第一章 第17話 マンキツ

 南雲なぐも花恋かれんが最初の尾行で檜山ひやま讃羅良さららを見失ってしまったあと、「花恋とゆかいな仲間たち」三人は、夕食けん報告会として集まることにした。


 待ち合わせ場所は、街中まちなかの居酒屋だ。


 じんが何やら遅くなりそうと言うことで、余裕を見て午後六時の集合と決まった。


 元々尾行が終わった後に報告会をする予定ではあったのだが、遅い昼食がてらのつもりだったので、ぽっかりと数時間、花恋はひまになってしまった。


「どうしよう……急に時間がいちゃった」


 近くのコンビニまで移動した花恋は、「スージー」にまたがったまま腕を組んだ。


一旦いったん帰ってもいいんだけど、何か改めて出掛けるの、面倒になりそうなんだよね……)


 待ち合わせまで五時間近くある。

 移動時間を考えても、三、四時間はつぶしたいところだ。


(映画でも見る? ……うーん、今何やってるのか分かんないし、一人でってのもなあ……)


 ……花恋は生まれてこのかた一人ソロで映画館に行ったことがない。


 映画自体は好きでも、元々あまり足しげかようタイプでもないし、そもそもビデオで充分じゃんと思っているのだ。


 また、ゲーセンで、という選択肢も彼女の中には存在しない。


 プリクラすら、最後に撮ったのがいつだったのか思い出せないくらい、花恋にとっては縁遠えんどおい場所である。


(どっかのカフェに入るにしても、そんなに長くいられないし――)


「あっ、そうだ!」


 思わず声が出た花恋を、コンビニから出てきたおじさんが怪訝けげんそうに見る。


(一度行ってみたかった、あそこにしよう!)


    ◇


「う~~~~~~んっ」


 花恋はリクライニングシートに座ったまま、大きく伸びをした。


 特製の「ミルティス」をくぴりと一口飲み、でろ~んとだらしなくシートにもたれる。


 目の前のモニターの横にはマンガが数冊積まれ、器に入ったソフトクリームがチョコスプレッドの黒きころもまとい、天をくかのように屹立きつりつしている。


「マジでここ、天国じゃん」


 花恋が向かった先は――インターネットカフェだった。

 いわゆるネカフェ。


 初のご利用なのである。


 ――市内に実家がある彼女が、これ系の店を使うべき機会はほとんどなかった。


 クラスメイトがネカフェにカラオケをしに行ったとか、パーティルームに集まって人狼じんろうゲームをやったとか、そういう話を聞いたことがあっても、何故なぜか彼女のコミュニティにはえんがなかったのだ。


 そもそも、映画館もそうだが外の施設を一人で使うようなことは図書館くらいしかなかったので、花恋は入店時、どきどきそわそわと非常に緊張していた。


 ……それが今や、このくつろかたである。


 モニターには、食事メニューが表示されている。

 ファミレス並みとまでは言わないが、割と近い品数しなかずだ。

 どちらかと言うと、ジャンキーなものが中心のラインナップ。


「まあ今日は、このあと居酒屋に行くから食べられないけど、いつかチャレンジしてもいいかも。それに、注文しなくても十分じゅうぶんお腹を満たせそうだし」


 花恋はドリンクコーナーに飲み物を取りに行った時、思わず嬉しさで飛び上がりそうになった。


 欣喜雀躍きんきじゃくやくというやつである。


 ファミレスにもあるソフトドリンクやコーヒー、緑茶紅茶類はもちろん、お吸い物や中華スープ、味噌汁まであるのだ。


 そして、一番彼女が驚いたのが――ソフトクリーム食べ放題である。

 普通に食べたら一つ三百円はくだらない代物しろもの


 正直、自分の目を疑い、店員さんに確認した方が……とも思ったが、他の客がやってきて勝手ににゅるにゅると巻き始め、仕上げにキャラメルシロップとチョコレートシロップをたっぷりとかけていったのを見て、真似をしてみた。


 その結果出来たのが、モニターの前にでんと鎮座ちんざしている作品なのだ。


 しかもこれを、何度でも作って食べてもいいとか――ふいに花恋は店の経営状態が心配になってしまった。


(うーん、もうちょっと紅茶寄りにしてみようかな)


 彼女のオリジナルドリンク「ミルティス」は、文字通り(?)ミルクティーとカル○スをブレンドしたものである。


 気分によって紅茶多めだったり、カ○ピス多めだったりするのだが、彼女なりのこだわりはちゃんと牛乳ミルクを使うこと。


 残念ながらネカフェで牛乳が飲み放題と言うのは聞いたことがないので、そこは妥協だきょうするしかなかった。


(……! 牛乳がないなら、代わりのものを使えばいいじゃん!)


 そしてこのあと、花恋は「ミルティスフロート」という新たなオリジナルドリンクを作り出すに至る。


(おまけに映画やドラマ、テレビも観られるわ、ゲームも出来るわ、カラオケもダーツもビリヤードも出来るわ、モーニングは無料だわ、シャワーまで浴びられるとか……)


 もう住めるじゃん!――と彼女は心の中で叫んだ。


 そして、実際に住んでいる方々かたがたが存在することを知らない程度には、花恋は世間知らずだった。


 その後、彼女は読みたかったけど買うのはちょっと、と思っていたマンガを見つけて読みあさり、何杯目かのソフトクリームを頬張ほおばり、冷えたお腹を温めるためにホットコーヒーやみそ汁を飲むなどして、ネカフェを大いに漫喫まんきつ――いや、満喫まんきつしたのだった。


    ◇


「ね、すごいでしょ? インターネットカフェって」

「ああ、すげえよな。ネカフェはよう」

「ホントにすごいと思うよ、僕もさあ」

「……」

「……」

「……」

「えーっとその――――――ごめんなさい……」


 花恋かれんはぺこりと頭を下げた。


 彼女の正面には、すでにさんざんんで食べて、すっかり出来上がったじん慶太郎けいたろうが腕を組んでむっすりとしている。


 時刻は午後八時半・・・・・


 何と花恋は、ネカフェをエンジョイし過ぎたせいで、すっかり眠り込んでしまったのだ。


 空調が効いて涼しかったとか、シートが快適過ぎたとか、スマホをマナーモードにしてたのがまずかったとか、彼女としてはいろいろ言い訳をしたかったのだが、とにかく寝坊に気付いてあおくなった花恋は、急いで待ち合わせ場所に「スージー」を走らせたのだった。


「でもね私、寝坊に気付いた時一番ヤバいと思ったのが、料金なんだよね」


 当初の予定を三時間以上オーバーしたことに気付いた花恋は、そく財布の心配をした。


 五千円くらい取られちゃうかなーちょっと痛いなー……と、恐る恐る会計に向かった彼女に告げられた金額は、何と千円にも満たなかったのである。


 何かの間違いかと思って店員にたずねたところ、「一番お得なパック料金に自動的に切り替わります」と説明されたのだ。


「ね、ね、ヤバくない? インターネットカフェ」

「一番ヤバいの、そこですか……南雲さん」

「僕は遅刻の方がヤバいと思いますよ、南雲さん」

「敬語やめて!」


 花恋は両手で顔をおおった。


「ほんっとーにごめん。ごめんね?」


 ちら。


 迅と慶太郎は、赤ら顔を見合わせる。


「……まあ、いいけどな」

「僕も……いいけどさ」


(ちょろ過ぎ)


 と思うほど、花恋の性格は悪くない。

 二人が許してくれたことに心底ほっとする。


「南雲さん、何か注文したら? ネカフェで食べたりしてないんでしょ?」

「うーん……正直ちょっとお腹がたぷたぷしてるんだよね」

「どうせあれだろ? ソフトクリーム喰いまくったとか」

「ぎく」

「冷えたお腹をホットドリンクとかであっためたりしたとか?」

「な、何で分かんのよ」

「ま、誰でも一度は通る道だしな」

「そうそう」

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