第七章 第18話 兇猛

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第八日目ビスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日

   ――八乙女、療養九日目・帰校


   ―7―


    ◇


 ほんの一時間前に起きた、朝霧あさぎり校長の殺害という衝撃的な事件。


 かがみ龍之介りゅうのすけたちによって、その犯人とされた八乙女やおとめ涼介りょうすけに対して三者三様の視線が投げ掛けられる中、糾弾きゅうだんの時間が始まった。


 その中で、壬生みぶ魁人かいとの暴力性が次第に明らかになる。


    ◇


「壬生さん、いい加減にしてください!」


 黒瀬くろせ真白ましろいきどおりもあらわに立ち上がる。


「あなたは一体、何の権利があってまだ犯人とも決まっていない人に、そんな暴力的な態度を取るんですか!?」


「何だと?」


「壬生さん、落ち着きたまえ」


 気色けしきばむ壬生を、鏡が制した。


「八乙女さんが朝霧さんと口論をしたと言う話は、他の人からも聞いているんですよ。ねえ英美里えみりさん」


 突然話を振られて、動揺どうようを隠せない久我くが英美里。


 鏡の顔を見て、あわてて立ち上がる。


「は、はい……私もそういう場面を聞いたことが、あ、あります……」


 母親の台詞せりふを聞いて、久我瑠奈るなこぶしを固くにぎりしめる。


 一体、どんな感情が彼女の中で渦巻うずまいているのか……。


「それがあった上で今日のこの事態じたいだ。八乙女さんじゃないと言うのなら、他に誰だと?」


「それでも、決定的な証拠にはならないと思いますが」


 とたちばな教頭が反論する。


「それにですね、橘さん」


 鏡が言葉を続ける。


「私が開拓班で仕事を進める内に判明したことなのですが、彼は独断で背信はいしん行為を働いていたようですよ」


「背信行為、とは?」


「こちら――要するに我々のいた日本の知識や技術を、個人的な利益と引き換えに先方へ供与きょうよしようとしていたそうです」


 八乙女の目が見開かれ、再びうなり出す。


 壬生が彼の右耳をじりあげた。


「うるさいっての」


 黒瀬が再び抗議しようとするのを、鏡は手で制して続けた。


「恐らくそのことについて朝霧さんに相談したところ、反対をされて口論にいたったというようなことでしょうな」


「それは確かな情報なのですか?」


「もちろんですよ」


 鏡は教頭の疑問に当然という風に答える。


「オズワルコスという人物から、そのような話をうかがったのですよ」


 その瞬間、外交班の面々めんめんが息をんだ。


「オズワルコスはザハドの領主であるリューグラムきょうの意を受けて動いている人だそうですから、情報源としては信頼できるんじゃないでしょうかね」


 橘はそれ以上反論できず、言葉をまらせてしまう。


「で、でも……」


 すると、上野原うえのはられいが勇気を振りしぼって声を上げた。


「私、八乙女先生がオズワルコスさんといる時に何度も同席してますけど、そんな素振そぶりは一度も、ありませんでした」


「そこですよ、上野原さん」


 全てをわきまえていると言いたげに、鏡は自信たっぷりで答えた。


「八乙女さんとあと数名、魔法ギームとか言うあやしげな力が使えるそうですな。しかもその力で、言葉を使わずに意思疎通いしそつうが可能だとか」


「た、確かに、聞いたことあります……けど」


「オズワルコス氏によれば、その、あー……何でしたかな、ギオ、リアラ?という方法でやり取りしていたらしいです」


「そ、そうなんですか?」


「ええ」


 鏡は鷹揚おうよううなずいて見せる。


「しかも恐ろしいことに、魔法ギームを使えば他人ひとの心が読めるそうじゃないですか。何とも危険な力ですな」


 今度こそ八乙女は、いましめを引き千切ちぎらんばかりに暴れ、大声でうなる。


 そんな彼を、壬生は無言で殴り倒した。


「うぐっ!」


 床に倒れ込む八乙女を、壬生は乱暴に引き起こし、仰向あおむけになった八乙女の顔面に裏拳うらけんを一発びせた。


 八乙女の鼻血で猿ぐつわがじわりと赤く染まる。


「暴れんじゃねえよ、この人殺しのクソ野郎が」

「ちょっと壬生さん、やり過ぎですよ」


 純一の言葉に、壬生は全く悪びれる様子もなく言いはなつ。


「いいんですよ、このくらい。こいつにはちょうどいいおきゅうだ」


 突然発露はつろした壬生の暴力性に、特に女性陣と子どもたちは声もなくふるえ上がった。


 星祭り最終日の一件についてもすでに周知されていたため、恐怖も一入ひとしおだった。


「壬生さん、そのくらいにしておきなさい。皆さんが怖がってるじゃないかね」

「ちっ……分かりましたよ」


 鏡と壬生が一体どういう関係にあるのか分からないが、壬生はどうやら鏡の一言ひとことほこおさめるようである。


「それで」


 鏡は、改めてぐるりと周囲を見回す。


「確かに何人かのかたが言うように、例えば防犯カメラのような決定的な証拠はない。しかし、状況証拠はいくつもあり、どれも彼が犯人だとしめしている」


「それでも!」


 黒瀬が机を叩いて立ち上がった。


「決定的証拠がないのに八乙女さんを犯人と決めつけて、彼に一言の弁明べんめいもさせないのはおかしいじゃないですか! 何か都合の悪いことでもあるんですか?」


「そのようなものは、何も?」


「だったら、八乙女さんに話させてあげてください。しかも、あんな暴力まで受けて……私は絶対にあなたを許しません。壬生さん」


 普段の彼女から考えられないほど、いきどおりをたたえた瞳がつらぬかんばかりの激しさで壬生に向けられた。


 壬生はその視線を一笑いっしょうして言った。


「何で黒瀬さんはこいつに肩入れするんだ。こいつは殺したんだぞ? 朝霧校長を」


「だからそれが八乙女さんだと決まったわけじゃないでしょうに!」


「ほぼ決まりさ。それとも、もしかしてあんたも共犯ってわけか?」


「なっ!?」


「やめなさい! 壬生さん!」


 橘教頭がむちごとき勢いで壬生をたしなめた。


「あなたがたの主張がかりに正しいものだとしても、先ほどからのあなたの蛮行ばんこうは目に余ります。これ以上見苦しい行為に及ぶつもりなら、退出しなさい。あなたを話し合いが出来る相手とは到底とうてい認められません!」


「何ぃ?」


「やめなさい、壬生さん」


 鏡が割って入る。


「君の気持ちも分からんでもないが、それ以上は我々の主張の正当性を毀損きそんすることになる」


「……分かりました」


「それに、確かに黒瀬さんの言うことにも一理あるようだ。純一さん、彼の猿ぐつわをはずしてください」


「えっ、いいんですか?」


「ええ」


 鏡がうなずくのを見て、八乙女の頭の後ろの結び目をほどいた。

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