第七章 第23話 追放

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第九日目ナルガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十二日 木曜日


   ―1―


    ◇


 翌朝、午前九時。


 校舎の東側。

 東の森へ続く――かつてカイジ班が苦労して作った――道の始まりにて。


 一部の者による見送りの中、八乙女が旅立とうとしていた。


 たちばな加藤かとう黒瀬くろせ諏訪すわ上野原うえのはら御門みかど早見はやみ天方あまかた神代かみしろ久我くが瑠奈るな


 見張りとして、かがみ久我くが純一じゅんいち、久我英美里えみり


 他の者たちも、校舎二階部分に集まって、遠目とおめに様子をうかがっている。


「それじゃ、お世話になりました」


 頭を下げる八乙女やおとめ


 Tシャツにショートパンツという出で立ち。

 荷物は背中のリュックサック一つ。

 相応そうおうふくらんでいるので、最低限とは言えある程度の荷物は持たされている様子。

 スーツも一応入れてある。


 その一言ひとことだけで進行方向を向くと、彼は歩き出した。


 誰も何も言わない。

 ただじっと、遠ざかっていく背中を見つめるだけ。


 八乙女が百メートルほど進んだ辺りで、英美里に手をつながれている瑠奈が走り出そうとした。


 あわてて英美里は彼女の手を引き、強引ごういんまらせようとする。

 瑠奈は狂ったように手を振りほどこうと、声にならない叫び声をあげる。


「どうしたの、瑠奈!」

「!!!!!!!!!」

「瑠奈!」

「!!!!!!!!!!!!!!」

「いい加減にしなさい!!」


 バチンッ!


 ごうやした英美里が、思わず瑠奈の右頬みぎほおった。

 あたりがしんと静まり返る。

 英美里は自分のしたことに驚き、小さく声を上げた。


「あ……」


 瑠奈と目が合った。

 涙をいっぱいにたたえた幼い目は、母親への憎しみに業火ごうかごとく燃えていた。


 ひるんだ英美里は、思わず瑠奈の手を離してしまう。


 ――そして次の瞬間、その場の誰もが耳を疑うことになった。


「せんせ――――――――――――――――――――――!!!」


 瑠奈がさけんで、突然走り出したのだ。

 八乙女のほうに向かって。


 瑠奈のあとを、黒瀬がリュックサックを手に追いかけた。

 小さな彼女の背に背負しょわせると、頭をひとでする。


 瑠奈は笑顔で応えて、再び走り出した。


 八乙女はいつの間にか立ち止まっていた。

 駆け寄ってくる瑠奈を待つことにしたようだ。


「おい!!」


 我に返った純一が瑠奈を追って駆け出した。

 それを黒瀬と早見が片腕ずつつかんで引き戻す。


「何をする! はなせ!」


 二人は渾身こんしんの力を込めて引き留めようとする。


「このっ!」


 純一が右手を力任せに振りほどくと、こぶしが黒瀬の顔を直撃した。

 黒瀬の唇の端に血がにじむ。


はなしません!」


 すぐに純一の腕をつかみなおし、える黒瀬。


「あなた方は、一線を踏み越えてしまった! あなた方は親かも知れないけれど、今のあなた方に瑠奈ちゃんのそばにいる資格なんてない!!」


「何だと!?」


「胸に手を当てて考えなさい! 自分が誰に恥じることなく、あの子の親だと堂々と言えるのかどうか!」


「ぐっ……」


「あなた、何を言ってるの!?」


 英美里が叫びながら瑠奈を追おうとする。

 しかし、御門と天方と神代がそれをおさえた。


「ちょっとあなたたち! はなしなさい!」

はなさねえよ、おばさん」


 天方が言った。


「瑠奈が行きたいって言ってるんだ。行かせてやんなよ」


「何を馬鹿なことを!」


「最低の親ね、英美里さん」


「あなたに何が分かるの!」


「僕には何も分かんないけどさ、今、瑠奈が何て言ってるかは分かるよ」


 そう言って神代が指をす。


 八乙女と瑠奈は、手を繋いでたたずんでいた。


「ありがとう――だってさ」


「嘘よ!!」


「ほら、見なよ」


 二人はこちらを見て――深々と頭を下げた。


 そしてゆっくりときびすを返すと、森に向かって再び歩き始めた。


「瑠奈――――――――――――!!」


 純一と英美里が力なくその場に崩れ落ちた。


    ◇


 これが、八乙女涼介追放の顛末てんまつである。


 こうして彼らの道は、一旦いったん分かたれることになった。


    ◇


 ――そしてその日の午後。


 瓜生うりゅう山吹やまぶきは、ひと通りの仕事を終え、帰りの馬車に揺られていた。


「何だろう、すごく気疲きづかれしました」


「僕もだよ。こんなおかしな話し合いってあるかい? いや、話し合いにすらなってなかったよね」


「そうですね……」


 昨日、具体的な話は明日みょうにちにと聞かされて肩透かたすかしを食らった二人は、気持ちを新たにして今日の話し合いにのぞんだ。


 それなのに、昨日の担当者とはまた別の人物が出てきて、あれやこれやと説明を始めた。


 工事の計画についての話かと思っていたら全く関係ない内容で、かと言ってさえぎることも無視することも出来ずに、いつの間にか時間は昼食どきに。


 会食に招待され、仕方なくだらだらと食事を取る羽目になった。


 食事が終わって、さあ話し合いの続きをと思ったところで、次の会議は追って連絡をするので今日はここまでと言われてしまう。


 ――一体、何のためにザハドまで来たのか。


 そのまま訳も分からず馬車に乗せられ、今こうして車窓しゃそうの外をながめているわけだ。


 そして、馬車が広場に差し掛かった時。


「……あれ?」


 見慣れた人影がいたような気がして、山吹は声を上げた。


「どうしたの?」


「いえ、あの……今そこを――八乙女さんが歩いていたような気が……」


「ええ? 何でまた」


「分かりません。それに……隣に小さい子が一緒だったように見えました」


「小さい子って?」


「……瑠奈ちゃんみたいな感じ、でした」


「どこに?」


「いえ、もう見えなくなっちゃいましたけど……」


「ふーん……早く会いたくてまぼろしを見たとか?」


 にやりと笑って瓜生が茶化ちゃかす。


「もう、そんなんじゃないですってば」


「はは、ごめんごめん。でも、その二人がここを歩いている状況ってのに、全く思い当たるところがないねえ」


「そうですよね……見間違いかも」


「そうだね」

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