第七章 第11話 朝霧彰吾の決意

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第七日目エナガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月十日 火曜日

   ――八乙女、療養八日目


    ◇


 情報委員会から三日。

 学校での生活は表向き、特筆とくひつすべきこともなくおだやかに過ぎていった。


 目立つことと言えば、開拓班の面々の出入でいりが比較的頻繁ひんぱんだったことくらい。

 その他の班は、日常業務をいつものようにこなしていた。


 明日は瓜生うりゅう蓮司れんじ山吹やまぶき葉澄はずみがザハドに向かう。


 八乙女やおとめ涼介りょうすけはまだ戻らない。

 そもそも彼がいつ快癒かいゆして帰校するかを、誰も知らないのだ。


 そんな中、保健室で二人の男が再び対峙たいじしていた。


    ◇


「いい加減に教えていただけませんかね、朝霧あさぎりさん」


 かがみ龍之介りゅうのすけは、眼前がんぜんでベッドに横たわる男を見下ろして言った。


 朝霧彰吾しょうごは目をつぶったまま、一見いっけん寝入ねいっているように見える。


「前にも言った通り、下衆げすな言い方ですが、ネタは割れてるんですよ。それに今日は、こないだのように邪魔は入りませんよ」


「一体どういう訳で、あなたはそれほどに私の聞いたこととやらを知りたがるんですか? 鏡さん」


「それはこちらの事情でしてな」


「なるほど。それでは尚更なおさら、あなたに話して聞かせる義理ぎりはないようですね」


「無理をせん方がいいですよ」


「無理、とは?」


「ここ数日、目に見えてお加減が悪いようじゃないですか。さっさと話して、私にからまれたりせんようになれば、もっと心安らかに休めるんじゃないですか?」


 実際、朝霧がベッドに横たわったまま話しているのは、鏡への当てつけではない。


 ここのところ、身体を起こすのもだるく感じるのだ。


 長い間満足に食事を取ってこなかったツケが、ここに来て回ってきたのかも知れない。


「私の体調を心配してくださるんでしたら、ほうっておいて頂ければそれで充分ですよ」


「放っておきますとも」


 鏡は朝霧の顔をけた。


「あなたから全て聞き出したあとでね」


 朝霧は小さく溜息ためいきく。


「私が何か話を聞いたとして、それがあなたに関係あるとは限らないでしょう」

「それが限るんですよ」

「なぜ断言できるのですか?」

「ふむ」


 すると珍しいことに、鏡は何か考えるような素振そぶりで黙り込んでしまった。


 とは言え、朝霧から助け舟を出す気はない。

 しばらくの間、沈黙が場を支配する。


「――あったからですよ」

「はい?」

「あなたの話の中に、ある名前があったからですよ」

「……」


 朝霧は目をつぶったまま考える――


 鏡は、あの夜・・・にあったことを確信している。


 それにる証拠なり何なりが、本人の言うようにきっとあるのだろう。

 しかし、内容についてはほとんどつかんでいないに違いない。

 もし知っていたとしたら、これほど落ち着いてはいられないはずだから。


 ――確かにあの時は、誰かに聞かれている危険性など考えていなかった。


 呼び出された部屋に入る時に一応周囲を確かめはしたが、正直なところそんなことより不安で一杯いっぱいだったのだ。


 それに……鏡の言う「ある名前」。


 見当はつく。

 彼が話を知りたがる理由も。


 だが今、その名を口にすべきか、どうか。


 ここが大きな分岐ぶんき点であるような気がする。


 しかし、何かしらの成果を得たと感じるまで、今日のこの男は引き下がらないだろう。


 いくつか人名は出てきたが、それは恐らく――


本田さん・・・・、ですかね?」

「!」


 鏡の顔が驚愕きょうがくに染まる。

 そして、納得したような表情に変わっていった。


「やっぱり、そうでしたな……」


「……」


「私の確かめたかった答えは、得られた」


「……」


「そして、私の進むべき道も」


 鏡はくるりと朝霧に背中を向け、


「それでは、朝霧さん……」


 そのまま振り返ることなく、保健室を出て行った。


 鏡の姿を見て、朝霧は自分が選んでしまったことをさとった。


 ――そして、つぶやく。


「対策を……講じなければ……」

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