第一章 第19話 赤穂桜雅

 檜山ひやま讃羅良さららの自宅を特定することに成功した南雲なぐも花恋かれん東郷とうごう慶太郎けいたろう


 何とそこは、檜山家以外に「赤穂あかほ家」「赤瀬川あかせがわ家」という合計三つの表札ひょうさつを持つ豪邸であった。


 門の前で呆然ぼうぜんと立ちすくむ二人。


 その門扉もんぴは、今はまだ固く閉ざされている。


 ちなみにスクーターは、近所のパーキングにとめてきた。


    ◇


「マジでここが檜山さんのご、ご自宅・・・なの……?」

「そうみたいだね。ほら」


 目の前の光景のあまりの迫力に、思わず尊敬の接頭辞せっとうじをつけてしまう花恋。


 そして慶太郎がゆびさす先には、相当に年季の入った分厚い木の板がたてにかかっていた。


 そこには見事な筆致ひっちで「檜山流活殺術道場」と書かれている。


「……もしかして、お嬢様なのかな? あの子」

「どうなんだろ。まあその辺も調べていくうちに分かるんじゃないかな」


 ――時刻は午前十時。


 今日の讃羅良については、午後まで大学で試験がまっていることを、小田巻おだまきじんの入手した情報によって確認済みである。


 慶太郎はスマホで時刻を確認すると言った。


「さてと、じゃあそろそろ動きますか」

「動くのはいいけど、どうするの? 片っぱしからその辺の家にお邪魔するとか?」

「それだと非効率すぎるし、迷惑だと思うよ」

「じゃあ……ここに直接とつする?」

「ばっ……」


 あわてる慶太郎。


「それが出来れば苦労しないっての。大丈夫、ちゃんと対策してあるから」

「冗談だよ……そんなに慌てなくても。で、対策って?」


「……この辺りの自治じち会長さんに電話で頼んだんだ。地域のことを聞きたいから、お話ししてくれるかたを紹介してくださいって」


「ほえ~やるじゃない、東郷君」

「まあね」


 慶太郎は非常に気合いが入っていた。

 何しろ、花恋と二人きりでの行動なのだ。


 彼としては別にこの場で何をどうこうしようとは思っていないが、出来る男アピールの必要性は感じていた。


「もうすぐ約束の時刻だから、急ごう」

「うん」


 ――ギィィ。


「ん?」


 何かがきしむ音がした。


 歩き出した二人が振り返ると、さっきまでぴたりと閉まっていたいかめしい門がひらき始めていた。


 思わず足を止めて、見入る花恋と慶太郎。


 すると――――中から出てきたのは、背丈せたけから小学生とおぼしき三人組だった。


 男児だんじが一人と……もう少し幼い感じの男の子と女の子が一人ずつ。


 ……と思っていたら、彼らの後方こうほう五メートルほどのところに、スーツを着た男女二人組が立っていた。


 小学生の中でも一番年長ねんちょうそうな男子が、てくてくと花恋たちに向かって歩いてくる。


「こんにちは。当家とうけに何か御用でしょうか?」

「えっ……えっと」


 思っていたのより十倍くらい丁寧ていねいな言葉づかいに、思わず口ごもってしまう花恋。

 それでもさすがの慶太郎は如才じょさいなく答えを返した。


「いえ、立派なお宅だなーって、思わずながってしまいました。失礼しました」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 小学生相手でも、きちんと敬語を使う慶太郎。


「そうでしたか。ゆっくりと見ていってくださいね。夕哉ゆうや君、亜里珠ありすちゃん、行こ」

「はーい」

「じゃーねー、お兄さん、お姉さん」


 三人の子どもはそのまま門を出て、花恋たちの目的地とは反対の方向へ歩いて行った。

 後ろから先ほどの男女二人が、軽く会釈えしゃくをしながら子どもたちを追って通り過ぎていく。

 反射的に頭を下げる花恋と慶太郎。


 そのままぼんやりと五人の背中を見送る。


「……ここのお坊ちゃんかな」


 ぼそっと花恋がつぶやく。


「そうかも。あとの二人はご学友ってとこか?」

「後ろの大人の人たちって、もしかして護衛とか?」

「この敷地の規模だと、そうであっても僕は驚かない」

「はえ~。服とか別に普通なのに、何なの? あの高貴ノーブル感じオーラは」

「そうだね……」


 花恋たちは知るよしもないが、くだんの小学生こそが赤穂あかほ家の次期当主――赤穂桜雅おうがである。


 そして門前もんぜんはもちろんのこと、敷地周辺の様子は全て、赤瀬川あかせがわ家による監視カメラで記録されている。


 ――つまり赤瀬川家は、赤穂家の敷地全体の警護をになう家なのだ。


 夕哉ゆうや亜里珠ありすは、その赤瀬川家の長男と長女である。


「おっといけない、遅れちゃう。急ごう、南雲さん」

「そ、そうね」


    ◇


堂本どうもとさん、ありがとうございました」


 花恋かれん慶太郎けいたろうは、にこにこと手を振る老爺ろうやに深々とこうべれた。

 きびすめぐらせ、歩き出す。


「何か、すごいたくさん話を聞かせてもらえてよかったね」

「うん……僕的にはもうこれ以上、他を回らなくてもいいような気がする」

「一度戻って、整理した方がいいかも」


 堂本さんとは、慶太郎があらかじめアポを取っておいた自治会長である。

 彼は非常に懇切こんせつ丁寧に、この地域の歴史を知る限り二人に語ってくれた。


 きょうが乗ってくるとアルバムまで取り出して、写真を指さしながら説明するのを、奥さんらしき女性がれてくれたお茶をすすりながら聞く花恋と慶太郎。


 印象的だったのは、敷地内らしき場所で三台の真っ赤な車をバックにピースをする堂本さんの姿だった。


 そこには、当主とおぼしき人物も一緒にうつっていた。


「あの車、イタ車だよ。赤十字みたいなのと大蛇のマークのやつ」

「南雲さん、何気なにげに車とか詳しいんだよね……」

「うちのパパがねー」

「肝心の檜山ひやま家の話がちょっと少な目だったのがなあ」

「そうだね――あれ?」


 二人の進行方向にある曲がり角から、白黒ツートンカラーの車がすっと現れた。

 ルーフには赤い散光式警光灯パトライト


 花恋と慶太郎は顔を見合わせた。


(え……何もしてないよね、私たち)

(そのはずだけど……)


 小声で話す二人の期待もむなしく、そのパトカーは彼らの目の前で停車。

 中から二人の警察官がりてきた。


「あー、君たち。ちょっといいかい?」

「は、はい」

「いやね、先ほど通報があってね。二人組の怪しい男女がうろうろしてるってね」

「え?」


    ◇


「――――それじゃあ気をつけて帰ってね」

「はい……お手数おかけしました」


 げっそりとした顔で交番を出る花恋かれん慶太郎けいたろう


 ――結局あのあと二人はパトカーに乗せられ、交番まで連れていかれたのだ。


 事情聴取と言うほど緊迫した雰囲気でこそなかったが、あれこれと根掘り葉掘り聞きほじられた。


 慶太郎が、自分たちはこの地域の歴史について聞き取り調査をしていただけで、何もやましいことはしていない、自治会長である堂本さんにも聞いてくれと訴えた。


 電話で確認した警官に堂本氏が上手いこと話してくれたのか、それ以降は元々ゆるかった態度もさらに軟化なんかした。


 さらに身分を証明する物として免許証と、ちゃんとした情報をせた名刺を持っていたことも幸いしたのか、そこからは割とすぐに解放してもらえた。


偽名ぎめいの名刺じゃなくて、マジでよかった」

「そうね」

「それにしても……何か納得いかないんだよなあ」

「……」


「うろうろって言うけど、僕たちがいたのは赤穂さんちの門の前と、堂本さんの家だけなのに」


「……何かさ、質問口調が真剣じゃないっていうか、とりあえず交番に連れてきましたって感じがするの」


「ええ?」

「私思うんだけど、あの場から私たちを引き離すことが目的だったみたいな……」

「そんなまさか」


赤穂あかほさんとかが、うちの周りをぎまわってる奴らがいるから、何とかしてくれみたいに言ったのかも!」


「そんなわけ……ある、のか?」


 いくら富豪とは言え、いち市民が警察を電話一本で動かす?


 小説やドラマの中ならさして珍しくもない描写びょうしゃだが、そんなことが実際にあるものなのかどうか、花恋たちには判断がつかなかった。


「何か私、お腹減っちゃった」

「もうとっくに十二時は過ぎてるからね、どっかでご飯食べよう」

「そうね」


 じんの奴も調べ物で図書館にいるはずだから、呼んで一緒に――と言おうとして、慶太郎はふと考えた。


 ――このままなら、二人きりで食事が出来るじゃないか……と。


 客観的に見れば、花恋自身が「お腹が減った」と言っているんだから、そのまま二人で食事をしたところで何もおかしなところはない。


 むしろ、迅を待っていたらきっ腹をかかえてしばらく待つことになる。


(それなら……いや、駄目だ。別行動とは言っても、あいつだって調べ物を一生懸命やってくれてるんだし)


「それじゃあ、迅の奴も呼ぼう。図書館にいるはずだからさ」

「えー、お腹減ったー、すぐに食べたいー」


(えっ……そう来るのか……)


「じゃ、じゃあ僕たちだけ先に行って食べてよう。……迅にも連絡して、遅れてもいいから来てもらえば」


「うん、そうしよ?」


(はあ~~~~~~――――…………‥‥‥‥ヘタレだな、僕は)


    ◇


「わははは、じゃあおまわりにとっ捕まったわけだ」

「ちょっと、人聞きの悪い言い方やめて」


 結局じんは、花恋かれん慶太郎けいたろうの食事が三分の一ほど進んだ頃に、やってきた。

 煮込みハンバーグが美味しいと有名な店だ。


 いつもは行列が出来るほどの人気店だが、どういうわけか花恋と慶太郎は待たずに入ることが出来た。


「すまんすまん、でもあれだな。思ったよりやべー奴らってことか?」

「どうだろ。本当のところは分からないけど、僕は否定しきれない気がする」

「これじゃあ、聞き込みももう出来そうもないよね……」


 はあ、と溜息をく花恋。


「俺の方もさ、赤穂あかほ家のことについてはいろいろ分かったんだよ。でも肝心の檜山ひやま家のことはなかなか、な」


 と言って、迅は肩をすくめた。


「ちょっと行き詰まっちゃったわねー……」

「そうだねえ」

「じゃあさ」

「お待たせしました、中米ちゅうべい風サルサルハンバーグです」


 迅が何か言おうとした時、彼の注文した品が到着した。


「おっ、きたきた!」

「それで、何がじゃあなの? 小田巻君」


「もぐもぐ……えーっとさ、調査も少しんじまったみたいだしさ、ちょっと気分転換しねえ? もぐもぐ」


「気分転換?」

「どっか行こうぜ、夏休みだしさ!」

「……」

「……」

「どうよ?」

「……いいかも」

「……いいかも、知れない」

「海とかどうよ?」

「海はパス。女一人じゃやだもん」


「泳がなくてもいいからさ、西伊豆行かない? 日帰りでもいいし、N市かM市辺りで一泊してもいいしさ」


「どうせ運転は私なんだから、日帰りはやだ」

「もぐもぐ……なら一泊すればいいじゃんかよ」

「じゃあ決まりだね」

「じゃあ計画たてよ? まず日にちは――」


    ◇


「あっ、讃羅良さらら姉さん」

「お? 桜雅おうが君じゃん、どしたん?」

「姉さんが言ってた通り、来たよ」

「へー……何人?」

「二人」

「ほほう……二人か。どんな人だった?」

「男の人と、女の人だよ」

「男の人はどんな感じだった?」

「どんな……うーん」

「髪の毛は長かった?」

「ん-ん、短かったかな」

「そっか、ありがとね」

「うん」


 すたすたと去っていく桜雅の背中を見ながら、讃羅良はつぶやいた。


「――東郷とうごう先輩と南雲なぐも先輩か……ふふ」

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