第七章 第17話 混迷

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第八日目ビスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日

   ――八乙女、療養九日目・帰校


   ―6―


    ◇


 騒ぎのめやらぬそのばん一同いちどうは職員室に集まっていた。


 時刻は午後九時。


 朝霧あさぎり彰吾しょうごのぞく、全員がである。


 ただし、八乙女やおとめ涼介りょうすけはいつもの席にではなく、しばられたまま応接スペースのソファに座らされていた。


 その横を壬生みぶ魁人かいと久我くが純一じゅんいちが、容疑者を連行する警察官のごとはさんで腰かけていた。


 八乙女にあばれるような様子は見られないが、その左目のはしがうっすらむらさきに変色し、口角こうかくに血のあとが見えた。


 猿ぐつわをまされていることもあってか、一言ひとことはっせずにぼんやりと正面に視線を向けている。


 誰一人として、彼を見ようとしていなかった。

 異様な雰囲気が室内を満たしていた。



「皆さん、大変なことが起きてしまいました」


 かがみ龍之介りゅうのすけが席を立ち、沈痛ちんつう面持おももちで皆に告げる。


「朝霧校長が、何者かに殺害さつがいされました」


 すでにその事実は全員の知るところではあったが、改めて部屋の空気がこおる。


 声を上げる者は一人としていない。

 鼻をすする音のみが聞こえる。


「まだご遺体いたいは、保健室のベッドの上です。早急さっきゅうとむらいの準備をしなければならないところですが……その前に」


 鏡は八乙女の姿を視界のはしとらえながら言った。


下手人げしゅにんおぼしき人物の処遇しょぐうを決める必要があります」


 その言葉で、とうとう八乙女に視線が集まることになった。


 彼の両端りょうはしにいる壬生と純一は、露骨ろこつにらんでいる。


 それ以外の人物のひとみにも、さまざまな色が浮かんでいた。


 怒り。

 恐れ。

 戸惑い。

 哀しみ。

 憎しみ。


 八乙女は声を上げることはしなかったが、それら視線を一身いっしんに受けてもひるむことなく、一つ一つを正面から見返していた。


 どういう思惑おもわくからかうつむいたまま視線を動かさない者がいた。


 黒瀬くろせ真白ましろ早見はやみ澪羽みはね久我くが瑠奈るなの三名だった。


 上野原うえのはられい一瞬いっしゅん八乙女を見たが、気圧けおされたかのようにすぐ目をらした。


 天方あまかた聖斗せいと神代かみしろ朝陽あさひは、一体どこを見ればいいものか分からず、あちこちに視線がれている。


 御門みかど芽衣めいは、悲しそうに八乙女を見つめている。


 椎奈しいなあおいも、御門と同様に悲しげなひとみを向けている。


 花園はなぞの沙織さおり如月きさらぎ朱莉あかり不破ふわ美咲みさき半信半疑はんしんはんぎの様子ながらも、冷ややかな眼差まなざしを向けている。


 加藤かとう七瀬ななせは八乙女を一瞥いちべつし、考え込むように目をつぶった。


 諏訪すわいつきも加藤と同じような反応。


 秋月あきづき真帆まほの視線には、敵意がこもっているように見える。


 ――そんな中、壬生魁人がまず口を開いた。


「私は、正直この男を朝霧校長と同じ目にわせてやりたいと思っています」


 そう言う彼の表情は、憎しみが形をしてしたたり落ちるかのよう。


「あんな素晴らしい人を……私は絶対に許せない」


 次に久我純一が発言。


「僕は……ちょっと信じられないですけど、もし本当に八乙女さんがやったのなら、厳罰げんばつしょすべきだと思いますね」


 久我瑠奈が悲しそうに、一層いっそう顔をうつむかせる。


「一つ、いいでしょうか」


 静かにたちばな響子きょうこ教頭が手を挙げる。


「私のようにあとから駆け付けた者には状況が今一つ分からないのですが、八乙女さんが校長先生を手にかけたというのは確かなのでしょうか」


「それについては、最初に発見した方に発言してもらいましょう。英美里えみりさん」


「え……?」


「あなたが保健室に入った時の様子を、くわしく述べてください」


「詳しくと言われても……」


 久我くが英美里は困惑した目で鏡を見る。


 それに対して、鏡は先をうながすようにあごを動かして答えた。


「あ、あの……私は、校長先生の夕飯の食器をげに、ほ、保健室に行きました。ドアのかり窓に光がちらちら見えてましたから……珍しく起きてらっしゃると思って、そのまま開けたんですが」


 一旦いったん言葉を切り、思い出そうとするかのように上を向く。


「……そうしたら八乙女先生がベッドの横に立っていて、近付いていったら、その、校長先生の胸に、あの、ほ、ほほ、包丁が……」


「あなたは八乙女さんが刺すところを見たんですか?」


 橘教頭が問い掛ける。


「い、いえ……でも、そうだと思って、怖くて、叫んで――しまいました」


「そうですか……それでは、彼がやったと確認したわけではないのですね」


「は、はい――」


「だったら!」


 突然、御門芽衣が立ち上がり、八乙女を指さして声を上げた。


「どうして八乙女せんせーが、あんな扱いされてるんですか!? 犯人って決まったわけじゃないんですよね?」


蓋然性がいぜんせいが最も高いのが八乙女さんだからだよ、御門さん」


 鏡の答えに、御門が首をひねる。


「が、がいぜんせい?」

「この場合、一番可能性が高いと言う意味だよ」

「だからと言って――」

「それにだ」


 壬生が立ち上がって言う。


「私は以前、朝霧校長とこの男が口論のようなものをしていたのを聞いた」


 途端とたんに八乙女がうなり出す。


 真っ赤な顔をして壬生をにらんでいる。


「黙れよ」


 そう言って壬生は、八乙女の頭をいきなり小突こづいた。

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