第七章 第08話 アウレリィナの懇願

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第三日目セスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月六日 金曜日

   ――八乙女、療養四日目


   ―2―


    ◇


 アウレリィナ・アルヴェール・ヴァルクスは、山風亭プル・ファグナピュロスの一室で、ある出来事を思い出しながら考えにふけっていた。


 セレスタにはセルナが昇り、アステまたたく時刻。


    ※※※


 時は二日ほどさかのぼり、ぼう時刻。

 某所ぼうしょにて。


 つまりは、星祭りアステロマが終了した翌日のこと。


「アウレリィナ様、此度こたびは大変お疲れさまでございます」

「ああ」


 アウレリィナ――エリィナは寝台サリールに腰かけると、襟元えりもとを少しゆるめた。


「ここでの生活にも大分だいぶ慣れてきたつもりでいたが……」

 自嘲じちょう気味に口元をゆがめる。


「まさか乱闘騒ぎを起こされるとはな。私としたことが少し油断していた」

予見よけんできるたぐいの出来事ではありませんかと」

「そうかも知れんがな、グレーテよ」


 小さく一つ、溜息ためいきく。


「結局ピケまで往復せねばならなくなった。やってくれる」

「しかし交渉トラクタード円滑えんかつに進んだのでは?」

もちろんビ・ネーブレ。やまぶき・はずみ、みぶ・かいと、両者ともすで釈放ディミトスされたはずだ。素手マーニ・ヌージでの争いだったことが幸いした」


 もし武器ヴァーベン魔法ギームが使用されていたら、難しかったかも知れない。


「それにしても、拘束こうそくした翌日に解放とは……」

一行いっこうが帰る日だったからな。一緒に戻ってもらった方が後々あとあと面倒がなくてよい」

「しかし、もう一人は」

「そうだ」


 エリィナは、何度かアローラを合わせたことのある、どことなく呑気のんき表情イレームノァスを思い浮かべた。


流石さすがに怪我人を治療トルハンドもせずに帰すわけにはいかない。その辺も手配はしてある」


「はっ」


「しかし……全く抵抗ディリベールをしなかったというのは本当なのか?」


「そのようです」


「以前、彼らの本拠地に招待しょうたいされた時、彼――やおとめ・りょうすけだったか――の空手カラテという戦闘術エスクライドを見る機会があったが、彼なら反撃しようと思えば出来そうな技量ぎりょうだった。イエスタアールスは更にはるかな高みにあったが」


「彼なりの理由カラーナがあったのでしょう」


「であろうな」


 そして、主従しゅじゅうの間にしばしの沈黙が落ちた。

 先に口を開いたのは、マルグレーテだった。


「アウレリィナ様、オズワルコスの件ですが」

「うむ」

「動き始めたようです」

「……」


 何かを考える様子のエリィナに、マルグレーテは言葉を続ける。


星祭りアステロマの際、あちらの一人と接触しました」

「誰だ?」

「かがみ・りゅうのすけです」

「かがみ……よりにもよってあの男か」


 エリィナがぶつぶつと何かをつぶいている。

 マルグレーテは、あるじ思考コギトスさまたげないようにじっとひかえて待つ。


 数分ほどって、エリィナは顔を上げた。


「グレーテ、頼みがある」


「はっ、何なりと」


「しばらくの間、オズワルコスにり付いて欲しい。学舎スコラート教師セルカスタづらしている時もふくめて、だ」


「承知いたしました」


「私の予想では、それほど長期に渡ることはない。長くて半節はんせつ程度だろう。やつらのすることを妨害ぼうがいする必要はないが、万が一、日本人ニホンジンの誰かが危害リオサイドを加えられそうなことがあれば保護ガルドスしてやって欲しい」


「はっ。配下の者を何名か配置し直します」


「うむ……いつか、こういうやからが出てくるだろうとは考えていた」


 小さく頭を振りながら、エリィナは言った。


「彼らの本拠地の様子や、そこで見た不思議な動くイルディア――どーがと言ったか――の衝撃を考えれば、むしろ遅いくらいだ。恐らくは星祭りが終わるのを待っていたのだろう。人も物もかねも、普段とは違う流れ方をするからな」


「はい。ほかすじについては如何いかがしますか?」


 あるじがしばらく考えた後に指示イストルースを出す時は、ある意味日本で言う将棋の多面指ためんざしのように、複数の方面において何手も先を読み、その上で対策ノリアークを講じていることをマルグレーテは知っている。


 普通の多面指しと違うのは、全員が同じ巨大な盤面ばんめん上で勝負をしていることだろう。


 その点においてあるじほどの能力がないと自覚している彼女は、アウレリィナの計画が円滑えんかつに進行するよう、出来る限りの情報フィルロスを引き出しておかねばならない。


「リューグラムきょうやリンデルワール卿については、当面の心配はないだろう。野心がないわけではないが、巨視きょし的な判断の出来る方々かたがただ」


「では、まずはオズワルコスたちに集中、ということで」


「ああ。奴らの背後にはおおよその見当がついているしな」


「それにしても……学舎スコラート教師セルカスタが関わっているとは」


「あの者たちの実態じったいいまだにはっきりしていない。どこにでもいると考えておいた方がいいだろう」


「そこで学ぶ子どもたちジダルスは大丈夫なのでしょうか」


「もちろん油断は禁物きんもつだが……それについては恐らく問題ないだろう」


 エリィナが足を組みなおして言う。


「考えてみるがいい。そもそも隠れ蓑アイシャの羽衣というものは襤褸ぼろでは役に立たない。隠すと言う役割をしっかり果たせていないとな」


「はい」


ゆえ教師と言う仕事かくれみのをおざなりにすることはあるまい。少なくとも、隠れていたいと奴が思っているうちは」


「なるほど……合点がてんがいきました」


「さて」


 エリィナは寝台から立ち上がった。


「少々小腹こばらいた。私は軽く食事ミルを取ろうと思うが、お前はどうする?」

「私は早速さっそく準備にかかります」

「そうか。いつものように現場での判断は一任いちにんする。よろしく頼む」

「お任せください。それでは」


 マルグレーテはゆったりと頭を下げると、静かに部屋を出て行った。

 ぱたりとヴラットが閉じた。


    ※※※


 エリィナは立ち上がり、エストラ遮蔽幕リードンを開ける。


 夜空の下に浮かぶザハドの街並みを見つめ、思わず心のうちつぶやいた。


(どうか早く――早くお目覚めになってください……)

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