第七章 第29話 再会

 八乙女たちがなぞ襲撃しゅうげきを受け、ピケに向かう車上しゃじょうの人となった日の翌日。


 学校をただ一人でった山吹やまぶきはひたすら歩き続け、やっとのことでザハドに到着した。


 すでは西にかたむきかけていた。


 つい先日おとずれたばかりではあったが、森からは馬車で移動することに慣れていて、徒歩では勝手がかなり違っていた。


 そのため、迷いに迷ってたよりの山風さんぷう亭に辿たどり着いたのは、あと少しで七時鐘しちじしょう(午後六時)が鳴ろうという頃になっていた。


オナゲーゼこんばんは――」


 山吹は恐る恐る、宿屋のとびらをくぐった。

 彼女としては、ちょっと気まずいものがあるのだ。


 何しろ星祭ほしまつりの最終日、まさにこの店の前で乱闘らんとう騒ぎを起こした当事者の一人だったからである。


 それでも山吹がここを目指したのは、八乙女と瑠奈がしばらくここに滞在たいざいするだろうと考えてのことだ。


 少なくとも代官屋敷ではないと彼女は思った。


 ――受付には、誰も居なかった。


 目の前のたくの上に、呼び出し用のすずのようなものが置いてある。


 山吹がそれを軽く振ると、すずな音が室内に響いた。


ヤァはーい!」


 しばらくして、サブリナが駆け込んできた。

 見知った顔を見て、ほっとする山吹。


 ところが、山吹の顔を見たサブリナ――リィナは怪訝けげんそうな表情を隠そうともしない。


(やっぱり、星祭りのばん一件いっけん、印象悪かったわよね……)


 山吹は肩を落とす。


 とは言え、八乙女たちのことを聞かないわけにもいかない。


「リィナ、あの……八乙女さんたち、いる?」

「……りょーすけとるぅな、ここ、いない」

「えっ!?」


 そもそもの話、星祭りの事件の顛末てんまつをリィナはちゃんと知っている。


 だから、彼女は山吹に対してあく感情などいだいておらず、むしろ気の毒にすら思っているほどだ。


 リィナの様子が変なのは乱闘事件などとは関係なく、もちろん昨夜の襲撃事件のことがあるからだ。


 あの濃灰色のうかいしょくのローブたちは、明らかに八乙女と瑠奈を狙っていた。

 店内は荒らされ、客室の天窓もこわされた。

 衛士がどやどややって来て、あれこれ聞かれて大変だった。


 それなのに理由も分からないまま、八乙女たちはあっという間にいなくなるし、後始末やら何やらは大変だったしで、リィナとしては非常に不満だったのだ。


 そこへ山吹がやってきた。


 二晩ふたばん続けて禁足地きんそくちの人が訪ねてきたことで、まさか今夜も? とリィナの警戒度が急上昇してしまったというわけである。


「いないって……ここには来ていないってことなの?」


 リィナは首を横に振った。


「りょーすけとるぅな、きた、きのう」


 どういうことかしら……と山吹は首をひねる。

 来たけどいないって、どこかに出掛けてるとか、そう言うことなんだろうか。


「ごめんねリィナ。私、よく分からないの。どういうことなのか、教えてほしい」


「りょーすけとるぅな、きのう、きた、よ。でも、よる、へんなおとこたち、ふたりを……ザルトス、する、した」


「ザルトス?」


「ん~~」


 リィナはうなった。

 襲うザルトスという日本語を、まだ知らないのだ。


 しかしこんなことは、外交班の活動の中では当たり前のようにあったことだ。


 山吹は「ザルトス」の正確な意味は一旦いったん横に置き、リィナに話の続きをうながした。


「りょーすけとるぅな、を、マルグレーテ、たすけた。それから、カーロ――ばしゃのって、いった。いってしまった。もう、こない……」


 そう言うと、リィナの顔がくしゃりとゆがんだ。

 目のはしには涙が浮かんでいる。


(え……ちょっと、話が全然分からない。どうしてリィナが泣くの?)


 りぃながすでに完了形まで使いこなしていることに驚きつつ、正直泣きたいのは私だよと山吹は言いたかった。


 目をくしくしとこすり始めているリィナにこれ以上何を言ったらいいのか全く思いつかない。


 しかし、どうやら目当ての二人はすでにこの宿をって、いないということは理解できた。


「リィナ、八乙女さんたち、どこに行ったのか分かる?」

「……わからない」


 ――手掛てがかりがぱったりと途絶とだえてしまった。


 途方に暮れた山吹は、その場に座り込んでしまった。


 その時――


くわしいことは、私から話そう」

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