第七章 第09話 鏡龍之介の先導

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第四日目タスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月七日 土曜日

   ――八乙女、療養五日目


   ―1―


    ◇


「お忙しいところ、ありがとうございます」


 久しぶりの情報委員会。

 一体、いつぶりだろう。


 新しい班構成になってから、初めてじゃないかな。

 私は班長じゃないから知らなかっただけかも知れないけれど。


 班長じゃない私が出席してるのは……私のせいで班長の八乙女やおとめさんがいないから。


 私――山吹やまぶき葉澄はずみ――が副班長だから。


 あの人の代わりがつとまるかどうか分からないけど、せめて精一杯せいいっぱいやらないと。


「本日、久しぶりの情報委員会になりますが、私の方で報告したいことがありまして、それで集まってもらったわけです」


 今、話しているのはかがみさん。

 出席者は、私と鏡さんと、あとは花園はなぞのさん、黒瀬くろせさん、たちばな教頭の合計五人だ。


 校長先生は、いない。

 体調がちょっとよくなってきたと思ってたら、昨日辺りからまた寝込んでしまっている。

 一体どうしたのだろうか。


 黒瀬さんによれば、怪我は勿論もちろんのこと、病気でもないらしい。

 何かの心労じゃないかって彼女は言うけど……どんな悩みならあそこまで衰弱すいじゃくしてしまうものなのか。


 校長先生が体調をくずし始めたのは、ここ数ヶ月のこと。

 と言うことは――もしかしたらだけど、私たちにも関係あることかも知れない。

 知りたいような、知りたくないような……。


 まあとにかくそんなわけで、普段の議長たる校長先生がいないから、鏡先生が司会みたいになっている。

 教頭先生じゃない理由は、何だろう。

 と言っても、今は鏡先生も教頭先生も班長なので、同格。

 年齢的にも、どちらが主導したところでおかしいことは何もない。


「私からの報告の後で、各班の状況もあわせて教えて頂きたい」


 えーと……何か外交班で報告するようなこと、あったかな。

 辞典作りの進み具合とか、エレディール共通語の習得状況とか、ぐらいか。


 でも――一番大事なのは、八乙女さんが何度も言っていた通り、私たちが元の世界に戻るための方法を知ること。

 ここの言葉を習得するのも、エレディールの社会を知るのも、全てはその目的の為。


 そう言う意味での進捗しんちょく状況だと……やっぱりまだ端緒たんしょつかんだばかりだと思う。

 有力者と友好的な関係を、ひとまずきずけたのは成果だよね。


「ではまず、開拓班としての報告です。以前教頭先生の方からお話のあった、東の森入り口付近に建築予定の水車小屋ですが」


 水車小屋――ああ、班についての話し合いをした時に聞いたっけ。


 恥ずかしながら、水車で何が出来るのかよく分からないけど、みんなの承認を得てるってことはきっと必要なものなのよね。


「計画通り、近々ちかぢかザハド側から人員を派遣してもらい、工事に着手することになりました」


 ……え?


「水車小屋で処理した木材を使用して、この学校周辺に長屋のようなものを建てる計画も、先方をまじえて協議・進行中です。こちらの工事にも人員をいてくれるよう交渉中ですが、既に内々ないない承諾しょうだくは得ています」


 ちょっと待って?

 どういうこと?


「さらに――」

「あ、あのっ!」


 あせる私にみんなの目が集まる。

 話をさえぎられた形の鏡さんも、驚いた表情だ。


「ええと、何か? 山吹さん」

「はい、あのっ……」


 落ち着け。

 落ち着け、私。


「今、鏡さんは先方と協議中、交渉中っておっしゃいましたよね?」


「ええ、言いました」


「えーとですね、まず水車小屋建築については私も聞いています。ですが、学校の周辺に長屋をという話は、寡聞かぶんにして知りません」


「あー……」


「そして、こちらの方がより重要です。鏡さん――と言うか、開拓班の方々かたがたは、一体どなたとどうやって協議されてるんでしょうか。出過ぎたことを言うようですが、私たち外交班はザハド、引いてはエレディールの人たちと関わり、人脈を作り、各種の連絡や交渉事こうしょうごとを行うために設立せつりつされた班のはずです。そのために人員も多めに割り振っていただいています。各班がそれぞれチャンネルを作って、独自にやり取りをするのでしたら、外交班など不要ではないですか?」


 一気いっきまくし立てると、場に困惑の空気が満ちるのを感じた。

 いや、私は絶対におかしなことを言っていない。

 百歩ゆずって長屋の件を知らなかったこと自体は、単純な伝達ミスの可能性もある。


 でも「先方せんぽうまじえて協議中」って言葉は聞き捨てならない。


「困りましたな、これは」


 鏡さんが、何か全然困ってない感じで言う。


「まず長屋建築の件についてですが、開拓班のメンバーはもちろん、ここにいる施設管理維持班の班長である教頭先生もご存知ぞんじですよ。もちろん、ほかのカイジ班の二人も」


「そうなんですか? 教頭先生」


 私の問いに、教頭先生が淡々たんたんと答える。


「ええ。開拓班とは今後、仕事の領分をはっきりさせる必要もあって、打ち合わせをしました」


「なるほど、分かりました。黒瀬さんと花園さんはご存知なんですか?」


 と、私は他の班長に話を振る。


「いいえ、保健衛生班は聞いていません」

「食料物資班も聞いてないわねえ」

「私の感覚では、長屋建築って相当大きな案件だと思うんです。三分の二の人たちが知らないままで計画を進めるなんて、正直違和感を禁じ得ません」


 私の発言に、鏡さんが悠然ゆうぜんと答える。


「いやあ確かに山吹さんのおっしゃる通りですな。私たちとしても隠す気など当然なかったし、そも隠しきれるような規模の話でもない。ひとえにこちらのミスでしょう。申し訳ない」


 あっさりと頭を下げる鏡さんに、ちょっとだけあわててしまう。


「あ、いえ……私もちょっときつい言い方になってしまいました。すみません。でも」


 下手したてに出られたとしても、これはゆずれない。


「これだけはどうしても、ちゃんとお聞きしないといけないんですが……開拓班は、ザハドのどなた・・・と交渉をしているんでしょうか」


「……」


「私の記憶ですと、水車小屋の建築協力を確約してくださったのはリューグラムきょうです。この件に限らず、食料や各種物資、私たちがザハドを訪れる際の宿泊や馬車の手配に至るまで、領主である彼が元締もとじめとして協力してくださっているはずです」


「もちろん、長屋に関してもリューグラム氏ご本人じゃあないが、その関係筋と折衝せっしょうを重ねていますよ」


「その折衝の情報が、私たち外交班に流れてこないのは、一体どういう?」


 私の言葉に、鏡さんが首をひねる。


「おかしいですな。どうも山吹さんまで伝わっとらんようですが、外交班なら久我くが純一じゅんいちさんに協力してもらってますよ」

「えっ!?」


 純一さん!?

 聞いてない。


「班長の八乙女さんがおらんようでしたので。まあ確かに、声を掛けるのでしたら先に副班長のあなたにするべきでしたな」


「そ、そうでしたか……」


 どういうこと?

 確かに純一さんとは、ほとんど別で活動してたけど……。

 開拓班に同行してたなんて……。


「山吹さんの言うこともよく分かります。ザハドがたとの交渉は本来、外交班の仕事ですしな。ならばこうしたらどうです?」


「は、はい?」


「ザハドに行って、改めて交渉を進めて欲しいんですよ。まだまだ詰めなければならないことはあるし、確かに久我さん以外の外交班のメンバーにも心得ておいてもらう方がいい。お一人じゃ分からんこともあるでしょうから、開拓班からも一人同行させましょう」


 ――開拓班から、同行?


 まさか……。


壬生みぶさんとは何やらひと悶着もんちゃくあったようですから、瓜生うりゅうさんならどうですか? 彼なら計画全体を知悉ちしつしているし、適任てきにんでしょう」


「はあ……」


「それに」


 鏡さんの眼が、何とも言えない光を帯びた気がする。


「ついでと言っては何でしょうが、班長さんを見舞うひまくらい作れるんじゃないですかね」


「! ……お、お気遣きづかいありがとうございます……」


「では決まりですな。連絡は私に任せておいてください。大人数は必要ないでしょうから、お二人で行って頂くことになりますが」


「わ、分かりました」


 八乙女さんのことを出されて、私の頭の中は真っ白になってしまった。


 そのせいで、会議がその後どう進んだのかよく覚えていない。

 何かいいように話を進められてしまった感も。


 そして、鏡さんが独自の連絡ルートを持っていることへの疑念ぎねんすらも。

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