどいらしい。


 本気が冗談か分からない勢いで「箱根山に私道しどうのトンネルを開通させたい」と、よくこぼしているくらいなのだ。


「始まるようですよ」


 季白すえしろ綸子いとこの一言で、護衛たちは目の前の画面に集中することになった。


    ◇


「早速ですが、本日臨時にお集まりいただいたのには、二つの理由があります」


 主催者である黒瀬白人はくとが、まず口火を切った。


 円卓についているのは彼と、彼の母である白帆しらほ

 白鳥摩子まことその母、うらら

 そして赤穂あかほ玄一げんいちの五人のみである。


「まず一つ目は、三週間ほど前にここN市で起きた小学校消失事件について、現状の確認と情報交換です」


 三家会議には、基本的に当主と前当主が出席することになっている。


 赤穂家が現当主だけなのは、前当主はすで鬼籍きせきに入っており、次期当主とされている赤穂桜雅おうががまだ小学六年生だからである。


 また、特別な理由がない限り、当主交代が可能なのは義務教育終了後と決められている。


 つまり……中三でいだ白鳥摩子には特別の理由があったのだ。


 なお、前当主は普通は傍聴者オブザーバーの立場で参加することになっている。


「二つ目は、我々三家の今後の方針についてです。私見しけんですが、今回は相当具体的に決めなければならないと考えています」


 円卓のメンバーは今のところ、みな黙って白人の話を聞いている。


 長卓ちょうたくではなく円卓がここで使われている理由は、白人も知らない。


 ご先祖の誰かがアーサー王伝説にかぶれたか何かで、しくも自分たちも「三家は並び立つ」ことから、妙な符号ふごうを感じてのことだろうと彼は思っている。


「それではまず私から、今回の事件についてのあらましと、これまでに得た情報をお話ししましょう。お手元に資料を配ってあります」


 白人によって、大画面モニターを使いながらの説明が行われた。

 大まかには説明会で発表された事柄ことがらと大差ない内容である。


「それで……最初に確認しておきたいのは、行方不明になった二十三人のうち何人かが、我々につらなる者たちであるということです」


「一応、私も把握はしているが、念のために名前を確認させてもらっていいかね?」

「ええ、玄一さん」


 白人はモニターの画面を切り替えた。


「近いところからいきますが、まずは私の実妹じつまいである黒瀬真白ましろ。もちろん彼女は後継者ではないので家のこと・・・・は知りません」


「まさか君の妹御いもうとごが巻き込まれてしまうとはね……心中お察しするよ」


「お気づかいありがとうございます。次は――久我くがという一家ですね。両親と娘さんが一緒に行方不明になっていますが――」


「母親の方が、うちに割と近い『えだ』ですわ」


 白鳥摩子まこが口をはさむ。


「と言っても、わたくしのそう祖父から分かれた家。母親――英美里えみりの旧姓は白澤しらさわです」

「なるほど。ちなみにですが、父親の方はどうやら黒家うちの枝です。相当さかのぼるようですがね」


 摩子の情報を、白人が補足した。


「そうなると、娘さんは多少濃い・・のかも知れないねえ」

「可能性はありますね。まあ私たちも根付いて随分つらしいですし、枝の数はもうすごいことになってますから」

「話を進めてくださるかしら」

「おっと、すみません」


 脱線しそうな話を引き戻す摩子。

 決して無関係な話ではないのだが、摩子の白人への当たりが若干じゃっかんきつ目なのは今さらではある。


「あとは……ああそうだ、この人。八乙女やおとめ涼介りょうすけという教師。私の義弟ぎていの先輩に当たる人のようですが、彼の両親も黒家うちの枝です。それぞれ別の筋で、分かれたのは七世代ほどさかのぼった頃ですね」


「七世代……フランス革命の頃ですわね」

「そう言われると、近いのか遠いのかよく分からなくなるねえ」

「充分遠いと思いますわよ、玄一さん」


 少しばかり遠い目になった摩子が、そう言って溜息ためいきく。


「実際、手作業で枝を管理していくのは、二、三世代遡るだけでも大変です」

「当主の仕事とは言えね。よく分かるよ」

「白人さんのところみたいに、デジタル化を進めたいとは思うのですが……」

「必要ならお手伝いしますよ、摩子さん」


 白人がにっこりと応じる。

 それに対して、母親の白鳥うららが首を横に振る。


「なりませんよ摩子。電気がなければ使えないものなど、話になりません」

「……お母様がこれですから」

「いやまあ、麗さんのおっしゃることにも一理ありますしね」


 うなずく白人。


 彼も膨大ぼうだいな「家系図」管理には結構な手間を取られているので、摩子の気持ちはよく分かるのだ。

 デジタル化するメリットもリスクも。


「話が少しれましたね。えーと、あと一人。これは玄一さんから言ってもらった方がいいのかな?」


神代かみしろ家だろ? 構わんから続けてくれていいよ」


「分かりました。玄一さんのところの分家の水神みずかみ家の、更に分家の神代家ですが、そこの朝陽あさひ君も巻き込まれています」


 神代家は、現在黒瀬家の敷地内にあり、屋敷を含む敷地全般の警護を担当している家である。


 現当主は、朝陽の父親である神代かみしろ清二せいじ


「表面上は清二せいじさんもあやめさんも気丈きじょうに振舞ってますけど、相当に落ち込んでいるようです」

「そりゃまあ、彼は一粒種ひとつぶだねだしねえ。清二君も気合いを入れてあれこれ仕込んでいたようだし」


 しばし、場に沈黙が落ちる。

 どこからかせみの声がかすかに響いてくる。


「それではわたくしからも一人」


 静寂を破ったのは摩子だった。


「たまたま現場に遊びに来ていたと言う高校生のうち、早見はやみ澪羽みはねという子が白家はっけの枝ですわね。両親ともに」


親御おやごさん二人とも白家の枝なんですか?」

「ええ、母親の方は九世代、父親の方が七世代ほど前に分かれています」

「なるほど、ありがとうございます」


 白人が画面の表を確かめながら言った。


「三家の枝がらみなのは、このくらいでしょうか。どうです?」

「もっとよく調べればいるかも知れないが、十世代以上遡る必要はないんじゃないか?」

「わたくしもそう思います」

「では、事件そのものについて、私が説明したこと以外に情報をお持ちの方は?」


 玄一も摩子も、静かに首を横に振る。


「分かりました。前提情報としてはこれで出尽くしたようですので、ここからは議論の本番になりますね」


 会議は続く。

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