第一章 第08話 檜山大海人
静岡
彼女は未確認ではあるが、誰も知らないはずの情報を三人にさらりと伝えると、するりとその場を去った。
◇
(ちょっとサービスし過ぎちゃったかな? でもいいよね)
「
左側に立ち並ぶ自動販売機を見てしばし悩んだ
歩きながらキャップを
「ふーっ、
そのまま
そこで彼女を待つのは――――「
全体的にマットなブラックの中で、くすんだ青みがかったパールカデットグレーのタンクの色合いが
讃羅良はアーミーデザインのジェッペルを
色はこれまたマットブラックで、サイドに「トの字」で出来たバツ
これを
ただし……バツ印の意味するものは警棒ではなく、トンファ―なのだが。
メインスイッチにキーを差し込み、ONにする。
キュイーンという音を聞きながら、讃羅良はスタータースイッチを押した。
モーター音の
「さーて、帰ろっかな」
そう言って、讃羅良はシートに
ハンドルが若干遠い感じはするが、手足の長い讃羅良には何てこともない。
スロットルを
――東名高速道路の
ローカルTV局の名のついた通りを
S駅北口のメイン通りを進む。
途中でお
――目の前には重厚な門が
讃羅良はポケットからスマホを取り出して操作をすると、見るからに
横に「
◇
――
そして――檜山流
門をくぐり、自宅の駐車スペースに到着すると、
道場の入り口には、ちびっ子たちやその保護者たちが何人もたむろしている。
どうやら、まだ玄関が
(そう言えば、今日は初級部のある日だっけ)
彼らは讃羅良に気が付くと、
讃羅良も同じ姿勢で挨拶を返す。
「あれ、
「はい、
保護者の一人が答える。
「大海人師範代からは、あと
「もう……何やってんだか、あいつ」
讃羅良は首を
スマホを見ると、練習開始時刻まであと十五分。
とっくに玄関を
「いいよ。私が開けるから中に入っててね」
「ありがとうございます」
ポケットの中のキーホルダーから手探りで目的の鍵を探し当てると、讃羅良は道場の玄関を開けて、練習生たちに入るよう
そして、自分は自宅の方の玄関に回る。
「ただいまー」
「おかえりー」
靴を
「お母さん、道場の玄関
「あらまあ」
糸のような細い目でおっとりと言うのは、讃羅良の母親である檜山
「大海人はどうしたのかしら」
「一応、待っててくれって連絡はしたらしいけどね」
「お父さんに呼ばれているのかしらね」
「どうだろ……とりあえず私が
「そうだと思うわ」
「分かった。ちょっと行ってみるね」
讃羅良は二階に上がると、自室に荷物を置いた。
そして、父親の部屋を訪れようと廊下に出たところで、
「おかえり、姉さん」
「ただいま大海人。玄関は私が開けといたよ」
「そっか。ありがとう」
――檜山
讃羅良と大海人は
つまり、二人とも二十一歳。
彼は讃羅良のように大学進学はせず、高校を卒業した後は実家の道場の運営に専念することを選んだ。
「そうだ、姉さん」
「ん?」
「父さんが、
「今から行こうと思ってたんだけど……」
「一時間半だけ、仮眠を取るってさ」
「ああ……そう言えばゆうべは徹夜してたみたいだしね、分かった」
「午後十時だよ。あと
「了解」
讃羅良はくるりと
彼女は部屋の中の熱気に思わず顔を
そのまま着替えもせずにベッドに倒れ込み、
「玲ちゃん……」
◇
そして午後十時。
一階の
――八畳ほどの部屋の中央には座卓が置かれ、いわゆる
その
掛け軸には何を表しているのかよく分からない図絵が
実は、これはレプリカらしい。
相当に古いものなので、本物は
讃羅良の父親――檜山
現在の檜山家の
そして、讃羅良と大海人の
必要なことはきちんと話すし、特段高圧的でもないのだが、恐らく黙っていようと思えば一週間でも
ある時、二人が恋愛結婚だったと
しかも母親である睦美の方からモーションをかけたとか……。
――強い男が好きな讃羅良は父親を尊敬しているが、光展のようなだんまり
失礼な物言いではあっても、当時の
(
そして……讃羅良の正面に座る双子の弟――
「二人とも、ご苦労」
「はい」
「はい」
父親の
「
光展は用件を一気に言い切って、そのまま押し黙った。
いつものパターンだ。
「父さん、
「ああ」
大海人が真面目くさった顔で光展に問う。
我が弟ながら、全く堅苦しく育ったもんだと、讃羅良は改めて思った。
――思春期の男子が興味ありそうなことに
修行の中には、人体構造や薬学等の医学に通じる学問も当然含まれる。
それらは讃羅良も
全くゲームをやらないとかマンガを読まないわけではないが、
……ちなみに大海人のそうしたストイックな姿勢は、両親から強制されたものではない。
讃羅良の髪色は言ってみれば明るい茶髪だが、その
「父さん。この臨時会議は、先週起きたN市の事件と関係がありますか?」
「ある」
即答である。
光展らしく、余計な前置きも修飾もない。
「分かりました」
「私もいい? 父さん」
「ああ」
「
「……それは分からん」
「父さんはどう思ってるの?」
「信じ
「分かった、ありがと」
そう言うと、讃羅良は目の前の紙を裏返した。
見ると、大海人の紙もいつの間にか裏側を見せていた。
「二人とも記憶したようだな。話は以上。シミュレーションは念入りにしておくように」
「はい」
「はい」
讃羅良と大海人は立ち上がった。
「父さん、おやすみ」
「おやすみなさい、父さん」
「ああ、おやすみ」
就寝の挨拶を返した光展の
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