第七章 第14話 早見澪羽の含羞(はにかみ)
――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日
――八乙女、療養九日目・帰校
―3―
◇
星祭りでの怪我も
またしてもご丁寧に馬車を手配してもらい、東の森の大分深いところまで送っていただいた。
そこからてくてく、てくてくと歩き、ようやく見慣れた草原に。
いつものように考え事をしながらのんびり
三人ほどの人影が、俺の前方に見えた。
そこから、ひときわ小さな影が飛び出してきたのだ。
◇
ドゴォッ!
「おぶっ!」
無防備な俺は、思わず変な声を出してしまう。
突っ込んできた瑠奈は、俺に抱きついて顔をごしごししている。
「お帰りなさい、
「お帰りなさい、先生」
二人ともにこにこしている。
「もしかして迎えに来てくれたのか?」
こくこく。
瑠奈は俺の腹に顔を
「先生。瑠奈ちゃんが、突然保健室に飛び込んできたんですよ」
「その前に、澪羽さんも急に立ち上がったわよね」
「あ、はい……」
何か前に、同じようなシチュエーションがあったような……。
俺は気絶していて後から聞いた話ではあるけど。
「俺が帰ってきたの、分かったの?」
こくこく。
瑠奈が顔を上げて、もう一度
何かうっかりさらっと流しちゃいそうだけど、これはちゃんと考察すべきことだぞ。
ここから学校までは、
その距離で俺の接近を知る能力ってのは、明らかに
今の黒瀬さんの
俺には……恐らくだけど、そんなレーダーみたいな
「八乙女さん、いろいろ、大丈夫ですか?」
「うん。ご心配おかけしました。大丈夫だよ」
「先生、あの……殴られたほっぺたって、どっちですか?」
「えーと、左だったかな。もう治ったよ。ほら」
そう言って左の
ぴと、と彼女のひんやりとした指が触れる。
何か確かめるように上下左右に動かした後、ゆっくりと引っ込める。
「
「そうだろ?」
俺は道の先を見た。
三人の他に、出てくる様子はない。
「黒瀬先生」
「はい?」
「俺が戻ってきたってこと、他の人たちは?」
「まだ知らないと思いますよ。私たちがどたばたしてるのを見て、気付いた人はいるかも知れませんけどね」
「なるほど……それにしても、瑠奈は一体どうしちゃったの?」
俺の腹にしがみついたまま離れようとしない瑠奈。
悪い気はしないけど、ちょっと様子がいつもと違う気がして心配になる。
「うーん……私にもよく分からないけど、気の済むようにさせてあげて?」
「まあいいけどさ」
「早見さんはいいの?」
「え? 何がですか?」
「八乙女さんにしがみつかなくて」
「!」
「おいおい、黒瀬先生」
「だって……早見さんたらすごく心配してたし。八乙女さんのこと」
「!!」
女子高生を
「もちろん、私だって心配してましたよ?」
「そいつはどうも」
「何か扱いが軽くありません?」
「そんなことないって」
ぱんぱんと、
「またもう、すぐにそういうことを」
「わざわざ迎えに来てもらって、感謝してますってば」
「分かりましたから、もう帰りましょ」
「瑠奈、帰ろう。ほら」
俺が右手を差し出すと、顔を上げた彼女はすっと左手で
横に並んで一緒に歩き出す。
「澪羽、ありがとうな」
「い、いえ……」
顔はこっちに向けてくれないが、俺の感謝は彼女にも伝わっただろうか。
実際、三人の気持ちは本当に嬉しいのだ。
陽は西に
少しだけ黄色みが増した西の空に向かって、俺たちは歩き出した。
まずは、かれこれ
何か変わったことはあっただろうか。
「で、学校の方はどうなの?」
「そうですね……壬生さんについては私もよく知りません。ぱっと見では何も変わったように見えませんね」
「ふむふむ」
さすが、黒瀬先生。
俺の聞きたそうなことをピックアップして話してくれるようだ。
「山吹さんは、今学校にいません」
「へ?」
「
「そうなんだ。いつから?」
「今日ですよ。向こうで会わなかったんですか?」
「いや、会ってないけど?」
「あらまあ、入れ違いかしら。可哀想に」
「どういうこと?」
「山吹さん、お見舞いに行けるって張り切ってましたから」
なるほど。
まあどっかで行き違ったんだろう。
それにしても……瓜生先生とってことは、開拓班
「いつ頃帰ってくるのか、知ってる?」
「一泊二日って言ってましたから……
「そっか」
「ちなみに彼女、すごーく落ち込んでましたよ。でも校長先生に呼ばれてからは、少し元気になったみたい」
「さすがだな、
「でもね、校長先生って最近、体調が目に見えて悪くて……」
「そうなの?」
「うん……特にこの二、三日はベッドからほとんど起きられないみたい。そんな状態だからご飯もあんまり食べられなくて。悪循環ね」
――心配だ。
校長室での様子が思い浮かぶ。
あれは確か、
あの時俺は、リーダーが迷ったらどうしたらいいと問われた。
誰かに相談すべきという俺の答えは、
ありきたりの言葉ではあったけど、それしかないと今でも思う。
「
「そうですね……こっちの世界だとこういう時、どうするんでしょうね」
「俺の場合、フォマールって人が手当てしてくれたけど、他に
「
「どうだろ。でも校長先生の様子によっては、その辺の
「うん……そうですね」
あれ、澪羽は?
――と思ったら、後ろの方をとぼとぼ歩いていた。
黒瀬先生は、瑠奈の右側で手を
何か……三人で横になって歩いて、その後ろから一人って
「澪羽」
「はい?」
「ほれ」
ちょっと
「え、えぇっ!? これって……」
「この道なら、四人で横になって歩いても十分行けるだろ」
「で、でも……」
「ほら、早く」
「えーっと……えぇ? 瑠奈ちゃんまで……」
「お、何だ?
「はい……『早く手を
そう言うと澪羽は、おずおずと右手を近づけてきた。
俺はそれをがしりと
「瑠奈、俺とも精神感応してくれよ」
と言う俺の
その様子を見て、得意そうな顔の黒瀬先生が、
「八乙女さん、私は瑠奈ちゃんとお話したこと、あるんですよー」
「マジで?」
「マジです。まだはっきり伝えるのがすごく難しいんですけど、前に八乙女さんと試した時よりは上手くいきましたよ」
「ずるくない? 俺だけじゃんか、しゃべってくれないのは。何で?」
「
澪羽の言葉に瑠奈がこくりと
「澪羽は理由を知ってんの?」
「はい。でも教えてあげられません」
「何で」
「だって、約束ですから」
「ふーん、まあいいけどさ」
瑠奈が手をぶんぶん振る。
何が言いたいんだろうな、これ。
よく分からない。
分からないけど……何となく幸せな気分だ。
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