第一章 第11話 天方理世
兄が行方不明になってから、約半月。
◇
三つ年上――小学六年生――の天方
――勉強を教えてくれる兄。
――
――よく分からないけれど、児童会会長とかになった兄。
――時々友達を連れてきては、はしゃぐ兄。
――理世が混ざろうとしても決して
お
とは言っても、理世は最初から兄のことを好きなわけではなかった。
聖斗の方でも、自分と距離を取りたがっているように感じる妹のことを、積極的に構おうとはしなかった。
――理世が幼稚園の年長組だった頃。
その日はどういう
母親の手当てを受けてやっと泣き
再びべそをかき始める理世を尻目にそっと出掛けて行った兄は、一時間後、泥
――その手に、理世の大事な髪留めを持って。
恐らく転んだ時に、何かの
それに気付いて
しかし、いくら男とは言えさすがに小学三年生の子どもが、泥やら何やらで
周囲を見回して、三十メートルほど先にふたのない部分があるのを見つけた聖斗は、そこから
――ありがちな話、なのかも知れない。
しかし
彼女にとっては、オンリーワンのエピソードなのだ。
理世が兄に
◇
「お兄ちゃん……」
午後九時を少し過ぎた頃。
前髪は右斜めに流し、お気に入りの
清潔感を感じさせる
そして
通学時間三十秒。
――――半月ほど前、天方家は大事な息子を失った。
当日は集団下校の日だった。
その日、
何しろ兄は児童会会長でもあり、通学区リーダーでもあるのだ。
注意事項を話したり、
彼は間違いなく、そこにいた。
さようなら――と、通学区担当教師である
聖斗と理世の家はすぐそこなので、二人はいつものように
ただいまー、という聖斗の元気な声を聞いたところまでは、理世も覚えている。
まさかそれが、兄の声を聞いた最後になってしまうとは――――。
「お兄ちゃん……」
――天方理世は、泣いていた。
部屋の窓をからからと
真夏の
学校がこんなになってしまったので、今は隣の学区にある三原小学校に通っている理世。
そう。
昼間はまだいいのだ。
新しい環境と新しい友達の存在が、
でも、夜になるとどうしても思い出してしまう。
実際、理世ばかりでなく、彼女の両親も
二週間以上
――そう言えば、と理世は思い出した。
同じクラスに、途中から転入してきたクラスメイトがいたことを。
詳しいことは彼女にも分からなかったが、とにかく人前で話すことが一切出来ないという子だった。
そんなわけで理世は一度も話した事がなく、一緒に何かした記憶もない。
(何だっけ……
聞くところによると、兄だけではなくその子も行方不明だと言う。
(
「どこ行っちゃったの……」
窓辺にもたれかかりながら、理世は
「…………ん?」
何かが……視界の
学校の敷地は、もちろん普段から
しかし、今回の事件で異変が西側の道路――つまり理世の家の前の通りにまで広がっており、そこには
現場は民家の
――理世は窓から身体を乗り出した。
(あの辺だったと思うけど……あっ!)
何か黒いものが現れたように見えた。
「お母さん、お母さーーん!」
大
ここのところずっと静かだった天方家の夜は、急に騒がしいものになり始める。
「お母さん! お母さん!」
「なーにー? どうしたのー?」
若干
洗い物をしていたのか、まだ帰宅しない夫の晩御飯の用意をしていたのか、エプロンで手を
――天方さくら。
専業主婦として、この家の家事一切を取り仕切っている。
長い髪を後ろで無造作に
非常におっとりとした性格の彼女は、滅多に声を
実際、理世も母親が
そう――つい最近までは。
一週間ほど前、消失事件の現場である、目の前の小学校。
そこに花束や飲み物などが置かれていたのだ。
悲惨な死亡事故などが起こった場所で、たまに見かける光景である。
恐らく置いた人に悪気はなかっただろう。
しかし、さくらはそれを見て「
彼女は家の中に
そして再び家の中に戻ると、無言のままそれらを
花束を
――しかし彼女は、さくらが時折肩を大きく
その瞬間、怖いなどという気持ちは吹き飛んでしまい、理世は声を上げて泣き出した。
そのままさくらに駆け寄り、彼女の足に取り
驚いて振り向くさくら。
そして、わんわんと泣き声を上げ続ける娘の頭を、母親は優しく
――と言っても今、ぱたぱたとスリッパの音を立てる彼女からは、そのような激情の
「お母さん!」
階段を
さくらは、首を
「ちょっと来て! ちょっと!」
理世はさくらの手を引き、玄関へと向かおうとする。
「ちょっと待って理世、お母さんこんな
「いいから! 早く来て!」
さっさと靴を
事件から半月経った今でも、昼の間は現場周辺を訪れる人が
自分の姿を誰かに見られる心配はなさそう――歩きながらほっとする彼女の視線の先を、理世は駆けていく。
そして、何ら
「ちょっと、理世――ひっ!」
暗闇の中、突然しゃがんだ娘を見たさくらは、息を
――――理世の
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