第七章 第31話 追跡行の始まり

 と言うわけで、場所は山風さんぷう亭の食堂ピルミルに。


 サブリナの決心を突然聞かされたペルオーラは、ちょうど客がはけたのをいいことに店を早仕舞じまいし、母親のテレシーグリッドを加えて五人でたくかこむことになった。


 娘の熱弁を黙って聞くダードレマードレ

 ひとしきり話し終わるとリィナは立ち上がり、両親に向かって頭を下げた。


「お願いします! わがままを言ってるのは分かってるけど、行かせてください!」


「……」

「……」


 両親が黙っている間、リィナも頭を下げ続ける。

 何となくはらはらしながら様子を見守る山吹。

 アウレリィナの表情からは、何を考えているのか読めない。


 そしてたっぷり三十秒ほどち――


「……いいぞ」


 ペルオーラがぽつりと言う。


「……仕方ないわね」


 テレシーグリッドも溜息ためいきを吐きながら、諦めたように言った。


「えええっ!?」

「え……?」


 まさかの保護者承諾しょうだく


 断られた時のなぐさめ方を考えていた山吹は、正反対の結果にあわてふためく。


 頭を上げたリィナも、ぽかんとほうけている。


「正直な、いつかこういう時が来るんじゃないかって思ってたよ」


好奇心ヴィルベレスが人一倍いちばい強い、あなたのことだものね」


「それにな」


 ペルがじろりと娘を見る。


「帰ってくるんだろ?」


 リィナはこくこくと首を縦に振る。


「もちろんだよ! ちゃんと帰ってくる! でも……ほ、本当にいいの?」


「何だ、ダメって言ってほしいのか?」


「ちが、違う! 違うけど……そんなにあっさりいいって言ってくれるなんて思ってなくて……」


「別にあっさりってわけじゃないのよ」


 テレシーグリッドが答える。


「前からお父さんとは話してたのよ。もし今日みたいなことをいつかあなたが言い出す日が来たら、気持ちよく送り出してあげましょうってね」


「そ、そうなの……?」


「何て立派なご両親……」


 さらっと言っているように見えるが、こんな決断が出来る親はなかなかいない。


 少なくとも日本の感覚だと、どうしても万が一とか、責任とか、そんな言葉が先に立ってしまう。


「お父さん、お母さん」


 リィナの顔がまたしてもくしゃりとゆがむと、そのまま両親に抱きついた。


「ありがとう……ありがとう……」

「で、でも……」


 私、まだ連れていくって言ってないんですけど……とはとても言い出せない山吹。


 そんな彼女を見て、アウレリィナが口を開いた。


「ご両親、心配されるな。目的を果たした後、私たち二人・・・・・が責任をもって娘さんをご両親のもとに送り届けよう。旅先から手紙ドープスも届けさせよう」


「へ? ……二人って?」


「私も同行しようと言うのだ。大船ラーズの戦車に乗ったつもりでいるがよい」


「はああ!?」


「何せ、目的地が私の実家なのだからな。これ以上頼もしい同行者はおるまいて」


「それはそうですけど……」


「! エリィナさんはヴァルクス家のご令嬢だったのですか!」


 ペルオーラが驚く。

 そして、テレシーグリッドと共に深々と頭を下げる。


「お二方ふたがた、どうかうちの娘を宜しくお願いいたします」

「お任せあれ、ご両親」

「は、はあ……」


「さて、そうと決まったら、準備をしなきゃね」


 テレシーグリッドが手を叩く。


「エリィナさ――じゃなかった、アウレリィナ様、いつご出発されるので?」


 ペルが言った。


「今まで通りエリィナで構わんのだが……。まああまりのんびりしているわけにもいかぬので、そうだな……明日モロス一日かけて支度したくをして、明後日モムロスつとしよう」


 出発日まで決められてしまった……。


 確かに心強いことに違いはないので歓迎かんげいすべきところなのだが、山吹にはどうもしっくりこない。


「ご主人、私が不在の間の宿賃やどちんはどうかそのまま納めて欲しい」


「そういう訳にはいきません。ちゃんとご返金しますよ」


「いや、納めてもらわないと困るのだ。私の代わりにマルグレーテが使うゆえ


「なるほど……そういうことでしたら」


「それに、こわれた天窓てんまどの修理代や迷惑料をイルエス家が負担すると、マルグレーテから伝えられただろう? そちらもしっかり受け取って欲しい」


「分かりました。有難ありがた頂戴ちょうだいいたします」


「アウレリィナさん」


 山吹はどうしても納得のいかない思いを解決すべく、先ほどからずっとかかえている疑問を口にする。


「あなたもエリィナでよい」


「じゃあエリィナさん、どうして私たちにそんなによくしてくれるんですか?」


「ふむ?」


「だって、こういう言い方をすると失礼かも知れませんけど、エリィナさんは私とは特に関係のないかたですよね」


「まあ、きちんと名乗り合ったのはつい先ほどだな」


「それなのに、私の個人的な旅に同道どうどうしてくれるとか、昨夜ゆうべの八乙女さんが襲われた件だって……こわれた窓の修理とかその補償ほしょうとか、はっきり言ってエリィナさんが肩わりする義理なんて全くないですよね」


「そうかも知れないな」


「それなら、どうしてなんですか?」


 アウレリィナは一つ咳払せきばらいをしてから答える。


「あなたの言うことは当然の疑問だろう。だが心配しないで欲しい。私には私の事情も目論見もくろみもあるのだ。ただの無償むしょう厚意こういというわけではない」


「そうなんですか?」


「ああ。それにリィナについても思うところがある。この娘のような存在が、これからのエレディールに必要な気がするのだ」


「リィナのような……」


「あなた方と私たちをつなぐような、ね」


「なるほど……少し分かった気がします」


「それはよかった」


「今、話していて思ったんですけど」


 大変なことに気付いてしまった……とでも言いたげな顔で山吹は続けた。


「もしかしたら、これまで学校に提供して頂いていた食料や資材なんかもみんな、エリィナさんたちが負担してくださっていたんじゃないですか?」


「……慧眼けいがんだな。その通りだよ」


「どうして、そこまで……」


「私はね、あなたたちをずっと見てきたんだよ」


 アウレリィナは微笑ほほえんで言った。


「あなたたちが、リィナたちに会うずっと前から、この世界に転移してきた時からずっとね」


              職員室転移 第一部 完

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