第七章 第25話 絶望

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第十日目ディアガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十三日 金曜日


    ◇


 そして翌朝。


 朝食のあと、職員室でちょっとした騒ぎが起こった。


「行かせないよ、山吹やまぶきさん」

「あなたにそんな権利はありません」


 壬生みぶと山吹が押し問答もんどうをしている。


 黒瀬にしてみれば、十分じゅうぶん予想出来た光景だ。

 他のメンバーも何事かと集まってくる。


「何故あいつを追いかける必要がある? あの人殺しを」


「言葉に気を付けてください、壬生さん。確たる証拠しょうこはないと聞きました」


「状況証拠は全てあいつをし示している」


「その状況証拠の証拠能力は、誰が担保たんぽするんですか?」


「証人がいる」


「その証人の証言の信頼性は?」


「直接聞いたと言っている」


「ですからその証言の信頼性はどなたが担保されるんですかと聞いてるんです」


「……」


「もういいです。今ここでその議論をするつもりはありませんから」


「とにかく行かせない」


「滅茶苦茶ですね。そんな言い分が通ると思ってるんですか?」


「私には君が必要なんだ」


「……私、聞きましたよ」


「何を?」


「あなたが八乙女さんにしたことをですよ。ザハドの山風さんぷう亭での出来事を含めて、私はあなたを、未来永劫えいごう、許すつもりはありませんから」


「何だと?」


「暴力で私にも言うことを聞かせようとするおつもりですか? 出来るものならやってみなさい。あなたは私の『てき』です」


「このっ!」


 壬生が手を振り上げ、山吹の顔面に力いっぱい振り下ろそうとする。


 山吹が顔をそむけ、痛みを覚悟したその時、壬生の手をつかむ者がいた。


「いい加減にしなさいよ、壬生さん」


「何故止める。椎奈しいなさん」


「当たり前でしょ? みっともない」


「みっともないだと?」


「そうよ、このDVおとこ。あなたがこんなに粗暴そぼう野蛮やばんな人間だったなんて、ホントだまされてたわ」


 壬生は素早く身をひるがえすと、椎奈の鳩尾みぞおちねらって何の躊躇ちゅうちょもなく下突したづきをり出した。


 椎奈は軸をずらしながらその突きをはらうと、壬生の腹部に蹴込けこみをはなつ。


 驚いたことに、壬生は椎奈のりをうしろに下がりながら払い落としたのだ。


「……壬生さん、経験者?」


「さあね」


「まあいいけど。どっちみち山吹さんに手は出させないから」


「それはあんたが決めることじゃない」


「山吹さんの行動も、あなたの関知するところじゃないでしょ」


「壬生さん、行かせてやりたまえ」


「鏡さん!」


 いつの間にか、彼らのそばかがみが立っていた。


「いくら鏡さんの言うことでも、こればっかりは聞けませんね」


「とは言っても、本人かこう言っている以上、行かせるしかなかろう」


「そんなことはありませんよ」


「無理やりにでも閉じ込めておくつもりか? 今生こんじょうの別れってわけでもあるまい」


「ここで引いたら、今までのことが――」


「やめておくんだ、壬生さん。あとで私が何とかしよう」


「私はあなたに何とかされるつもりなんてありませんよ、鏡さん」


 山吹が気丈きじょうに言い返す。


「私は今、あなたと問答もんどうをするつもりはない。八乙女さんを追いかけると言うのなら好きにすればいい。殺人者を追い求めるのならな」


「私は八乙女さんがやったなんて、はなからいちミリも思っていません。疑ったことすらありません。私はあの人を信じていますから!」


 その時、遠巻とおまきに騒動そうどうを見ていた上野原うえのはらが、はっと息をんだ。


(私は――ほんの少しだとしても……うたがってしまった)


(私は――あの人のように信じ切れなかった……)


(私は――あの人のように何もかも置いて追いかけるなんて、出来なかった)


(私は――山吹さんには……勝てない……)


 そして、山吹は昨晩のうちにまとめた荷物を背負しょうと、職員室のドアのところで一礼いちれいし、さっさと出て行ってしまった。

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