第七章 第12話 瓜生蓮司の疑念

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第八日目ビスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十一日 水曜日

   ――八乙女、療養九日目・帰校


   ―1―


    ◇


「残念だったね、山吹やまぶきさん」

「ええ……」


 今、私はザハドにいる。


 代官セラウィス屋敷ユーレジアを出てきたところだ。


 おもな用事は、学校に建築予定の長屋ながやについての打ち合わせだけど、それより何よりと言ったら怒られるだろうか。


 私にとっては、八乙女やおとめさんのお見舞いこそがわざわざザハドまで出張した理由だ。


 あの事件以来、あの人とは会えていない。


 誰かが衛士えいしさんを呼んだみたいで、壬生みぶさんはあれよあれよという間に連れていかれた。

 八乙女さんも別の衛士さんたちに運ばれていった。


 私はどうしたらいいのか分からなくて、その場で一人立ちすくんでいたら、衛士さんの一人が近寄ってきていろいろとたずねねてきた。。


 でも、エレディール共通語をペラペラ話せるわけじゃないから、言いたいことを上手く説明出来なくて困ってしまった。


 衛士さんも何だかイライラしてきているみたいだった。


 そこに、ちょうど御門みかどさんと天方あまかた君とリィナが戻ってきたのだ。


 リィナが通訳を買って出てくれたおかげで、そこからは話がスムーズに進んだ。


 三人に散々さんざんなうさめられたあと山風さんぷう亭に泊まり、翌日みんなと一緒に帰校したというわけだった。


 ――私は、八乙女さんにひどいことをしてしまった。


 本当に私はバカだった。


 みにく嫉妬しっとのままに行動して、暴言を吐いて、彼を傷つけた。


 上野原うえのはらさんだって、別に私に当てつけようとしてやったわけではないと思う。


 八乙女さんは、ただされた・・・だけだ。


 あの人の方から何かしたわけではないし、そもそも――私に彼をそんな風に束縛そくばくする権利なんて、ないのに……。


 それなのに私は、あんな風に理不尽な怒りをぶつけてしまった。


 自分の行動のあまりのおろかしさに正直なところ、何をどうすればいいのか見当がつかなかった。


 ――でも校長先生に話を聞いてもらって、自分がすべきことがやっと分かったのだ。


 まず、自分のしたことを真摯しんしあやまる。

 話はそこから。


 そのあとことなんて、私が一人であれこれ考えたって分かるはずがない。

 どんな未来が待っているとしても、自分がまずその一歩を踏み出さなければいけないのだ。


 ――それなのに……。


 私と瓜生さんが代官屋敷を訪れた時には、すでに八乙女さんの姿はなかった。

 聞くとほんの三十分程度前に帰ったと言うから、ぎりぎり入れ違ってしまったようだ。


 今回、ザハドへは一泊の予定で来ている。


 そうすると、八乙女さんに会えるのは最速でも明日あした

 来て早々そうそう、がっくりと肩を落とす羽目はめになってしまった。


 でも……残念だったけれど、会えるのがちょっと先になっただけ。


 こうなったら早いところ仕事なんて済ませて、一刻いっこくも早く学校に帰らなきゃ。


 さ、仕事……仕事――


「それにしても、何だか変な気がするね」


「え、ええ……」


「本格的な打ち合わせは明日って、どういうことかな」


「そうですよね……だったら明日来たってよかったはずなのに」


 そうなのだ。


 さっき、代官屋敷の一室いっしつに通されて、ザハド側の担当って人たちと話してきた。


 その場で、今日は顔合わせで具体的なことは明日あした、みたいなことを言われたのだ。


 私のつたな翻訳ほんやく能力ではこまかなニュアンスまでみ取れなかったけど、どうもあんまり急いでいるような感じじゃなかった。


「まあ先方せんぽうがそう言うなら、仕方ないね」


「そうですね。何だか時間がぽっかりいちゃいましたけど、どうしましょう」


「よかったら、今日と明日あした泊まる宿を見てみたいんだけど、いいかな」


「いいですよ。どうせ行かなきゃなりませんし……お腹もきませんか?」


「そうだね。それじゃあそこでちょっと遅めのお昼にしよう」


「はい」


 リィナはもう学舎スコラートから帰ってる頃だろうか。


 あのちょっと大人びた、でもとっても元気な女の子の顔を思い出しながら、私たちは山風さんぷう亭へと歩を進めた。

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