第七章 第06話 加藤七瀬の事情

   星暦アスタリア12511年 始まりの月トゥセルナ 第一旬カウ・サーヴ 第二日目ウスガディーナ


   ――グレゴリオ暦20XX年 四月五日 木曜日

   ――八乙女、療養三日目


   ―2―


    ◇


 ふと、目が覚めてしまった。


 目をくしくしとこすりながら枕元まくらもとのスマホを見ると、午後十一時半過ぎ。

 何だ……まだ日付も変わってないじゃない。


 変な時間に昼寝しちゃったからかな。

 休みの日は、つい生活のリズムがくずれがちになる。

 と言っても、最近は平日だって本業の方の出番は――あんまりない。


 一ヶ月前くらいに班のり方を見直して、私――加藤かとう七瀬ななせ――は引き続き施設管理維持しせつかんりいじ班、いわゆるカイジ班の所属になった。


 規模きぼは大分縮小されて、班長の教頭先生のほかには私と諏訪すわさんの三人だけ。

 何故なぜなら、必要な施設はもうほとんど作ってしまったから。


 一応いちおう計画としてはもう一つ、炭焼すみやがまの製作が残ってるけど……何となく後回しにされてる感じがするのよね。


 確かに今のところ、炭じゃなきゃダメってことはない。

 お風呂だって普通にまきを燃やせばいいし、料理のほうも同じ。


 それよりも、新しく出来た「開拓かいたく班」の重要度の方が高い。


 あっちは四人とも全員男の人で、何かガチ感・・・が違う。


 小川に水車を作って簡単な製材所せいざいじょひらくとか、そこで出来た木材で学校の周りに「家」を建てるとか、話のスケールがひと回りもふた回りも上。


 おまけにザハドの人たちの協力も得て取り組むらしいから、どう考えてもあっちの方が優先度が高いよね。


 まあ今ある施設の管理維持だって大事な仕事だから、私は別に不満なんてない。

 楽がしたい、ってわけじゃないよ?


 これまでだって道を作ったり水路をいたり、薪を割ったり湯殿ゆどのを建てたり、昔の私じゃ考えられないほどの土木どぼく系女子やってたしね。


 もし私が魔法ギームを使えてたら、つち魔法とかめっちゃ上達してたんじゃないかと思うくらい。


 でも、水路がまってないかなあとか見回ったり、学校の施設のあちこちを見て歩いて調子を確かめたりして地味にメンテするのも、思いのほか私のしょうに合った作業だった。


 魔法ギームの練習も前ほどは――いや、もうほとんど――してない。


 何か一緒に頑張ってた天方あまかた君がすっぱりめちゃったみたいだし、いくらやってもぴくりとも動かないからね、トイペ。


 気持ち的にも大分だいぶ吹っ切れてきてる。


 まあそれはそれとして――トイレ行きたい。


 ぽっとん系にもずいぶんと慣れた。

 後始末あとしまつに土とか枯葉とかかぶせるのもね。

 大体、トイレのメンテナンスは私たちカイジ班がってるんだから。


 ただ……真っ暗な中を一人で行くのだけは、一向いっこうに慣れない。


 ランタンがあるじゃんって言われるかも知れないけど、なまじ光があると余計に怖い気がするんだよね……。


 だから暗くなってから行きたくなった時には「誰かトイレ行きませんかー」って言って同志どうしつのるようにしてる。


 いつもなら大抵たいてい、一人か二人は「行くー!」って手をげてくれるところなんだけど……流石さすがにこの時間に声を上げるわけにはいかない。


 しょーがない。

 覚悟を決めよう。

 らすよりはマシだ。


 まず手探てさぐりでランタンを探す……あった。


 暗順応あんじゅんのうしてるから、いきなりけると目がイカれちゃう。

 こういう時、無段階調光ちょうこう機能があるのはいいよね。

 あかりが点いたら、まず服を着なきゃ。


 ……ここだけの話、私は実は裸族らぞくだ。


 分かってると思うけど、家の中での話ね。


 実家にいる時にはまあ近い状態ではあったけど、お母さんとかがうるさいから一応下着は着てた。


 でもひとり暮らしを始めてからは、これさいわいとばかりに完璧な全裸だった。


 ホントに気持ちいいんだよ? マジで。

 あの解放感は、もう何物にもえがたい。

 だまされたと思って、全裸でベッドに入ってごらん?

 ちょー気持ちいから。

 素肌にシーツって、最高!


 でもある日、いつものように全裸で過ごしてたんだけど、その時に使ってた机のはじっこが何かの加減でささくれてたみたい。


 で、私はそれに気づかず、むき出しのお尻を引っ掛けてしまった。


 ピーっと。


 それで、下着の防御力も馬鹿に出来ないって気付いたのだ。

 それ以来、まあ寝る時以外は下着だけはけるようにしたってわけ。


 そういうわけで、今も私はかなりの薄着うすぎでいる。


 と言ってもさすがにこの環境パーティションだとマッパはいろいろとマズそうなので、下着プラスTシャツというちだ。


 ごそごそと上下ジャージを着用してから、静かにプライベートエリアを出る。


 誰か起きてくんないかなーというあわい期待は早々そうそうむなしくぽしゃった。


 しん、と静まり返っている。


 私は足音をなるべく立てないようにしながら、教室を出た。

 ちなみにドアは、あれこれ議論の末、開けたままにするようになってる。


 廊下に出た。


 ――もう怖い。


 大体、夜の学校とか病院とか、鉄板よね?

 何のとは言わないけどさ。


 昔はお化け(言っちゃった!)なんていないいないって思ってたのに、こっちの世界に来たり魔法を見たりしちゃった今では……ね。


 ランタンをかざしながら、階段をゆっくりとりる。

 万が一にでもはずすなんてことのないように。


 前任ぜんにん校でいたのよねえ。


 全校朝礼かなんかで子どもを引率いんそつして体育館に向かう途中、階段をころげ落ちた先生ひとが。

 受け身が上手うまかったのか、大した怪我じゃなくてよかったんだけど。


 一階に着いた。


 トイレは校舎の北の方にあるから、校庭に面した昇降口しょうこうぐちじゃなくて、職員室の向こうにある職員用玄関から出た方が断然だんぜん早い。


 キィ。


(!)


 なに!?

 何!?


 遠くで玄関のく音が聞こえた。

 光がちらちらしてるのが見える。


 ……まあ、私と同じよね。

 トイレの人。


 こういうシチュエーションは別に初めてじゃないので――ちょっとは驚いたけど――気を取り直して玄関に向かう。


 すると――前方に人影が……二つ。

 向こうも私に気が付いたみたいで、より照らそうとランタンをかかげてきた。


 それは、かがみ先生と壬生みぶ先生だった。


「こ、こんばんは……」

「ああ、加藤さん。トイレかね」

「鏡先生、女性なんですから。ストレート過ぎですよ」

「おお、これは済まんね」

「い、いえ……」

「いつものことだけど、暗いから気を付けてね」

「は、はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 私は靴をき替え、外に出た。

 涼しい風が吹いている。


 ――連れション……?


 私みたいにお化けが怖いとか――いやいや、それはない。


 たまたまばったり会ったかなんかで、一緒に戻ってきたとかなのかな。

 まあどうでもいいけどね。


 それにしても――何か妙に仲がいい感じだったな。


 そんなイメージは特になかったような気がするけど……ま、それもいいか。

 仲がいいならそれに越したことないんだしね。


 それよりも、早く行って早く済ましちゃお。

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