第七章 第20話 憤怒

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第八日目ビスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日

   ――八乙女、療養九日目・帰校


   ―9―


    ◇


 さばきは、くだった。


    ◇


 ――図書コーナーにて。


 そこには子どもたちが集まっていた。


 今では瑠奈をのぞいてお互いに確執かくしつのある四人だったが、前代未聞の事態に一体どうふるまえばいいのか分からず、いつしか自然と、よく活動していたこの場に集まっていた。


 そしてそこでは、早見はやみ澪羽みはねが怒りの形相ぎょうそう御門みかど芽衣めいにらんでいた。


「芽衣ちゃん、ちょっといい?」

「な、何?」


 今まで見せたことのない激烈な澪羽の表情に、芽衣は若干じゃっかん尻込しりごみしながら答える。


「芽衣ちゃん、本気で八乙女やおとめ先生がやったって思ってるの?」


「……分からない」


「分からないって何? どういう意味なの?」


「だって、じゃあ他に誰がやったって言うのよ! かがみ先生が言ったみたいに、証拠だらけじゃん」


「証拠って?」


「保健室で校長先生の横に立ってたとか、口論してたとか、オズワルコスさんの話とかも……」


あきれた」


 人が変わったかの様子の澪羽に、他の四人は戸惑とまどいを隠せない。


「保健室の話はともかく、口論とか秘密の取引とか、うそに決まってるでしょ!」


「う、嘘?」


「そう。理由は分からないけど、あの人たちは八乙女先生をおとしいれようとしている。そのためにでっち上げた嘘」


「何で……そんなことを……」


「私にも分からない。でもそうとしか考えられないの」


「それってさ……魔法ギームを使える人は、他人ひとの心が読めるってやつ?」


「!」


 パァン!


 かわいた音が響く。


 左頬ひだりほおを押さえて呆然ぼうぜんとする芽衣。


 彼女の前に、両目に涙をいっぱいにたたえた澪羽がくちびるんで立っている。


 そのまま無言で、澪羽は走り去っていった。


 ――しばらくして、朝陽あさひがぽつりと口を開いた。


「今のは……芽衣さんが悪いよ」


「な、何で……」


「さっき八乙女先生が言ってたろ? 魔法ギームを使えるからって、他人ひとの心なんて読めないから」


「ホントに……そうなの?」


「そうだよ。こっちから何かの気持ちとか意思いしとか、一方的に伝えることは出来るみたいだけど、読み取るなんて無理」


「……」


「八乙女先生はさ、ずっとこのことを心配してたんだよ。魔法を使える人が、いわれもないことで白い目で見られるようになったら困るって」


「そんな……」


「それにさ、澪羽さんも言ってたけど、芽衣さん本当に八乙女先生があんなことしたって思ってるの?」


 芽衣がほおを押さえたまま、首を横に振る。


「だから分かんないよ。あたしだってそんなふうに思いたくないけど……」


「だから、追放する方に手をげたの?」


「! あんただってそうじゃない!」


「そうだ。お前だって追放する方に手を挙げたよな」


 突然、聖斗せいとが口をはさんだ。


「確かに僕もそうだけど、ちゃんと僕なりの考えがあってのことだよ」


「どういうことだ?」


「だって鏡先生、棄権きけんしてもいいけどそんなの関係なく、数が多い方に決めるって言ったでしょ? 僕、絶対に八乙女先生を死刑になんてしたくなかったから、追放を選んだ」


「……」


「追放が多ければ多いほど、死刑にはならない。聖斗こそ、棄権なんてしてもし、死刑の方の数が多かったらどうするつもりだったの?」


「う……」


「僕だって選びたくなかったよ。でも死刑にさせないためには、あの場ではあれしか方法がなかった。違う?」


「いや――お前の言う通りだと思う」


「朝陽、そんな風なこと、考えてたんだ……」


 芽衣が感心したように言う。


「僕ばっかりじゃなくて、追放に手を挙げた先生たちもそう考えたんじゃないかな。少なくとも、あそこで八乙女先生を殺し返そうなんて発想、普通じゃないよ」


 瑠奈が悲しそうに目をせる。

 そんな彼女に聖斗が声を掛ける。


「そうだ。瑠奈のお父さんとお母さんもおかしい。瑠奈には悪いけど仲間の死を望むなんて、あんな人たちじゃなかったとオレは思う。瑠奈、何か心当たりは?」


 瑠奈は少し考えた後、小さく首を縦にこくりと振った。


「そうか……やっぱり何かあったんだ。 ――それに壬生先生がヤバい。オレはあの先生があんな人だったなんて、ちょっと信じらんねえ」


「ひどかったよね、八乙女先生に対する態度とか。僕も、あんな人をとても先生だなんて思えない」


「みか……芽衣さん、朝陽」


「!」


「何?」


 芽衣は、聖斗の自身に対する呼び方が軟化なんかしていることに気付いた。


 最後に聞いたのは「御門さん」呼びだったのだ。


「オレが前にあんたたちに宣言したことは、今も変わってない。でも、オレたちはこれからもっと気を付けなきゃいけない。大人だからって、もう無条件に信じたり頼ったり出来ないと思う」


「う、うん」


「僕もそう思うよ」


「それと、朝陽。オレはやっぱり確信したよ。転移する前、オレたちがひょんなところから耳にしたうわさ


「あ――」


「あれはきっと、本当のことだったんだ。お前へのいじめは、あいつが……」


 ぎりぎりと、聖斗が歯を食いしばる。


 そして、ひと呼吸おいてから彼は続けた。


「オレたちは、強くならなきゃいけない。いろんなことで。だから……協力してほしい」

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