第七章 第13話 八乙女涼介の帰還

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第八日目ビスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日

   ――八乙女、療養九日目・帰校


   ―2―


    ◇


 ふう。

 やっと、森を抜けたか……。


 あの事件・・・・で負った怪我がやっと治り、俺――八乙女やおとめ涼介りょうすけ――は代官セラウィス屋敷ユーレジアを退院?し、こうして学校へと戻っているところだ。


 森の中で馬車を降りてからそれなりに歩いたけれど、何の不調も感じられない。

 身体の方はもうすっかりいいみたいだ。


 ――目の前に、今は見慣れた禁足地テーロス・プロビラスとやらの景色が広がっている。


 オズワルコスさんたちから聞いた話によると、俺たちの学校が転移してきた草原は「禁足地きんそくち」と言う意味の言葉で呼ばれている場所なんだそうだ。


 何百年も昔に、ここにあった国が根こそぎ消えてしまった。

 しかもその現象は初めての事じゃなかった。

 いつ同じことが起こるか分からなくて危ないから、当時の王様が出入りを禁じたと。


 理由はこうなんだけど、あまりに昔のこと過ぎていつの間にか「理由は分からないけどとにかく絶対に立ち入るな」みたいにタブー化したらしい。


 そんなにヤバい場所なら俺たちも危ないし、リューグラムさんたちも呑気のんきに学校訪問とかしてる場合じゃなかったと思うのだが、その心配はらないと言われた。


 その理由については、オズワルコスさんもリィナたちも、領主様――リューグラムきょう――が許可したから、としか知らないみたいだ。


 普通ならそこで、あ、そうなんすねと、納得するしかないのかも知れないが、あいにく俺はそういう性質たちじゃないだな、これが。


 どうしたって、心配が要らなくなった理由とやらを考察せずにはいられないんだ。


 シンプルに考えるのなら、禁足地とされたそもそもの原因である「根こそぎ消える」ことがなくなったからなんだろう。


 もしくは、現象そのものはなくなってないけど、当分その時・・・は来ないって判明しているとか。


(それより何より気になるのはさ……)


 そう。


 ――もしかしたら、俺たちが転移してきたのって、それのせいじゃないのか・・・・・・・・・・・


 俺たちが転移してきた場所に元々あったものが、入れ替わりに他の場所にいったと考えたらどうだろう。


 そうなると、日本にある俺たちの学校には、球状のどでかい穴がぽっかりと空いてることになる。


 いや……大昔には国が丸ごと消えたって話だから、それだとちょっと規模的に違う気もするけど。


 ――もしそうなら、向こうじゃ大騒ぎになったろうなあ、きっと。


 とは言えまあ、これは仮説に過ぎないし、ここが地球かどうかという問いの答えには残念ながらならない。


 どのみち俺たちの力じゃどうしようもないんだ。


 好きで転移してきたわけじゃないし、むしろ戻してもらえるなら二つ返事でお願いしたいところではある。


 とにかく、一見いっけんそんなアブない場所にはとても見えない、美しい景色だ。

 ここからまた、てくてくと学校まで歩いていくのだ。


 改めて、体調は問題ない。

 怪我もすっかり治った。


 こっちに来てから身体が大分だいぶきたえられて、五キロや十キロ歩くくらい何でもない。


 それに、森の中の道は随分ずいぶん整備されてきていて、結構奥まで馬車が入れるようになっているのだ。


 いずれは俺たちの作った「森の小径こみち」も拡張工事されるらしいから、もしかしたら馬車で直通って未来もそう遠くはないのかも知れない。


 要するにフィジカル的には何のさわりもないのだ。


 ないのだが――


「どんな顔して帰りゃいいんだって話だよな……」


 今回、こうして一人で学校に戻る羽目はめになった件において、俺自身に特段とくだん瑕疵かしはないって言うか、ぶっちゃけ被害者だ。


 そもそもの発端ほったんから言えば俺の責任も少しはあるかも知れないが、まあとにかく顔を合わせづらいの一言ひとこときる――おもに二人と。


 ま、壬生みぶさんについては向こうの方からけてくれるんじゃないかな。

 普通の神経をしてれば、だけど。


 自分でも不思議なほど、あの男に対しては気持ちがフラットなんだよ。

 思いのほか、関心がない。


 まさに「野良犬にまれたと思って」みたいな感じだ。


 ――学校に続く道をてくてくと歩く。


 この道も、となりを流れる水路も、カイジ班の人たちが作ったんだよなあ……。


 道路は結構ちゃんと踏み固められてるし、水路なんか側面や底に石が敷き詰められてるんだ。


 横からいろいろ流れ込んでこないようにと、ふちも盛り上げてある。

 素人しろうと工事にしては相当頑張ったものだと、あらためて感心する。

 大体にして、この道と水路を引こうってのがそもそも大英断だった。


 素晴らしい。


 一歩歩くごとに、その分学校が近付いてくる。

 当たり前だ。


 ――あんな結果になるとは夢にも思っていなかったが、それでも俺は山吹さんに取った態度を後悔こうかいしていない。


 後悔していないけど……悪いことしたかなとは思う。

 俺が先に謝るのが筋だろうな。


 少なくとも、あんなさらしものにしてしまうような場所でやるべきじゃなかった。

 その程度の気はつかってしかるべきだった。


先生せんせー!」


 で、謝ってからどうするかって話。

 て言うか、どうしたいんだ? 俺。


 一応ある決意をもってのことだったつもりだけど、そのあとどうしたらいいのかさっぱり分からん。


「八乙女先生せんせー!」


 困った。

 でも顔を合わせないわけにもいかない。


 ……んー、分からん。


 分かんないから、考えるのはやめやめ!


 とりあえずしっかりと謝って、話はそれからだ。

 どうせここでうだうだ考えたって、相手のあることだ。

 だったらちゃんと山吹さんの顔を見てから――


「八乙女先生!!」

「え?」


 三十メートルほど前に、誰かいる。


 二人……いや、三人か?


 その中の一際ひときわ小さな影が、こっちに向かって走り寄って来る。

 瑠奈るなだ。


 ドゴォッ!


「おぶっ!」

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