第一章 第21話 発見

 真夏の静岡。


 檜山ひやま讃羅良さららについての調査が行き詰まったところで、気分転換に伊豆へとしょう旅行に出掛けることにした小田巻おだまきじんたち三人。


 南雲なぐも花恋かれんの運転で国道一号線を一路いちろ東へ。


 そして、彼らがここを通る時にはほぼ必ず寄ると言う、グルメ?スポットに到着した。


    ◇


「やー、何か久しぶりだなあ、ここ」


 車を降りた東郷とうごう慶太郎けいたろうがぐぐーっと伸びをする。


 ここはまるの中にカタカナの「ス」が入ったロゴで県内では知られている、言わば立ち食いそば屋のような店だ。


 立ち食いスペースのほかに、ベンチシートのような四人けが三つほど。

 駐車スペースはじゅうほどあるが、全体的にこじんまりした作りである。


 しかも、店内の座席からガラス越しのほんの数メートル先を、上り線の車がガンガン通ると言う、文字通りのロードサイド店舗なのだ。


「相変わらずスリルあるわねー」


 ひっきりなしに目の前を通り過ぎていく車の群れを見て、花恋かれんが言う。

 国道一号のさらに向こう側は、すぐに東名高速道路が海沿いに走っている。


「さ、食おうぜ食おうぜ」


 最後に降車こうしゃしたじんは長身を大きく伸ばすと、さっさとガラス戸を開けた。

 店の裏をJRの貨物列車が高速で走り抜けていく。


    ☆


「よし、全員分そろったな。食おうぜ」

「うん、いただきまーす」

「いただきます」


 昔に比べてずいぶんメニューは増えたらしいが、三人のお気に入りは何と言っても「桜えび天うどん」なのだ。


 何しろここはもとY町。


 目の前に駿河するが湾が広がる、「日本一桜えびのまち」なのだ。

 特産の桜えびをたっぷり使った「桜えび天」が乗ったうどん。


「はー、うめえ。相変わらずうめーわ、ずるずる」


 桜えび天の、まだつゆにひたりきっていない部分をしゃくりとかじると、桜えびのこうばしい風味ふうみが口の中いっぱいに広がり、鼻腔びくうにまで届いて刺激する。


「でもね、うちのパパが言ってたんだけど、昔の桜えび天はもっと真っ赤だったらしいよ」

「何かここ数年はめっちゃ不漁ふりょうって聞くね、桜えび」

「値段ももっと安かったって言っていた」


「ま、いいじゃねえか。俺はさ、桜えび天も好きだけど、ずるずる、何てったってこのつゆの味がたまらねえんだよ」


「おいしいよね、このおつゆ。結構甘めで濃い感じで、私も好き」

「こいつにこの黄身を混ぜると、これまた味がマイルドになってうめえんだ」


 そう言って、迅は生卵の黄身を箸先はしさきでぷちりとつぶした。

 黄色と茶色がとろとろと混ざっていく。

 ちなみに卵を追加で乗せたのは、迅だけである。


「僕、なまの白身のどぅるっとした感じが苦手なんだよね」

「あ、私もそう」

「そういう奴らは、温泉卵にすりゃあいいんだよ。もぐもぐ」


    ☆


「はー、うまかったー」

「さ、とっとと乗って」

「はいはい」


 朝食を終えた三人は、お腹をさすりながら「ビング」に乗り込んだ。

 慣れた手つきで花恋かれんはエンジンを始動させる。

 そろそろとアクセルを開けながら、合流の準備をする。


「こういう時、どっちにウィンカーを出したらいいのか、いっつも迷うのよね」


 ビングの目の前の国道一号線のぼり車線を、右から左に車がぶんぶんと通り過ぎていくのを見て、花恋がつぶやいた。


「ん? どっちって?」


「感覚としては左に行くんだから、左ウィンカーでいいと思うんだけど、それだと右から来る車には見えないしさ」


「逆に右に出したら、右折するのかと誤解されちゃうしってこと?」

「そんな感じかな」


 今、彼らの車は道路に対して垂直方向を向いている。

 進行方向は、もちろん左だ。


「それってさ、俺も昔気になって調べたことあるぜ」

「へー、それでどっちが正解なの?」


「まあいろんな考えが出てたけど、俺が一番納得がいったのが『出さない』って答えだったな」


「え? 何で?」


 慶太郎が首をひねる。


「確か……まだ道路上じゃないから、右折でも左折でもないんだとさ」

「ああ、なるほ――」

「ちょっと待って!」


 花恋が助手席の慶太郎をにらみつけている。

 突然の出来事に、彼はぽかんとしてしまう。


「え?」

「いいから黙って!」


 よく見ると、花恋の視線は慶太郎ではなく、彼のずっと先の方に焦点を合わせているようだ。

 この車は左ハンドルなので、つまり彼女はこちらに向かってくる車を見ていることになる。


 花恋は空吹からぶかし気味にアクセルを少しだけ踏み込む。

 視線がすーっと左に移動し、正面を向いた瞬間、クラッチをつないで急発進した。

 


「ごめんねっ!」

「うわっ!」

「おわわっ!」


 慣性かんせいで身体がみぎ後方こうほうにはり付けられる迅と慶太郎。

 花恋はじっと前方右車線を見つめながら加速していく。


「いてて……いきなりどうしたの? 南雲さ――あっ!」

「気が付いた? 東郷君」

「うん。あれは……あの車は――」


 花恋たちの前方五十メートルほどのところを走る、二台の赤い車。

 その特徴的な色と姿に慶太郎たちは見覚えがあった。


「あれって……こないだ堂本どうもとさんのところで見たやつだよね」


「そう……あのジュ○アとステ○ヴィオ、特にあの四葉マーククアドリフォリオ……間違いないと思う」


「おいおい、どういうことだってばよ!」

「迅、あの前の方を走ってる赤い車、見える?」

「ん? ……ああ、走ってるな」


「あれはね、こないだ現地調査の時に写真で見せてもらった、赤穂あかほさんちの車だと思うんだよ」


「えー、マジかよ」


 怪訝けげんそうな声を上げる迅。


「同じ車だからって、赤穂さんのとこのとは限らねえんじゃねえのか?」

「その可能性もなくはないけど、あんな車、そうそう走ってないと思うの」

「しかも二台がつらなってとか、偶然にしては出来過ぎだと僕も思う」

「それに……」


 左ハンドルのス○ルヴィオを運転していた人物。


「あのショートカット、髪色……檜山ひやまさんだった。私、目はいいんだから」

「マジかよ……で、どうすんだよ?」

「とりあえず、追う」

「……じゃ、じゃあ、みと○ーは?」

あとで考える」

「かああ~~~っ」


 迅は頭を抱えた。


「イルカ、見たかったのによう……」

「南雲さんは行かないとは言ってないよ、迅」


 慶太郎がフォローを入れる。


「とりあえず、N市まではどうせ行くんだからさ」

「そ、そうか……」


 花恋はつかず離れずの距離で赤い車を追跡する。

 そして道路は大きく左にカーブし、海沿いを離れていく。


「そろそろF市に入ったね」

「そうね」


 慶太郎の言う通り、左に曲がった道は今度は右にぐぐっと曲がり東進コースに戻る。

 すると日本三大急流に数えられるF川を渡る橋に差し掛かった。


「三大急流って言うけどさ、あんまりそんな感じしねえよな」

「まあここは下流も下流だからね」

河川敷かせんじきで野球とかサッカーやってるぜ? すげえよなあ」

「キャンプとか出来んのかな……」


 F川を渡り切ると、道路沿いにロードサイド店舗が目立ち始める。

 大きなショッピングセンターを右に見て、更に進んだ辺りから道路は高架になる。

 しばらくの間、東海道新幹線と並走。

 新幹線が北に遠ざかっていくと、遠くに富士山を望む田園風景へと変わる。


「おいおい、そろそろN市だぜ」

「どこまで行くんだろうね……」


 花恋は追跡を始めて以来、ほとんど口をひらいていない。

 距離を適度にけながら、決して見失わないよう尾行に集中しているようだ。


 ――花恋が完全に探偵モードに入っているので、車内は若干緊迫した雰囲気になっている。


 迅も軽口を叩くような空気じゃないことを察して、口数がどんどん減っていった。


 進行方向左手に見える富士山が、手前の愛鷹山あしたかやまによってだんだんふもとから隠れていく。

 その富士山が半分以上見えなくなり、道路の両側に住宅地が迫り始めた頃――


「あっ」


 それまで無言だった花恋が声を上げた。


 ずっと片側二車線の右側を走っていた赤い車たちが、ウィンカーをけて左車線に移った。

 そして、次の交差点で左折したのだ。


「曲がったね」

「うん……でもまずいね」

「丸見えだな、俺たち」


 これまで他の車にまぎれて追跡できていたが、左に曲がってからはターゲットと花恋の車をさえぎるものは何もなくなってしまった。


 とは言え、ここであきらめるわけにもいかない。


「しょうがない、行っちゃうしかない!」


 花恋の決心に男二人はうなずいた。

 バレたら、その時はその時だ。


 ――しかし、幸か不幸か赤い車マルタイは途中で止まることなく、何度か右折と左折を繰り返したあと、長大なへいの途中にあるいかめしい門の中へとゆっくりと入っていった。


 門はいたままだが、花恋たちの追跡劇はそこで終了した。


「おいおい……バカでけえお屋敷だなこりゃ」

赤穂あかほさんのところとタメ張るね」

「ねえ、ちょっとあの門の横!」


 門の前で停車したまま、花恋が指さした先には、「黒瀬くろせ」「水神みずかみ」「神代かみしろ」「香椎かしい」「風吹ふぶき」という五つの表札ひょうさつがかかっていた。


「すげえ……五個も表札がついてるじゃん」

黒瀬くろせ……神代かみしろ……!」

「東郷君!」

「うん! 覚えてる。上野原さんと一緒に行方不明になった人たちの中に、確かにいた!」

「私も覚えてる。黒瀬と神代って苗字みょうじの人がいた!」

「マジかよ……」


 上野原うえのはられいに関する意味しんな言葉を残した人物が、同じように行方不明になった人の関係者らしい屋敷の中に入っていった。


 そして、そこが赤穂あかほ家と同じくらい、広大な敷地を誇る屋敷。


 これをただの偶然と片付けてしまうほど、花恋たちはまだ大人しくはなかった。


    ◇


 思わぬ追跡劇で、新たな手掛かりを得た三人。


 彼らはとりあえず車を発進させたあと、今後のことについて少しだけ相談をした。


 そしてとりあえず当初の予定通り、一つ目の目的地であるTシーパラダイスへと向かった。


 ――とりあえずはせっかくの一泊旅行をエンジョイすることに決め、一日目二日目とたっぷり楽しんでから、帰宅したのだった。

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