第七章 第30話 小刀の話

 山吹やまぶき葉澄はずみは今、山風さんぷう亭の一室にいる。


 サブリナも一緒だ。


 ――あれから、まず山吹は今夜泊まるための部屋を取った。


 そして食堂で夕飯を食べた。

 昼食を取らずに歩き通しだった彼女は、腹がぺこぺこにいていたのだ。


 山吹に声を掛けた謎の人物は、店がいち段落してから自室まで来るように山吹とリィナに告げた。


 サブリナ――リィナは客足きゃくあしが落ち着いて、父親であるペルオーラに許可をもらってから山吹の部屋をたずねた。


 仮眠を取っていた山吹を起こし、二人でくだんの部屋をおとずれたのだ。


 謎の人物は椅子に座り、二人はベッドに腰かけている。


 山吹は目の前の女性・・をじっと見た。


 ――見たことがある。


 確か……学校訪問に来た一団いちだんの中にいた人。


 流れるような美しい金髪に、紺碧こんぺきひとみ

 まぎれもなく、エレディール人だ。


「さて、どこから話そうか……」


 しかしその人物の口から流れてきたのはエレディール共通語ではなく、ネイティブと間違えそうなほど流暢りゅうちょう日本語・・・だった。


 リィナが先に口を開いた。


「エリィナさん」

「何だい?」

「私も一緒に聞いても、いいんですか?」

「ああ。君も知りたいんだろう? いつか機会があったら、と以前言ったからな」


 このやり取りは、エレディール共通語だ。


 山吹には訳が分からなかった。

 何者なの、この人。

 リィナとは顔見知りみたいだけど。


「そちらのかたが早く話を聞かせろと言いたげなので、まずは自己紹介をしよう。一度お会いしたことはあると思うが、私はアウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスと言う。親しい者はそこの娘のようにエリィナと呼ぶがね、山吹葉澄はずみさん」


 名前を呼ばれて、飛び上がりそうになる山吹。

 しかも「さん」という敬称けいしょうをつけて。

 どうしてこの人はここまで日本語に精通しているのか。


「は、はい。すでにご存知ぞんじのようですが、私は山吹葉澄と申します」

「エリィナさんって、アウレリィナさんなんですね。ただのエリィナさんだとばかり」

「君に名乗ったことはなかったかな?」

「ありましたっけ……? すみません、忘れちゃいました」


 この子が日本人なら「てへ」とか言いそうね、と山吹は思った。


 エリィナは必要がありそうな場面では、日本語とエレディール共通語の両方で話してくれるのだ。


 この上ない丁重ていちょうな対応だ。


「それでは本題に入ろう。まずは昨夜さくや、私がいない間に起こったことからだな」


    ☆


「そんな……」


 八乙女やおとめさんと瑠奈るなちゃんが、命を狙われた……?

 しかも、あのオズワルコスさんの関係者に?


 リィナもショックで肩がふるえている。

 無理もない。


「ほぼ間違いない。そしてそのような依頼を出したのは、日本人のかがみという男だ」


 鏡さんが……?


 追放で済ませて平気だったのは、どのみちこうやって殺すつもりだったから……?


 でも、一体どうして?


「どうしてカガミはそんなひどいことを?」

「八乙女涼介りょうすけが、秘密を知ったからだ」

秘密イロス?」

「ああ」


 リィナの質問に答えるエリィナの表情に、かげが差した。


「そこに関しては、私も少なからず責任を感じている」

「責任って……? それは、どう言うことなんですか?」

「その秘密とは、そもそも私が朝霧あさぎり彰吾しょうごに話したものだからだ」

「ええっ! 校長先生にですか!?」

「ああ」


 ひたいに手を当てるエリィナ。


「私は、あなた方日本人の指導者である朝霧に、この世界に転移してきた秘密を話した。きっとあなた方が知りたいことであっただろうから」


「……」


「朝霧に与えた情報をどう使うかは、彼にゆだねた。何故なぜなら、そこに鏡が関わっているからだ」


「! 鏡さんが、転移に関わっていた……?」


「そうだ。元凶げんきょうと言っていいだろう。恐らく事実をそのまま皆に話すわけにはいくまい。私としては、上手に時機じきはかってしかるべき時に周知して欲しかったのだが……朝霧にとっては重すぎる話だったようだ。学校を訪問した時にも、困っていると言われたよ」


「それで校長先生は、あんなに悩んで……」


「そうだ。これについては申し訳なく思う。まさか彼があのような目にうことなるとは――私の見通しが甘かったと言わざるを得ない。この通りだ」


 エリィナが小さく頭をげる。

 山吹はそれを押しとどめた。


「エリィナさんのせいではありません。あなたは親切で教えてくださった。あなたのおっしゃる通りなら、悪いのは鏡です」


「そう言ってもらえると、少しは気が楽になる」


 小さく溜息ためいきくエリィナ。


「つまり、鏡さん――もう呼び捨てでいいですね――鏡が自身の秘密を知った校長先生と八乙女さんを殺して口封じしようとした、ということですね」


おおむねそんなところだろうと思う」


「ですけど、どうしてオズワルコスさんが八乙女さんを?」


「その狙いはまだはっきりとしていないが、鏡とオズワルコスは現在、協力関係にあるようなのだ」


 言われてみれば……。


 山吹はここ最近、開拓班が妙に外に出ることが多かったことに思い当たった。

 外交班を通さずにあれこれ交渉を進めていたことにも。


「確かにその話には心当たりがあります……」

「エリィナさん、本当にオズワルコス先生がそんなことを?」


 リィナが泣きそうな表情でエリィナに問い掛ける。


「残念だが本当のことだ、リィナ。君には衝撃が大きすぎる話かも知れないがね。今回は表立って動いたわけではないにしろ、うしろで糸を引いているのは奴だ。奴は――」


 エリィナは、いったん言葉を区切ってから続けた。


「奴は――『レアリウス祖の地よとこしえに』なのだよ」


「レアリウス……?」


「聞き覚えがないのなら、そのまま知らなくていい」


「そうですか……」


「さて」


 エリィナが足を組み直して言った。


「これで大体のことは話せただろう。問題は今後のことだが……山吹、あなたはこれからどうするつもりだ?」


「追います。八乙女さんたちを」


 山吹は即答した。


「二人はオーゼリアというところに向かったんですよね? 私もそこに行きます」


「行ってどうする」


「私には……八乙女さんに会って、どうしても言わなきゃならないことがあるんです。それをしないうちは、死んでも死にきれないんです」


「なるほど……」


「あの!」


 リィナが声を上げる。


「どうした?」

「あの……私も、一緒に行ってはダメでしょうか……?」

「ええっ!?」

「私も、はずみとオーゼリアに行きたいんです!」


 ――教師をやっていると、子どもからこういうたぐいの願いを聞かされることがままある。


 教師に限らず、子を持つ親なら誰しもが経験のあることだろう。


 この場合、日本のケースに例えるなら中高生が言う「〇〇に海外留学したい!」みたいなところだろうか。


「私、ずっと思ってたんです。町の外が見たいって。この町も好きだけど、お客さんの話を聞いているとエレディールにはいろんなところがあって、それを見ないままここで一生を終えるなんて、絶対に嫌だって」


「ま、まあ気持ちはよく分かるけど……」


「だから、前にはエリィナさんのあとをつけたりしちゃいましたし……」


「確かに、そんなこともあったな」


「でも、エリィナさんには悪いけど、やってよかったって今でも思ってます。お蔭でりょーすけやはずみたちと知り合えたし、領主様ゼーレたちとご飯ミル食べたりお話できたりもしたし」


「まあ、なかなかに得難えがたい経験ではあろうな」


「それに」


 リィナは少し目を伏せた。


「りょーすけと初めて会った時から、ずっと感じてることがあるんです」


「え? ちょっと、何を?」


「この人が、私を知らないところへ連れて行ってくれるって。新しいヴラットを開いてくれるんだって」


「……」


お父さんダァダお母さんマァマは、きっと私が説得します。だからお願いです! 私を一緒に連れて行ってください!」


 そう言ってリィナは山吹に向かって、深々ふかぶかと頭を下げる。

 山吹は何と言っていいか分からず、思わずエリィナの顔を見る。


「私を見てもしょうがないぞ」


「分かってますよ。分かってますけど、どうしたらいいんですか?」


「そも、あなたは彼女を連れていく気があるのか?」


「そんなこと突然言われても……何があるか分からないし、面倒見られるか分からないし……大体、エレディールのこと、あまり知らないから不安しかないですよ……」


「それなら! 私ははずみよりはここのことは知ってるよ! だから少しは役に立てるだろうし、足手まといにならないように頑張るから!」


「うーん……」


 エリィナがぽんと手を叩いた。


「いずれにせよ、まずはご両親オビウスに相談すべきだろうな。話はそれからだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る