第一章 第20話 ワーゲ○バスに乗って

「それじゃ花恋かれん、くれぐれも安全運転でな」

「うん、分かってるよ、パパ」

「気を付けて行くのよ」

「大丈夫だからね、ママ。それじゃ、行ってきまーす」


 運転席の南雲なぐも花恋は、慣れた様子でアクセルを踏みながらキーを回す。

 ドゥルルルルとエンジンが小さく伸びをするように低くうなる。


 彼女が乗っているのは、「大衆車」とか「国民車」という名のドイツメーカー製の、いわゆる「タイプ2」と呼ばれている旧車だ。


 ワー○ンバスとも呼ばれる。


 ボディカラーは赤と茶色のツートンカラー。

 車体前面には「V」と「W」が組み合わされたエンブレムが、でかでかと存在感をはなっている。


 ひかえめに言ってもなかなか目立つ外見だ。


 もちろん花恋のものではなく、これは彼女の父親所有の車。


 父親は外車マニアであり、この車にも結構な金額をかけてカスタマイズをほどこしているが、それをもなく花恋に貸す。


 車は乗ってナンボ、と言う考えの持ち主らしい。


 ――走り去る車の左側から、花恋の手がにゅっと伸び、ひらひらと振られる。


 母親が手を振り返しながら、ぼそりとつぶやく。


「大丈夫かしら……」

小田巻おだまき君と東郷とうごう君が一緒なら、まあ大丈夫だろう」

「そうねえ……」


 花恋の両親は、じん慶太郎けいたろうとは何度も顔を合わせている。

 もちろん、上野原うえのはられいとも。


 普通に考えるのなら、男二人の中に年頃の愛娘まなむすめが一人という状況を、よしとする親は恐らく少数派だろう。

 しかし幸い、迅たちは南雲なぐも家の信頼を得ていた。


「それにしても……れいさん、可哀かわいそうにね」

「ああ……」


 今、世界中で騒がれているN市の小学校消失事件。


 その関係者に、見知みしった娘の親友が含まれていたことに、花恋の両親は驚愕きょうがくした。

 娘のなげきようにも心を痛めた。


 そんな花恋の気持ちが少しでも晴れるならと、男二人女一人の一泊旅行にも両親は気持ちよく送り出したのだ。


「楽しんでこいよ……」


 とっくに見えなくなった娘の姿に向かって、父親はつぶやいた。


    ◇


あちー、エアコン強くしてー」

「うるっさいわねーもう」

「僕、ちょっと涼しすぎるくらいなんだけど……」


 午前八時半。


 花恋かれんは無事、じん慶太郎けいたろうをピックアップし、真夏の国道一号線を東に車を走らせていた。


 ちなみに愛称は「ビング」。

 車体の色からアメリカンチェリーを連想した花恋が、勝手に呼んでいる。


「慶太郎~、席交代してくれ~」

「助手席だと窮屈きゅうくつだって、自分で後ろに行ったんじゃないか」

「だってお前が、エアコンの冷たい空気をひとり占めしてるじゃんかよ~」


 この車のエアコンは助手席の真ん前についているので、確かに冷気れいきは慶太郎に当たる形になっている。


「あんまりうるさいと降ろすよ! ただでさえこの子ビングは燃費悪いんだから」

こえ~……おっ、マクダじゃん」


 針路左に、お馴染なじみの「M」マークが出現する。

 花恋は朝食を済ませているが、迅と慶太郎はまだだ。


「腹減ったな……ハンバーガー食いてえ」

小田巻おだまき君、マフィンは苦手なんでしょ? 朝マクダはマフィンばっかだよ」

「まあ他にもいろいろあるけど、いつも通りあそこ・・・で食べるんだろ? 迅」

「んー、そうだよなー」


 マクダのかどを左折。

 しばらく北上して、高架こうか下を東進とうしんしてから静清せいしんバイパスに合流する。


「それで小田巻君、最初の目的地はどこなわけ? あんたの担当でしょ?」

「へ?」

「へ、じゃなくて。初日は小田巻君、泊まるとこ選ぶのは私、二日目の予定は東郷とうごう君って決めたじゃない」

「あれ、そうだっけ?」


 迅のすっとぼけた声に、ステアリングを握る花恋の手に力がこもる。


そらつかっても・・・・・・・ダメだからね!」

「へ?」

「へ?」

「な、何?」


 二人同時にとぼけられて、花恋はひるんだ。


「そらつかう……って、何? 南雲さん」

「もしかして風魔法か? それか、光魔法とかか?」

「……あれ、もしかしてこれも方言ほうげんなの?」

「まあ僕は何となく意味は分かったけどさ」

「久しぶりだよなあ、方言で盛り上がるの」

「……別に盛り上がってないけど」


 ぶすっとした顔で花恋が言う。

 ちなみに彼女のこういう態度を「ぶそくれる」と言う。


「あんただって『だにだに』言うじゃない!」

「最近、あんまり言わないぜ? そうだに、とか」

上野原うえのはらさんも結構方言しゃべってたよね。『そうだら?』とかさ」

「言ってた言ってた。『一緒に行くら?』とか、最初意味分からんかったわ」

「でもさ、自分たちのことを『うちっち』って言うの、僕ちょっと可愛いと思った」

「同じ県内なのに通じねえとか、すげえよなあ」

「ちょっと、小田巻君。方言でごまかしても無駄だからね」


 その時、ちょうど前方右に海が見えてきた。

 ここからとなりのF市まで、右手に駿河湾をのぞみながら走ることになる。


「冗談だって。ちゃんと段取だんどってあるっつーの」

「まあそんなことだろうとは思ったけど」

「で? どこなの? 迅」

「ホントはさ、ちょこちょこ聖地せいち巡礼じゅんれいしたいとこなんだけどさ」

「出た、アニオタ」

「ちょっとやめてよね、私たちを巻き込むの」

「お前ら失礼だぞ! 聖地は聖地じゃなくたっていい場所はたくさんあるんだからな!」


 そう。

 迅は結構なアニメ好きなのである。


 この辺も彼の「ギャップ」の一つなのだが、それほどディープなタイプではなく、いちシーズンにこれと決めたものを五、六本て、軽く慶太郎たちに布教する程度のごくライトな視聴者なのだ。


 オタクと呼ばれてしまうのは、真のオタクに申し訳ないと彼は思っている。


「とりあえずあれだ、最初の目的地は『Mシーパラダイス』な」

「……やっぱりね」

「……まあ、いいか。もう散々さんざん行ってるけど」


 実は、くだんの「み○しー」には、れいを含めた四人で既に三回ほど行っているのだ。


 それぞれで家族などと行った回数を考えれば、花恋と慶太郎のリアクションもさもありなんというものである。


「あんた好きだもんね、イルカとかアザラシとか」

「僕、いまだにアザラシとオットセイとアシカとセイウチとトドとオタリアの区別、つかないんだよね」

「ばっ……おま、全然違うじゃねえか!」

「私も分かんないし」


 高架こうかだった道路が地上に降りてくると、もう完全に海沿いシーサイドを走るようになる。


 遠くに富士山を望みながら、東名高速道路が国道一号とJRと交差する薩埵さった峠の辺りを越えてしばらく進む。


 ――漁港を右に見ながら少し走ったところで、三人のお馴染み朝食ポイントが見えてきた。

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