第七章 第24話 決意

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第九日目ナルガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十二日 木曜日


   ―2―


    ◇


「噓でしょ……」


 そのしらせを耳にした途端とたん山吹やまぶきひざからくずおれた。

 隣りにいる瓜生うりゅう呆然ぼうぜんとしている。


「残念ながら、本当のことなの」


 黒瀬くろせが悲し気にひとみを伏せた。


 ――ここは職員室。


 先ほどザハドから戻ってきた二人は、黒瀬に連れられてここに来た。


 黒瀬は彼らに、昨日からの出来事について話す役目を買って出たのだ。


 最初は半信半疑はんしんはんぎで聞いていた二人も、黒瀬の真剣な様子から、彼女が説明していることが真実であることをさとった。


 朝霧あさぎり校長の死去しきょ

 八乙女やおとめ断罪だんざいと追放。

 瑠奈るなが彼について行ったこと。


「嘘よ……だって私……まだ、何も……あやまれてない」


 山吹の両目から、涙がすうっと流れ落ちる。


「一体、何だってそんなことに……」


 瓜生も続ける言葉がないようだ。


「大体、八乙女さんが何故なぜそんなことをする必要があるの……?」


「分からない。かがみさんたちによれば、八乙女さんがザハド側と秘密裡ひみつりに取引をしていて、そのことで校長先生と口論になったんだろうって」


「はあ!? それをみんな信じたってわけ?」


「どうだろ。私はそんなこと有り得ないと思ってるけど……何かいろんなことをたたみ掛けられて、信じちゃってる人がいてもおかしくないと思う」


「私、鏡さんたちに直談判じかだんぱんしてくる」


 山吹が立ち上がって言う。


「ちょ、ちょっと待って山吹さん」


「止めないで。私、我慢出来そうにない」


「僕も行くよ。いろいろひどすぎる。それに、僕らが行ってきたザハドの出張も、どう考えてもおかしなもんだったから」


 瓜生も一緒に立ち上がる。

 黒瀬は二人を身体全体で押しとどめる。


「お願いだから待って。二人とも」


「こればっかりは、黒瀬さんの言葉でも聞けないわ」


「……八乙女さんから、あなたたちに伝言があるのよ」


「え……?」


「僕たちに?」


「そうです」


 黒瀬は八乙女から伝えられたことを、二人に語って聞かせた。


    ☆


「――そんな……機を待てなんて……」


「うーむ……」


「あの人たちをとっちめてやりたいのは、私だって同じ。でも闇雲やみくもに動いたところできっと返りちにされるだけ。それに、今のここの雰囲気ふんいきが八乙女さんを断罪していち段落ついてるようなところもあるの」


「何それ。教頭先生も? 花園はなぞのさんとか不破ふわさんとかは?」


「分からない。教頭先生については恐らく私たちと同じ気持ちでいてくれそうだけど、他の人たちとは全然話せてないから……」


「もし私たちと同じじゃないって言うのなら、敵だと思う」


「いや、山吹さん。気持ちは分かるけど、それだとあやうういよ」


「どうしてですか!?」


 山吹が瓜生に食って掛かる。


かがみさんたちが本当に手をくだしたのか、僕にはまだ断言できない。でももしそうだとしたら、きっと彼らは目的のために手段を選ばないと思う。そんなのを相手にする覚悟もすべも、僕たちにあるかい?」


「それは……」


「そもそも彼らの目的が分からない。何のためにこんなことをしたのか不明なうちは、直接対決なんて危険すぎるよ。迂遠うえんかも知れないけど八乙女さんの言う通り、まずは生き抜いて情報を集める必要があるんじゃないかな。彼は多分、他の人たちや子どもたちのことを考えてそう言ったんだろうし」


「……」


 山吹は瓜生たちの言葉を咀嚼そしゃくするように、時折ときおり頭を小さくらしながら思考にしずんだ。


「分かった。あなたたちの言う通りだと思う」

「そう」

「でも、私決めたよ。私は、八乙女さんを追いかける」

「ええっ……?」

「言うと思った。あなたなら」


 黒瀬はうなずいた。


「悪いけど、八乙女さんがいないこの場所には何の未練みれんもないわ。今から支度したくして明日の朝、ちます」


「本気なのかい? 山吹さん」


「ごめんなさい、瓜生さん。無責任かも知れないけど多分私は、ここでじっと時期を待つなんて出来そうもないんです」


「ふーむ……」


「黒瀬さんもごめんね。あなたにいろいろ押し付けちゃうようで、気が引けるところはあるけど……行かせてほしい」


「まあ私はね……八乙女さんにいろいろたくされたし、養教ようきょうの仕事はオンリーワンだからね」


「ありがとう。ところで……校長先生は今、どんな?」


 途端とたんに黒瀬の表情が悲しみに沈む。


「……基本的にはそのままよ。お顔にタオルは掛けてあるけど、胸の包丁も抜いてない」


「そっか……じゃあこのあと挨拶あいsつをしてくるね」


「結構凄惨せいさんな現場だから、あんまりおすすめしないよ?」


「だからこそよ」


 山吹は続けた。


「ちょっと怖い気もするけど、だからこそこの目に焼き付けなきゃって思うの。それに……私の背中を押してくれた恩人だから、挨拶しないで去るなんて考えられない」


「分かった」


「僕もご一緒させてもらっていいかい?」


「もちろんです、瓜生先生」

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