第一章 第15話 結成

 静岡あおい大学の四年生、小田巻おだまきじん南雲なぐも花恋かれん東郷とうごう慶太郎けいたろうの三人は、仲のいい友人である上野原うえのはられいが突然行方不明になったと知り、非常に落ち込んでいた。


 しかし、ただの大学生である彼らに出来ることは何もなく、講義が終わったあと、大学の学生食堂に集まってただ愚痴ぐちをこぼしあう毎日を過ごしていた。


 ――その日も三人はいつもと同じように、遅めの昼食をとりながら玲のことを話していた。


 そこに、玲の中学時代からの友人と聞く、檜山ひやま讃羅良さららが突然乱入してきた。


 玲がまだいる頃から、讃羅良は突然彼らの輪の中に飛び込んできて、さして親しくもないはずなのに引っき回しては勝手に去っていくということを何度かしていた。


 一時期、偶然に彼女と同じファミリーレストランでアルバイトをしていた慶太郎はともかく、迅と花恋は讃羅良が苦手だった。


 特に、迅のことを憎からず思っている花恋は、その迅にれ馴れしく話しかけ、したしげに振舞う讃羅良のことがはっきり言って好きではなかった。


 そしてその日、いつものように勝手に椅子いすに座り、場をさんざん混ぜっ返したあと、讃羅良は何と、こんな言葉を残して立ち去ったのだ。




 ――玲ちゃん、多分ですけど生きてますよ・・・・・・・・・・・・・・・・・――




 はなしは、彼女さららが立ち去った直後にまでさかのぼる――――


    ◇


「……」

「……」

「……何? 今の……」


 既に讃羅良さららの姿は学食にない。


 三人はお互いの顔を見ながら、なか呆然ぼうぜんとしながらも、彼女が残した言葉を懸命に咀嚼そしゃくしようとしている。


 とは言え、讃羅良は別に難しいことを言ったわけではないのだ。


 ――れいが……生きている・・・・・?――――


 ともあれ、その朗報ろうほうじんたちを喜ばせ――――


「どういうことよ! 一体!」


 ――なかった。


「一体、あの子はどういうつもりであんなこと言ったんだ?」

「こう言っちゃなんだけど、ちょっと不謹慎じゃないかと僕も思った」


 花恋は青筋あおすじを立てて怒っていた。

 目には涙さえ浮かべている。


「信じらんない……何であんな適当てきとーなこと言えんのよ……」


 既に午後三時を過ぎ、学食はそれほど混んではいない。

 それでも、三人の取り乱した姿は人目を引いた。


「とりあえず一旦いったん出ようぜ」


 迅の提案で、彼らは食器を片付け、学食をあとにした。

 途端に彼らの身体を熱気が包む。


あっち……」


 夏の太陽がまだまだ元気にギラつく中、三人は中年ちゅうねん坂を無言でどすどすとりていく。


「それにしてもなあ……」


 そんな中、最初に口を開いたのは慶太郎けいたろうだった。


「確かにあの子ってさー、ちょっと変わってるって言うか、わざと空気を読まないようなとこがあるけどさ」


 どうにもせないという表情。


TPOティーピーオーわきまえてるほうだと思うんだよ。一線いっせんは守るって印象だったのに……」

「まあ俺はお前ほど檜山ひやまさんのこと、知らねえけどさ」


 迅も思案しあん顔で答える。


「ちょっとむっとしちまったのも事実だけど、何つーか……らしくない・・・・・気がするな」

「何よ、あんたたち」


 花恋が口をとがらせる。

 坂をくだり切ると、道路をはさんで駐輪場が広がっている。


「あんな子の肩を持つつもり?」

「肩を持つっつーかさ、らしくない・・・・・ってんだよ」

小田巻おだまき君さっきもそれ言ったじゃない」

南雲なぐもさん、僕思うんだけどね」


 ポケットの中で原付のかぎさぐりながら、慶太郎が言った。


檜山ひやまさん、あれだけ上野原うえのはらさんをしたってて、変に茶化すようなこと、言わないような気がするんだよ」


「じゃあ何? 本当に玲が生きてるってこと?」

「いや、それは僕にも何とも……」

「でもよー、考えてみるとさ」


 腕を組む迅。


「確かに上野原さんが生きてる証拠なんてねえんだけど、死んでるっつー証拠もねえんだよな?」


「う……死んでるとか言わないでよぉ……」


「あっ、ごめんごめん。俺が言いてえのはそういうことじゃなくてさ――何つーか、まだどっちとも決まってるわけじゃねえっつーか……」


「……迅の言う通りかも知れない」


 慶太郎がはたと手を打った。


「僕らすっかり檜山さんの言ったこと、悪質な冗談だって決めつけちゃってたけどさ、考えてみればあの子がわざわざそんなことするメリット、なくないか?」


「単に性格が悪いだけじゃないの?」

「いやいや、そこまでひねくれてないと思うけど」


「じゃあよう、仮にあの子が言ったことが本当だとしてだ――何でそんなこと知ってんだ?」


 むう……と三人とも押し黙る。


「っていうかさ、あの子……何者?」

「慶太郎、お前よく知ってんだろ? バイト仲間だったんだからよ」

「バイト仲間ったって、プライベートまでは知らないよ」


「私思ったんだけど、もし……もしもだよ? 玲が生きてるんだとしたら、それって朗報だよね?」


「そりゃまあ……」


「檜山さんに直接問いただしたいところだけど……さっきの様子を見ると、何かかわされちゃいそうだよね」


「教えてくれないんだったら、こっちで調べるまでよね」

「……へ?」

「まさか……」

「そのまさかよ!」


 花恋が指をぱちりと鳴らした。


「南雲花恋探偵団!」

「……」

「……」


 びしりと迅と慶太郎を指さす花恋に、二人の視線が微妙にからまる。


(いつもながら展開が唐突とうとつすぎる!)


 慶太郎が心の中で叫んだ。


「な、何よ……」

「あのさあ、南雲さん」

「僕たち、一応成人してるんだしさ」

「どういう意味?」


 迅が「マジでこいつ分かってねえの?」と言う表情で、すがるように慶太郎を見た。

 慶太郎は迷惑そうに視線を返すが、大きな溜息ためいきくと言った。


「南雲さんが何を言いたいのかは察したけど、そのネーミングはちょっと、ね」

「探偵団の何が悪いのよ」


「いや……悪いわけじゃないけどさ、何て言うかその、古いと言うかアンティーク調と言うか……」


「馬鹿ね。敢えてそういうの狙ってるんじゃないの。ForTubeフォーチューブにそういう名前の人たちだっているし、最近のアニメにだってあるじゃない」


「僕、そういうのうといから……そうなの? 迅」

「いや、俺もよく知らん」


 正直なところ「南雲花恋探偵団」の何がアウトなのか理解できない花恋だが、困り顔の二人を見て仕方ないとでも言いたげに肩をすくめた。


「じゃ、『花恋とゆかいな仲間たち』で」


 迅は思わず空をあおいだ。


「なあ慶太郎、俺もう降参するわ。南雲さん、俺、ゆかいな仲間一号でよろしく」


「迅、ずるくない? 大体、『○○とゆかいな』系もいい加減手垢てあかのついた表現では……?」


「だからわざわざ狙ってるんだって。そもそもオリジナリティなんて今はどうでもいいの。分かった? 二号」


「はいはい……」


 またたに序列まで決まってしまった。

 慶太郎は嘆息たんそくしながら両手を挙げる。


 大体、いくら日陰とは言え、これ以上アホな問答を続けるには暑すぎる。


(それに……僕だって知りたくないわけじゃない)


「で、要するに僕たち『花恋とゆかいな仲間たち』は何をすればいいわけ?」

「探偵団なら、もちろん調査に決まってるじゃない」

「あれ? 探偵団案はボツじゃなくて?」


 花恋が言うには、「花恋とゆかいな仲間たち」という探偵団らしい。


「とりあえずは、檜山さんが一体何者なのかってとこからね。いい? 早速明日から動くよ!」

「まさかとは思うけど、俺たちずっと檜山さんに張り付くってんじゃねえだろうな」

「――そのつもりだけど?」


 今度こそ二人は頭を抱える。


「いくら僕たち四年生でも、一応もうすぐ前期試験だよ? 檜山さんの履修りしゅう状況とか知ってるの?」


「私は知らないけど、ムダに顔の広い小田巻君なら何とかなるんじゃない?」

「ムダってひどくね? まあ理学部にも友達はいるけどさ」

「じゃあ小田巻君にその辺を探ってもらって、分かり次第しだい始めよ?」

「……」

「……」


 行動力の化身けしんにはかなわない。


 ――迅と慶太郎は、改めてその事実を胸に刻みつけることになった。

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