第七章 第19話 裁決

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第八日目ビスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日

   ――八乙女、療養九日目・帰校


   ―8―


    ◇


 八乙女やおとめ涼介りょうすけ擁護ようごしようとする勢力と、複数の証拠なるものを挙げて断罪しようとする勢力がぶつかり合う。


 そんな中で八乙女の弁明が認められるが、そのに待つのは、さばきの時間である。


    ◇


 かがみ龍之介りゅうのすけの了承のもと、八乙女の頭の後ろの結び目がほどかれた。


「俺の言いたいことは三つだけだ」


 二、三度深呼吸をしてから、八乙女は口を開いた。


「まず一つ目。俺は校長先生を殺してなんかいないし、口論なんて一度もしていない」

「この……」


 壬生みぶ魁人かいとの手が上がりそうになるのを、八乙女は目でおさえた。

 怒りに燃える目だった。


「二つ目。俺はオズワルコスさんと秘密の取引とりひきなどしていない。魔法ギームを使って会話したのは事実だが、全て外交班として、言語や文化を理解するためのものだ」


「それが本当かどうか、僕たちには分からないじゃないか」


「そう、それだよ純一じゅんいちさん。あんたたちが魔法ギーム胡散臭うさんくさいと思うのは仕方ないことだし、何を話しているのか分からなくて不安に思うのも当然だと思う。そのことを利用しているんだよ……俺をおとしれようとしている人たちは」


「……」


「そして三つ目だ。これも信じてもらうしかないが、魔法を使って他人ひとの心を勝手に読むなんてことは、出来ない。だから魔法を使える人たちを化け物扱いするのはめて欲しい。以上だ」


「それだけかね」


 八乙女は鏡の顔を見据えて言った。


「そうだ。俺はめられた。誰が、何のためにやってるのか知らないが、俺は――」

「純一さん、もう一度猿ぐつわを」

「分かりました」


 再び八乙女の口にはタオルがほそく巻き付き、自由な発言を阻害そがいしてしまう。


「ちょっと! どうして話してる途中でめさせるんですか!」

「それだけかと聞いて、そうだと答えた。何か問題があるかね」

「う……」


 鏡はすずしい顔で、黒瀬くろせ真白ましろの口を封じる。


「さあ、これで両者の言い分が出揃でそろったわけだ。今から具体的にこの男の処分について決めようと思います。意見のある方はどうぞ」


「はい」


 早速さっそく壬生が挙手きょしゅをする。


「私は、この男を殺すべきだと思います。出来れば、朝霧校長がこうむったものと同じ苦痛を与えて」


 殺意を隠す気もない壬生の発言に、一同が再び凍り付く。


「他にどうですかな。意見がないようなら壬生さんの提案になりますが」


 対案たいあんがなければ、本気で死刑に決まってしまいそうな雰囲気だ。


 あわててたちばな教頭が手を挙げて立ち上がる。


「まさか本気で、人を殺す決定をするつもりですか? この場で? そんなことが許されると思っているのですか?」


「許すも許さないも」


 鏡が肩をすくめて答える。


「橘さん、ここには残念ながら警察も判事はんじもいない。我々でさばくしかないんですよ」


「しかし!」


「疑わしきはばっせずという言葉もありますがね、ならば今後、この男とともに今まで通りの生活を続けていくことが出来るんですか? 皆さん」


冤罪えんざいだった場合はどうするつもりですか?」


 黒瀬が食い下がる。


「分からん人ですな。誰が冤罪かどうかを証明するんだね」


「かと言って、殺すなんて」


「まだ殺すと決まったわけじゃない。それなら黒瀬さん。もう一度聞くが、このまま何もせず、朝霧さんをがいした者が誰かも分からんまま、お互い疑心暗鬼ぎしんあんきの状態で何事もなかったかのように暮らしていけるのかね?」


「それは……」


「だから、何らかの形で決着をつけなければならんのだ。違うかね!」


「……」


 鏡の語勢ごせいに今度こそ、何も言えずに黒瀬は口をつぐんだ。


「さあ、他に意見はありませんか? なければ死刑と言うことで」

「待ってください!」


 橘が手を挙げた。


「鏡さんがおっしゃる通り、何らかの決着は必要でしょう。しかし、仮に冤罪だった場合、彼を殺してしまっては、あまりにも取り返しがつかなぎます。残念ながら他に容疑者ともくされる人もいないのなら、有罪と無罪のあいだを取って、やむを得ず追放という形を提案します」


 奥歯をみしめる音が聞こえそうなほどの、苦悶くもんに満ちた表情で橘は言った。


「追放……ね。中途半端はんぱですな。しかし意見は意見。さ、ほかにはどうですかな?」


 しばらく時間をとっても、他の意見は出てこない。


 咳払せきばらいを一つして、鏡は言った。


「ではけつりましょうか。死刑か追放か。どちらかに挙手きょしゅしてもらって多い方に決めましょう。棄権きけんしたければめませんが、必ず多数の方に決めますよ。今から一分いっぷんだけ、考える時間を取ります」


 ――そして一分後、裁決さいけつがなされた。


 八乙女は、まばたきもせず、眼前がんぜんの光景を目に焼き付けた。


 誰が、どんな意思を表明したのか、脳裏のうりに刻み付けようとするかのように。


 ――その結果。


「死刑」に挙手した者。


 ・鏡龍之介

 ・久我純一

 ・久我英美里

 ・壬生魁人

 ・秋月真帆


 ――計五名


「追放」に挙手した者。


 ・花園沙織

 ・橘響子

 ・不破美咲

 ・如月朱莉

 ・椎奈葵

 ・加藤七瀬

 ・諏訪樹

 ・上野原玲

 ・御門芽衣

 ・神代朝陽


 ――計十一名


 棄権した者。


 ・黒瀬真白

 ・早見澪羽

 ・天方聖斗

 ・久我瑠奈


 ――計四名


    ◇


 結果、八乙女涼介は明朝、学校を追放されることが決定した。


 以後、東の森より西側――いわゆる禁足地――に足を踏み入れることが禁止された。


 荷物として最低限の身の回りのものと、数日分の食料の携帯けいたいを許された。


 追放までの間、八乙女は一旦いったん拘束こうそくかれ、自室で荷物をまとめた。


 その際、彼は暴れたりすることもなく、粛々しゅくしゅくと作業をした。


 そのあと再び拘束され、職員室の応接コーナーのソファにころがされた。


 職員室の入り口には万が一の事態に備え、夜通し見張りが立てられることになった。


 保健室の朝霧の遺体いたいは、とりあえずはそのままにして、後日ごじつ出来る限り丁寧な方法で荼毘だびし、埋葬まいそうすることが決められた。


 前代未聞ぜんだいみもんの会議のあと、彼らはいくつかのグループに自然と分かれ、ここ数時間に起きたことについて言葉を交わしていた。


 誰もが、素直に眠りに入るような精神状態ではなかったのだ。

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