第一章 第18話 モツ

 調査対象マルタイである檜山ひやま讃羅良さららを、はつの尾行で失尾ロストしてしまった南雲なぐも花恋かれん


 夕食けん報告会の待ち合わせまでの時間を、初のインターネットカフェでつぶすことにした彼女は、あまりに快適さに爆睡ばくすいをこいてしまう。


 当然のごとく盛大に遅刻した花恋は、とっくに出来上がっていた小田巻おだまきじん東郷とうごう慶太郎けいたろうに必死に謝って、何とか許してもらうことが出来た。


 そしてようやく、報告会と検討会が始まったのだった。


    ◇


「――――ってことはだ」


 慶太郎けいたろうがまとめに入る。


「まず南雲なぐもさんが見失った路地ろじの先に、檜山ひやまさんの家があるだろうということ」


 花恋かれんうなずく。


「で、じんが調べて分かったのが、その周辺に『檜山流活殺術かっさつじゅつ道場』というところがあるってこと」


 迅も首を縦に振る。


「これでまず、檜山さんの自宅がこの周辺の可能性が高いって分かったよね」

「まあ、ちゃちゃっと調べて出てくるような情報だから、そもそも大した事実じゃねえけどな」

「あとは……目視もくしで確認よね。それから、近所の聞き込み?」


 花恋が注文した山盛りのポテトスティックに手を伸ばす迅。


「もぐもぐ……それって必要かあ?」

「僕としては集められる情報は、出来る限り入手しておきたい」

「あの子に直接聞けば、それで済むような気もすんだけど……もぐもぐ」

「それは最終手段としてとっておきたいんだよ。警戒されちゃうだろうしさ」

「でもよう……もぐもぐ」

「ちょっと! 小田巻おだまき君、私のポテト食べ過ぎ!」

「これさ、バター醤油味っての? ハマるわ~もぐもぐ」

「もうっ!」


 花恋がポテトの大皿を手元にぐいと引き寄せて抱え込む。


「私のっ!」

「ちぇー、けちー」

「けちって、あんた三分の一くらい食べてんじゃないのよ!」

「まあまあ。あ、すいませーん。ポテトのトリプルチーズ大盛りを一つ下さいー」

「はいー、喜んでー!」


 慶太郎が追加で注文すると、二人が即座に反応する。


「ちょっとちょうだい?」

「俺も俺も」

「分かったから、話を進めるよ」


 真面目な顔で迅と花恋に向き合う慶太郎。

 どうやら彼は、多少のアルコールでは全く乱れないようだ。


「まず、迅は何か心配なことでもあるの?」

「心配っつーか」


 バイオレットフィズで口の中をさっぱりさせながら、迅が答える。


 彼は甘い酒が好きなのだ。

 ビールは最初の一杯しか飲まない主義らしい。


「何かさー、『檜山流活殺術道場』ってのを見つけて、ヤバくねえかこれって思ったんだよ。俺はさ」


「ヤバいって、何がよ?」


 花恋がサラトガクーラーをちびちびめながらたずねる。


 と言っても、今日の彼女は足がスクーターなので、当然これはノンアルコールカクテルである。


「いや、だってさ、これって檜山さんが武道家一家ってことだろ? 変にぎまわったらボコされるんじゃねえかなって」


「……」

「……檜山さんが、私たちを?」


 花恋は、讃羅良に腹パンされる自分の姿を想像して、ちょっとだけ怖くなった。


「……だいじょぶでしょ?」

「何てったって『活殺術』だぜ? めちゃ物騒ぶっそうじゃんか」

「確証はないけど、僕も大丈夫だと思うよ」

「何か考えでもあるの? 東郷君」


 慶太郎は頷いて言う。


「って言うかさ、まず僕たちみたいな普通の学生が、『檜山家について知ってることを教えてください』なんていきなり聞き込みするのは、アホでしょ? 怪しさ満点じゃんか」


「言われてみれば、そうかも」


「だからね、ちゃんとした調査だってていで聞いて回るようにすればいいんじゃないかな」


「ちゃんとした?」

「ここに来る前にさ、こんなを作ってみたんだ」


 そう言うと、慶太郎はバッグの中から銀色の小さなケースを取り出した。

 中から一枚の紙片しへんをつまんでテーブルに置く。


「これって……名刺めいし?」

「そう」


「俺にも見せてくれよ……なになに、『静岡葵大学郷土研究サークル 代表 南雲花恋』?」


「何これ……裏面りめんに代表番号まで書いてあるじゃん……あれ、私の番号じゃあない……?」


「勝手に使うと悪いから、僕の番号にしてあるよ。これを使って聞き込みをしようと思うんだ」


「あれ? 俺のがねえんだけど」


 名刺ケースをあさっていた迅が不満顔を見せる。


「前にも言ったように、良くも悪くも迅は目立ちすぎると思うんだ。どうしても必要な場面があれば立ち会ってもらいたいけど……一応作っとく? 名刺」


「いや、別にいいわ」

「でもさー東郷とうごう君、こんな実名出しちゃっていいのかな?」


「別に悪いことするってわけじゃないだから、堂々とやっていいと思う。変に偽名ぎめいで名乗ったりしたほうが、万が一あとでトラブった時にまずいんじゃないかな」


「なるほど。そうかも」

「ってことはさ」


 迅が首をかしげなら言う。


「俺ってまた書類調査?」


「うん。頼むよ。噓から出たまことじゃないけど、檜山さんの住んでる地域の郷土資料とか、何だかいい手掛かりになるような気がするんだ」


「いいぜ。任せとけよ」

「何だかさー、マジの探偵団って感じがしない?」


 期待で顔をてかてかさせる花恋。

 苦笑する慶太郎。


「何を今さら。尾行を失敗したのを『失尾しつび』とか言ってたくせに」

「東郷君だって『調査対象者マルタイ』とか言ってたじゃん」

「お前らマジでノリノリだな」

「じゃああれだね、私と東郷君はこれから『調ちょう』だね」

「何だそれ?」

「それっぽい身分に化けて聞き込みすることだよ」

「よく知ってんなー」

「ちなみに今私たちがやってるのは、『側調そくちょう』の『宅割たくわり』だからね」

「それってどんな意味なの?」

「『側調』は、本人以外のところから気付かれないように情報を集めること。『宅割り』はそのまんまね。自宅割り出し」

「じゃあ本人に直接聞くのは、何て言うんだ?」

「……何だろ。直接聞くなら『直調ちょくちょう』とか?」

「何かよー……モツ・・みてえなんだけど」


    ☆


 それからしばらくのあいだれいの話やインターネットカフェの話などで盛り上がる三人。


 一旦いったん話題が尽きたタイミングで、慶太郎が言った。


「それじゃ、僕と南雲さんでまずは自宅の――えーっと『宅割り』で、迅の方は資料から情報収集と言うことで」


「OKだぜ」

「分かった」


 ――そして数日後、花恋と慶太郎は「赤穂あかほ」「檜山ひやま」「赤瀬川あかせがわ」と書かれた表札ひょうさつのある、重厚なつくりの門を見つけたのであった。

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