第一章 第16話 マルタイ

 ぴこぴこ。


 FINEファインの着信音が鳴った。


「おっと、動きありね。なになに?」


 花恋かれんは大学にほど近いコンビニの駐車場で、スクーターにまたがったままスマホの画面を確認した。


 愛車のフロントグリルには、がおーと立ち上がったライオンのエンブレムが、真夏の太陽に光っている。


 あるプログラミング言語のWEBアプリのフレームワークと同じ名を持つ、チョコレート色をした125ccのスクーターだ。


 愛称は「スージー」。


『マルタイ、今駐輪場に向かいました』

「まったく」


 花恋は「了解」と返信しながら苦笑した。


「何がマルタイよ。東郷とうごう君てば、ぎゃーぎゃー言ってたくせにノリノリじゃないの」


    ※※※


 檜山ひやま讃羅良さららから意味深長しんちょうな言葉を投げかけられ、「花恋とゆかいな仲間たち」という探偵団らしきものが結成された翌日。


 団のメンバーである小田巻おだまきじん南雲なぐも花恋、東郷慶太郎けいたろうの三人は、再び静岡あおい大学の第一学生食堂に集まっていた。


「ほいよ、これ調べたて・檜山さんが履修りしゅうしてる講義・試験日程ね」

「……仕事早すぎないか? 迅」

「さすが小田巻君ね。どれどれ?」


 テーブルの上に置かれた紙には、讃羅良の受けている講義はおろか、その試験日程や試験会場、一緒に試験を受けるであろう仲の良い友人数名の名前までもが、ぴっしりと書き込まれている。


「……小田巻君」

「ん?」

「お願いしといてなんだけどさ、これどうやって調べたの……?」

「友達に頼んだら、まとめてきてくれた」

「昨日の今日で?」

「ああ」

「それって……私たちの知ってる人?」

「いや? 知らんと思うけど」

「……マジ?」

「ああ……ん? 何かマズかったか?」

「そんなことないけどさ、何か……有能過ぎて怖いって言うか」

「怖いって……普通の女の子だぜ?」

「あっそうふんっ! こんなのほっといて計画立てよ? 東郷君!」

「……何なの?」

「まあまあ」


 弱り切った顔の迅をなぐさめる慶太郎。


(マジで上野原さんがいないと、僕がなだめ役なんだな……)


「とりあえず迅のおかげで何とかなりそうだね」

「慶太郎~」

「ふん。いいから話を進めるわよ!」


 迅が調達してきた資料によると、最短で試験二日目の午後に全員の予定が合うと判明した。


 早速、役割分担に入る三人。


「まず追跡ついせき係だけど、これは私しかいないと思う」

「え? 何で?」

「小田巻君も東郷君も、原付げんつきでしょ? 檜山さんが乗ってるの、普通のバイクじゃん」

「んー、そうかも知れねえけど、街乗りならチギられたり・・・・・・しねえんじゃねえの?」

「まあ……法定速度的に考えれば、南雲さんが適任だと思うよ」


 花恋の「スージー」は125ccなのである。


「そっか。じゃあ南雲さんの『スムージー』に任せるか」

「スージーだって何回言わせんの? 小田巻君」

「え? だって『チョコレートスムージー』からつけたんだろ?」

「そうだけど!」

「じゃあスムージーでいいんじゃね?」

「スージーなの!」

「ねえ……先に進めない? 話」


 やれやれ、と慶太郎が頭を振る。

 こういうやりとりも、いつもの風景ではあるのだ。


 ただ……玲がいないことだけが違う。


(ホント、上野原さんには生きてて欲しい。心の底から)


 迅は玲に、花恋は迅に、そして慶太郎は……。


 ――先のことなんて、何も分からない。


 それでも、まずは玲が帰って来て、いつもの四人に戻ってからじゃないと、きっと何も進まない――そんな風に慶太郎には思えた。


「追跡係が南雲さんに決まったとして、僕と迅はどうするの?」

「小田巻君は……引き続き書類的な調査ね」

「はあ?」

「何だか頼もしい情報源の女子・・もいるみたいだし」

「ははーん」

「何よ」

「もしかして、南雲さんヤキモチ焼いてんのかあ?」

「なっ、何で私が小田巻君にヤキモチなんか……」


(駄目だ……これじゃちーっとも話が進まない)


「僕も、迅は裏方うらかた的に動いてもらった方がいいと思う」

「えっ」

「えっ」


「迅はね、多分目立ちすぎると思うんだ。背も高いし、顔も濃いし、見た目だけで言えば相当なイケメンだからね」


「お、おいどうした、慶太郎」


「檜山って苗字みょうじのこととか、あの子の理学部の友達とか、直接顔を合わせないで得られる情報を出来るだけたくさん集めて欲しい」


「……」

「もちろん変にぎ回って、檜山さんに怪しまれないように気を付けてよ?」

「……」

「僕は、迅ほどは目立たないと思うから、連絡係をやるよ」

「れ、連絡係?」


「そう。僕が彼女に気付かれないようにあとをつけて、タイミングを見はからってFINEファインで連絡するから、南雲さんは途中のコンビニで待機しててよ」


「ど、どうしてそんな面倒なことを?」

「駐輪場から追い始めると、バレやすいように思うから」

「な、なるほど……」

「あとね、追跡って言っても家までついていったら駄目だよ?」

「そ、そうなの?」


「尾行してたってバレちゃうじゃんか。とにかく今回は檜山さんには分からないようにやるんだから、南雲さん自身が目立ちそうな状況になったら、そこでおしまい。いい?」


「わ、分かった……」


 怒涛どとうの勢いでてきぱきと指示を出す慶太郎に、呆気あっけにとられたままの迅と花恋。


「あと『慶太郎とゆかいな仲間たち』に名前変えるから。いい? 二号・・

「それはだめーー!!」


    ※※※


 ――とまあ、こんな経緯いきさつがあったのだ。


 花恋かれん慶太郎けいたろうとのやり取りを終えると、「スージー」の右側のフロントストレージをひらき、スマホをセットした。


 走行中に充電するために、シガーソケットからUSB経由でケーブルをつなぐ。


 メインストレージからジェッペルを取り出してすっぽりとかぶり、ゴーグルを装着……それからエンジンを始動。


 なるべく大学側から目立たない場所に移動して、そのまま待機する。


 ――待つこと五分。


 物陰からそっと顔をのぞかせた花恋の目に、バイク本体もヘルメットも真っ黒な檜山ひやま讃羅良さららが走ってくる姿がうつった。


 ヘルメットの下の彼女の顔だけが妙に白く見える。


(来た!)


 花恋は辛抱しんぼう強く待った。


 讃羅良が目の前を通り過ぎたあと、二台の乗用車をはさむ形で上手いこと車線に合流することが出来た。


 そのまま前の車に隠れながらも、見失わないように讃羅良の姿を視界に収めながら、花恋は慎重しんちょうに尾行を始めた。


 通称、地方TV局通りを西に進む。


 ――ちなみに花恋は実家から大学に通っている。


 家は同じS市内ではあるが、オレンジ色のクラブカラーで有名なプロサッカークラブのある区なので、今は反対方向に進んでいる状態だ。


 ――歩道橋を越えたところで右折。

 ここからしばらくは、片道一車線の道路を北上する。


 今のところ、讃羅良マルタイに気付かれてはいない、と花恋は思った。


(住所くらい調べてくればよかったかな。でも、誰に聞けばって話よね)


 仮に住所が判明して、ネットの地図である程度分かったとしても、花恋たちは尾行をやめるつもりはなかった。


 住所が分かったとしても、讃羅良が実際に住んでいるかどうかはまた別の問題だからだ。


 ……大学生にはそういうことが、まれによく・・・ある。


 それに、正体を知るには現地付近である程度の「聞き込み」が必要だとも考えていた。


 はたからすればいささか前のめりが過ぎるようにも見えるかも知れないが、彼らは真剣だった。


 ――片道二車線の広い道路とぶつかった。

 が、讃羅良はそのまま直進するようだ。


(まずいなあ……ちょっと目立っちゃってるかも)


 気付かれてませんように、といのりながら、花恋は少し離れて後を追う。


 道路はJRの高架こうかをくぐり、交通量の多い東海道との交差点に出た。

 讃羅良は左折し、東海道をJRと並走する形でS駅方面に向かうらしい。


 ……花恋はほっとした。


 S駅の前で讃羅良は右折し、右にS城のおほりを見ながら北上する。

 この辺りはS市の中心部と言ってよい場所だ。


 さらに進むと道路に面した住宅の東側に、こんもりとした濃緑色のうりょくしょくもり上部じょうぶが見えてくる。


 通称「浅間せんげんさん」だ。


(そう言えば、パパとママってここで結婚式を挙げたって聞いたなあ)


 血痕……ではなく、結婚。


 ――花恋の胸中きょうちゅうに、背も髪も気づかいも大雑把おおざっぱな男の顔が浮かぶ。


(何よ、あんなやつ)


 思えば大学入学当初から、小田巻おだまきじんは目立っていた。


 見た目からしてそうだが、初対面でも平気でタメぐちで話してくる強者きょうしゃ感が圧倒的で、正直なところ花恋にとってはむしろ近づきがたい人種だった。


(それが……今ではこんなに――あっ!)


 前方の讃羅良が、突然右折した。


 花恋は二車線の左側を走っていたので、すぐには右折の態勢たいせいに移れない。

 後続車がいるからだ。


(もう、私のバカ……こんな時に考え事をするなんて)


 仕方なく一旦いったんスクーターを左に寄せ、停車する。


 車列しゃれつが途切れたのを確かめてから花恋は急いで道路を横断し、讃羅良が曲がった路地ろじに入っていった。


 しかしそこは左右に住宅が迫る、センターラインのない細い道。

 そして、讃羅良の姿も既になかった。


 ダメもとで表札ひょうさつを確かめながらゆっくりと進んでみたが、該当がいとうしそうな家は見当たらない。


(これ以上うろうろ探して、下手へたに見つかってもマズいか……)


 ――南雲さん自身が目立ちそうな状況になったら、そこでおしまい。いい?――


 脳裡のうりに慶太郎の言葉が再生される。


『ごめん、マルタイ、失尾しつび


 ――FINEファインにメッセージを投稿し、花恋は肩を落とすのだった。

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