第二部 テリウス
第一章 残された者たち
第一章 第01話 黒瀬和馬
――時は、
◇
それは、小さな違和感だった。
壁の
どうやら彼も何かを感じたようで、本を手にしたままきょろきょろと周囲を見回している。
――――――
――――
――
……それからしばらくして、何ともおかしな感覚はすっと消え去った。
息子もいつの間にか読書に戻っている。
――しかし、彼女は思った。
調べなくては、と。
◇
現場は
……何しろ、小学校校舎の西側がまるっとなくなっていたからである。
当日出張から戻った事務職員の話を総合すると、消えていたのは職員室を中心にした、半径十五メートル程度の球状の範囲に存在した物体全て。
東側は中央
南側はグラウンドの一部、北側は駐車場のほとんどに至るまで。
そして上は、一階と二階はもちろんのこと、三階に存在したはずの六年生の教室や家庭科室、多目的室まで綺麗さっぱり消え去ってしていたのだ。
そして、更に不可解だったのは……職員室があったと
――――
当時、学校周辺にいた人は相当数いたため、消失時の様子については
曰く、時間にして十秒ほど、その白い光は輝きを
曰く、突然光が収まり、今見えているような景色に
多くの目撃者たちは、
我に返ったその中の一人が、
当然のことながら、目撃した人たちは現場に
一部の冷静な者たちは、危険だから近寄らない方いいと声を上げていたが、目の前で起きたあまりにも現実離れした現象という誘惑には、ほとんどの者が無力であった。
学校の
中に入るのは、簡単だった。
異変のあった場所に集まった人たちは、ある者は恐る恐る、ある者は大胆に校舎にまで近づいた。
通常では決して見ることのない、廊下の向こうの
そこで撮影された静画や動画はすぐにSNSを通じて拡散され、
◇
「ただいまー」
………………。
――
「ふん……知ってるさ、くそ……」
背中でかちゃりとドアが閉まる音が聞こえる。
男は
(ちょっと
「あ……」
思わず彼はしゃがみ込み、お互い
「くっ……」
ぽたりと、靴の
それは、足が疲れやすいとぼやく彼の為に、彼の妻がいつの間にか
そのまま、男――
☆
「ふう……」
あの後シャワーを浴び、好物の冷えたグレープフルーツジュースをコップ一杯、一気に
と言っても、彼はここ一週間ほど毎日似たような生活をしている。
ここは和馬と、彼の妻である黒瀬
結婚と同時に、新居として借りた部屋である。
和馬は
ピッ。
しばらくすると、エアコンから涼しい風が
朝から夜まで無人の部屋に
彼は別のリモコンに手を伸ばし、正面の液晶テレビに向かってボタンを押した。
「それでは、次のトピックです」
見慣れたニュースキャスターの
ぼんやりとそれを
「今、日本中、いえ、世界中の注目を集めている、不可思議な事件。今岡小学校消失事件についてです。本日午後六時、静岡県N市の〇〇〇〇〇〇において、事件の関係者のご家族たちに対する説明会が行われました」
「はっ」
思わず
(何つータイミングだよ……。オレはそこから帰ってきたんだってのに)
和馬は今日、職場である三原小学校を定時で上がり、今まさに
学校で何らかの事件や不祥事が起こると、たいていの場合はその学校で保護者会なんかが開かれるものだ。
そこで事件のあらましや今後の対応、質疑応答とかがされるわけだが、今回の事件の場合はそもそも学校側のほぼ全員が行方不明。
わずかに二人だけ、事件発生時に他校へ出張していた事務職員だけが残ったらしい。
彼らだって、当然のことながら事件については何も知らない。
聞けばその事務職員は、出張後に理由は分からないが直帰せず、学校に戻って
(そりゃそうだろうさ……)
自分だって、今でも信じられないでいるのだから。
(建物がぴかーって光って、その部分がごっそりなくなってたとか、何だそりゃって感じだよな。馬鹿馬鹿しいにもほどがある)
しかし実際、いつものように一緒に食卓を囲んだり、食後のDVD鑑賞を楽しんだりしているはずの真白はいない。
「説明会では、今回事件に巻き込まれたと思われる方々の実名が公表されました」
「公開捜査ということでしょうかね」
「事件性があり、緊急性も高いと判断されたものと思われます」
(事件、ね……)
番組の中でも視聴者提供とされる動画が何度も何度も、しつこいぐらいに繰り返し再生されている。
確かに、これを見ればどれだけ
しかも。
この番組で紹介されている動画はこの一種類だけのようだが、SNS上では違う人物が撮影したいくつもの動画や写真がアップされているのだ。
もう、現実を認めるしかない。
少なくとも、最愛の妻がいないと言う現実だけは。
(そんなことは……分かってるんだけどさ)
「小学校の一部が、何かにぱくりと食べられたように消失しているという、この不可思議な事件について、いろいろな考察がされているようです」
「よく分からないことの一つが、地面の様子なんですね。草が一面に生えているとのことですが……」
「それについては、こちらの動画をご覧ください」
画面が切り替わり、
視聴者提供とまたしてもテロップが出ているので、ドローンか何かから空撮したものだろうか。
現場にはバリケードテープが張り
「こうして上空から見るとよく分かりますね。消えた校舎の部分の地面が、きれいな緑の円を
「何だか、こんなことを言うと『お前バカか?』とお
コメンテイターの一人の男性が、おずおずとした感じで口を開いた。
「校舎の一部とその地面の部分が、まるっとどこかと入れ替わったように見えませんか?」
「今お叱りを、とおっしゃいましたが、実際にそのように考えている方々が相当数いらっしゃるようなんですよ」
「その辺りのことについて、今日開かれた説明会で何か言及があったんですかね」
「事実には触れたようですが、説明などはなかったようです」
(説明なんて、しようがないだろうよ)
和馬は、ほんの一時間前に終わった説明会の様子を思い出す――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます