第一章 第22話 三家会議 その1

 八月某日ぼうじつ


 くだんの消失事件が起きた今岡小学校から、そう遠くないところにある黒瀬くろせ家。

 現当主は、行方不明になった黒瀬真白ましろ実兄じっけいである白人はくと


 午前九時半を過ぎた頃、N市内にあるその黒瀬くろせ家の重厚じゅうこうな門を、二台の真っ赤な高級車がゆっくりとくぐった。

 フロントグリルに、十字と大蛇だいじゃを頂くエンブレムが見える。

 玄関近くの駐車場に、二台の車は停車した。


 ――最初に姿を見せたのは、四十代なかばくらいの男。


 それに追随ついずいするように、一人の青年が降車こうしゃした。


「ほんの一ヶ月前に来たばっかりなんだがなあ」


 最初に車を降りた男がつぶやく。

 彼の名は赤穂あかほ玄一げんいち

 ゆったりとした物腰と立派な口髭くちひげ顎鬚あごひげたくわえているせいか、かつての華族かぞくのような印象を与える男。

 赤穂あかほ家の現当主である。


「はい」


 と、一言だけ青年が答える。

 彼は、檜山ひやま大海人おみと

 檜山ひやま家の長男。


 そこに、二台目の車を降りた男性と女性が歩み寄る。


「あいつは……まだいないよね」

讃羅良さらら、仕事を忘れるなよ」

「分かってますって」


 何やら警戒している女性は、檜山讃羅良さらら

 それをむっつりとたしなめているのが、檜山光展みつのぶ

 檜山家の長女と、現当主である。


 ――檜山家は、赤穂家の分家に当たる。


 遥か昔に「火山ひやま家」として分かれてのちに「緋山ひやま家」となり、さらに「檜山ひやま家」へと変遷へんせんした経緯けいいを持つ家である。

 そして檜山家となった頃から、本家である赤穂家の護衛ごえい生業なりわいとする一族であった。


「それにしても……いつも思うが」


 赤穂玄一が口を開く。


「車の色まで、家名かめいに合わせる必要があるのかねえ……」


 そう言って、黒瀬家の車庫の方を見る。

 そこには、鳳凰ほうおうのエンブレムをつけた「黒塗りの高級車」がとめられていた。

 正確にはただの黒ではなく、「神威かむい」というカラーバリエーションである。


「あれ、私も欲しいんだよね」

「えー、でもわたし的には、玄一おじさんのイメージはやっぱり赤だなー」

「うーん、そうかなあ」

「そうだよー」

「姉さん、言葉づかい。仕事中」

「はいはい」


 讃羅良さらら大海人おみとの注意をさらりと流して、


「大体、黒い車って威圧感ありすぎだもんね。乗っている人も腹黒そうって言うか――」

「腹黒いはひどいなあ」

「あ、白人はくとさん。こんにちはー」


 いつの間にか黒瀬白人が迎えに出てきていた。

 と言っても、讃羅良たちがそれに気付かないわけはない。

 本人がいるところで、えて軽口を叩くのが彼女さららなのである。


(……そう言えば、途中から変な車がうしろの方にいたみたいだけど……ま、いっか)


「皆さん、わざわざご足労そくろう頂きありがとうございます」


 ぺこりとあいさつをする白人に、他の者たちも頭を下げる。

 そんな中、讃羅良ははくとの後ろをぎろりとにらんだ。


「白人さんがここに出てきたと言うことは……」

「おう、いるぜ。あいわらず口がわりい女だよなあ?」

「やっぱり……クソ拳心けんしん

「どーもこんつは、クソ讃羅良お姉さまさんよお」

「いい加減にせんか」

「いてっ!」


 白人のうしろにいた年若としわかな男が、その横に立つ壮年そうねんの男に後頭部をど突かれている。

 二人とも大男だが、特にど突いた方は見上げる程に大きい。


「ごめんねー讃羅良ちゃん、毎度毎度うちのバカ息子が」

「いえいえ、大拳たいけんおじさん。また腕まわりが太くなったんじゃないですか?」

「おっ、分かるかい?」

「一ヶ月かそこらで、見て分かるほど変わるわけねえだろうがいでっ!」


 ごすっと後頭部に今度はげんこつを落とした男が、水神みずかみ大拳たいけん

 水神みずかみ家の現当主。

 檜山家と同様に赤穂家の分家であり、現在はゆえあって黒瀬家の護衛をつとめる家である。

 頭を押さえているのが、大拳たいけんの息子であり水神みずかみ家の長男である、水神拳心けんしん

 静岡県東部にある高校に通う、十八歳の男子だ。


「大拳さん、うちの娘こそいつも申し訳ない」


 苦虫をつぶしたような表情で大拳にびる光展。

 その横で静かに頭を下げる大海人。


「いやいや、先にちょっかいを出すのは決まってこいつなんですから。それにしても大海人おみと君、また一段と精悍せいかんになったねえ」


 再び無言でぺこりとする大海人。


「ホントだぜ。大海人おみとさんはこんなに出来たお人なのによっっと!」


 軽口を叩き始めた拳心の斜め前に、讃羅良が瞬間的に動いた。

 そのまま彼の金的きんてきに向けて截拳道ジークンドー風の蹴りをはなつ。


 それを拳心は、ひざを軽く上げて受ける。


「おんやあ~? でも止まったか?」

「こんの筋肉ダルマが……」

「相変わらずえげつないとこ狙うよなあ。あ?」

「おいおい二人とも、こんな暑い中で組手くみてとか勘弁してくれよ?」


 やれやれと言った顔で、赤穂あかほ玄一げんいちが肩をすくめる。

 そこに黒瀬くろせ白人はくとが言葉をえた。


「そうそう。中はしっかり冷えてますから、とりあえず入りましょう。じきに白家はっけ方々かたがたも見えるでしょうし」

「来たようですよ」


 そう言う光展の視線の先では、二台の真っ白な車がゆっくりと門を入ってこようとしていた。

 玄一たちの車と同じくらい特徴的なフロントグリルに、バイエルン州旗しゅうきと航空機のプロペラをモチーフとしたエンブレムが、真夏の陽射ひざしに光っている。


「怖い人たちきたー」

「オレぁ先に中に入っとくかな……」


 讃羅良さらら拳心けんしんそろって顔をしかめる。

 七人の視線を集めながら、二台の車は駐車スペースにゆっくりとすべり込んだ。

 フローズン・ブリリアント・ホワイトの車体がまぶしい。


 ……かちゃり、と音がして、五人の女性と一人の男性がり立った。


「あら皆さん、外でおそろいになって……わざわざわたくしたちをお出迎え下さっているのかしら」

「あ、いえ、ちょうど赤家しゃっけ方々かたがたが到着したところなんですよ」


 白人が答えた相手は、白鳥しらとりうらら

 白鳥しらとり家の前当主である。


「暑いわ……白人さん、中に入っても?」

「ええ、もちろん」


 次に白人に問い掛けたのが、白鳥摩子まこ

 うららの娘であり、白鳥家の現当主だ。

 胸の下まで伸びたつややかな漆黒しっこくのロングヘアが目を引く。

 太めのまゆ、涼し気な目元、薄めにととのった美しいくちびる

 絵になる美女、と形容しても異を唱える者は皆無であろう。


 彼女は異例の事ながら、中学三年生の時点で母親であるうららから当主を引き継いでいるためか、年若いのにすでにあるしゅの風格をただよわせている。

 狙っているのかどうか分からないが、彼女は純白のワンピースをまとい、そのすそ微風そよかぜなびかせている。

 どこからどう見ても「お嬢様」という言葉しか浮かんでこない。


 玄関にさっさと進んでいく麗と摩子のあとを、二人を護衛する白華しらはな家と季白すえしろ家の四人が続く。


「では我々も入りましょう。三家の皆さんは『詠従えいじゅう』に。護衛の皆さんはいつものように『とら』へとお願いしますね」


 中から使用人の香椎かしい修一しゅういちたちが出てきて、案内を始めた。


    ◇


 以下、今回の臨時会議に参集した者たちを列挙する。

 カッコ内は現時点での満年齢である。


 黒家こっけ

 ・黒瀬くろせ白人はくと(33) 黒瀬家現当主。

 ・黒瀬白帆しらほ(55) 白人の母親。黒瀬家前当主。


 白家はっけ

 ・白鳥しらとり摩子まこ(19) 白鳥家現当主。

 ・白鳥うらら(39) 摩子の母親。白鳥家前当主。


 赤家しゃっけ

 ・赤穂あかほ玄一げんいち(45) 赤穂家現当主。


 じん

 ・水神みずかみ大拳たいけん(43) 水神家現当主。

 ・水神拳心けんしん(18) 大拳の息子。


  ※水神家は、赤穂家の分家であり、黒瀬家の護衛をつとめている。

  ※この場にはいないが、水神家のさらに分家に神代かみしろ家がある。

   神代家は黒瀬家全体の警護をになっている。


 檜山ひやま

 ・檜山光展みつのぶ(45) 檜山家現当主。

 ・檜山讃羅良さらら(21) 光展の娘。

 ・檜山大海人おみと(21) 光展の息子。


  ※檜山家は、赤穂家の分家であり、赤穂家の護衛を務めている。


 白華しらはな

 ・白華虎徹こてつ(41) 白華家現当主。


  ※白華家は、白鳥家の分家であり、基本的には白鳥家全体の警護をになう。

   今日は事情があって白鳥うららの護衛を請け負った。


 季白すえしろ

 ・季白綸子いとこ(46) 季白家現当主。

 ・季白琴葉ことは(24) 季白家次期当主。綸子の娘。長女。

 ・季白美月みつき(19) 綸子の娘。次女。


  ※季白家は、白鳥家の分家であり、白鳥家の護衛を務めている。

   三女もいるが、今日は帯同たいどうしていない。

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